鈴木亮平らを完璧すぎるゲイ役に導いた、日本初「LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクター」とは?
映画やドラマで何かを表現するとき、その専門家に指導を仰ぐことは常識。そして、その指導を専門としているプロフェッショナルも存在する。たとえば職業や方言……などなど。そして彼らは指導や監修の肩書きとともに映画やドラマにクレジットされる。
2/10公開の『エゴイスト』には、そのクレジットに目新しい肩書きが登場した。LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターである。
『エゴイスト』は、ファッション誌の編集者であるゲイの浩輔が、パーソナルトレーナーとして雇った龍太と惹かれ合っていく物語。浩輔役は鈴木亮平、龍太役は宮沢氷魚。通常、このようなパターンの作品では、俳優が、役に近い日常をリアルに送っている人にアドバイスを求めるケースが多い。とくにここ数年、LGBTQ+の描かれ方に関して、より“正確さ”、“誠実さ”が求められるようになった。
ヘアメイク担当から、ゲイ役を具現化するポジションへ
いかに正確で誠実、リアルなゲイのキャラクターを映像にやきつけることができるか。その役割を『エゴイスト』で果たしたのが、LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターのミヤタ廉さんである。
「これまでも、たとえばコーディネートであったり、監修という役割はあったと思いますが、この肩書きでクレジットされるのはおそらく初めてではないでしょうか」
ミヤタさんがそう語るように、これは日本で初めての肩書きとなる。すでにアメリカでは存在しているという、LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクター。今回の『エゴイスト』では、あらかじめ想定されていたわけではなく、ミヤタさんが作品に関わったことで必然的に生まれた役職だという。
「もともと僕は(鈴木)亮平さんのヘアメイクを担当していた縁で、この作品にも関わることになりました。亮平さんが僕のセクシュアリティを知っていたこともあり、原作を読んだ感想など交え相談を受けたのです。その後、出演することが決まり、役作りのために取材したい人を紹介するなど手助けが必要になり、ヘアメイクの枠を超えてキャラクターを具現化するポジションも担うようになり……というのがざっくりとした流れです。その結果、これを機に自分自身が見据えた先を有識者に相談し、アメリカで使われている今回の名称になりました」
インクルーシヴ・ディレクターとして、では具体的にどのような貢献ができるのか。それは作品全般にわたる作業だったことを、ミヤタさんは振り返る。まずは、脚本という作品の根幹から関わった。
「当初の脚本には、主人公のゲイの友達が登場していませんでした。でも僕は原作を読んで、これはゲイのストーリーだと実感していたので、友達の描写を盛り込んだ方がいいことを松永(大司)監督や亮平さんとの会話の中で伝えたりしました。当初から、あからさまに勘違いしているような描写はなく、関わっている人たちの意識の高さは感じていましたが、原作の持つヒリついていた感じや鋭さが柔らかく変換されていた印象もあり、そうなるとどこかで観た作品の流れになる……という危惧も話したのです。これはあくまでも原作の大ファンからの提言であった部分が大きいと思います」
通常、映画化においては原作者の関わり方も大切になる。しかし『エゴイスト』の原作者、高山真氏はすでにこの世にはいない。実写化決定をひじょうに嬉しそうに話していたと高山氏の友人から耳にしていたミヤタさんには、その思いを代弁したい気持ちもあったのかもしれない。
重要なのは見た目のテクニックだけではない
続いてキャスティング。ミヤタさんが脚本にも提案した友人の存在は映画の中でも重要となり、ディーヴァユニット「八方不美人」でドラァグクイーンとして活躍するドリアン・ロロブリジーダらが演じることになった。こうした共演者はもちろん、さまざまなプロセスでミヤタさんは出演者探しに尽力している。
「浩輔の親友役として最初に思い浮かんだのがドリアンさんです。彼にはゲイのそもそもの語源である“陽気”という意味合いを、爆発的に体現する明るさや華やかさがある。おたがいに連絡先を知る仲ではありませんでしたが、知人を介して依頼をしました。マッチョな体型のヤスくんは偶然飲み屋で見かけて、体型もですが、何より魅力的なキャラクターに目が釘付けとなって声をかけ、監督と面接してもらうといったプロセスでした。そこで重要となるのは、名前や顔が出ることに問題ないかどうか。東京ではゲイであることをオープンにしていて、『出たい』と言ってくれても、地元でカミングアウトしていないために最終的に無理だった人もいたりと、改めて今回の仕事を通して気づかされたことも多かったです」
そして、実際の撮影現場でミヤタさんの能力は最大限に発揮された。ゲイ役の鈴木亮平、宮沢氷魚の一挙一動をカメラの横で見守ることになる。
「ヘアメイクの仕事で映画の撮影に参加したことはありましたが、監督の真横にずっと立っている経験は初めてでした。監督からの依頼で、ずっと出演者の所作を見守っていた感じですね。たとえば居酒屋で『すみません』とお酒を頼む時に『もうちょっと脇を締めるとこう見えます』とか、俗に言うオネエ言葉は使わなくても、手ホゲ(※1)での表現を提案したり……。あとは亮平さんのように(ガタイが)大きい人はけっこう脇をグッと締めているという印象があったので、そんなアドバイスもしました。亮平さんからは1シーン、1シーンで『これくらいですか?』と動きの確認を求められたりしましたね」
しかし最も重要だったのは、そうした見た目のテクニックではなかったと、ミヤタさんは振り返る。
「そのセリフを言う際の背景や、感情がどうなのか。そういう話をたくさんしました。『ゲイだからこういう動きを』というより、斉藤浩輔というキャラクターはどういったクセを持ち合わせているのか、などを多方面に考え、浩輔という役の反応を僕なりに落とし込んでいくやり方で進めていきました。父親の前ではどんな口調か。友達との間では……などとシーンによって計算しながらトーンを決めていくわけです。浩輔のアイデンティティーがどのような所作で出るのかを、亮平さん、監督と突き詰めていきました」
一方で龍太役の宮沢氷魚に対しては、ミヤタさんはあえて多くの助言はしなかったという。
「龍太の場合、氷魚さんのまとう透明感を最大限に活かしつつ、ちょっと少年っぽいイメージをビジュアルから感じさせたいと思っていました。髪を真ん中分けにして、イメージとしては90年代のスケーターのようなビジュアルをアイデアで出しただけで、話し方や動き方に関してアドバイスはしませんでした。それにもかかわらず、浩輔に龍太が手を振る仕草などからは、浩輔に対する感情があまりに自然に表れており、それを見てむしろ余計なことを氷魚さんの頭に入れぬよう意識していたくらいです。見事なまでに魅力的なゲイの龍太になっていましたから」
演出側と俳優のストレスを和らげる仕事
ゲイであることに対してどこまでアドバイスを与えるべきか。この仕事には、そんな難しい点も潜んでいる。
「当然ながら一言でゲイと言ってもいろんなタイプがいます。ですからゲイの当事者の方でも、この映画を観て『今の時代、あんなアナログ的にオネエ言葉は使う人ばかりではない』などと感じる人もいるかもしれません。ただ僕は今回、ゲイであること以前に、主人公の浩輔がどんな過去を過ごし、どういった経験を経て、どのようなキャラクターを自ら築き上げてきたのか。そんな浩輔が恋愛相手として心を許していく龍太は、どういう人生の中で生き、何を瞳に映しながら日々を過ごしてきたのか。それらをまずしっかり見据えたうえでキャラクターを構築し、ゲイとして生きている部分への助言を与えたつもりです。そこは男女の恋愛ドラマ、キャラクター設定のアプローチとなんら変わらないものだと思っています」
日本映画で初めてとなるLGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターをやりとげた今、手応えをどのように感じているのか。ミヤタさんは満足げな表情で次のように語る。
「まず今回は松永監督との相性、目指す方向が一致していたことが大きかったです。人間の生命を扱う繊細な部分もある作品で、監督からの“品良く”いきたいという姿勢にブレを感じなかったこと。撮影は遅くとも夜10時に終わって疲れ切ることもなく、つねに一定の緊張感が保てる環境にあったこと。そうした現場でいろいろな提案ができたことが、ひじょうにラッキーでしたね。これが最初の作品ではなかったら、今後もこのポジションで仕事を続ける決心がついたかどうか……。インティマシー・コーディネーター(※2)の方もおっしゃっていましたが、監修が入ることで『なんかうるさいことを言われるんじゃないか』とアレルギー的に受け取る人もいます。でもこうしてひとつの仕事を終えた今、客観的にやはりこの役職があった方が、演出側、そして演者側にとってストレスなく撮影が進行していくのではないかと感じています」
LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターが、今後の日本映画、またドラマ業界にどこまで必要とされるのか。監修、アドバイザーではなく、全体を包括(=インクルーシヴ)する仕事の重要性は何なのか。『エゴイスト』を観た時に、監督の演出、俳優の役作りだけではない“何か”を感じられたら、この仕事の需要は増えるに違いない。そして、その確率はひじょうに高そうである。
※1 「ホゲる」とは、いわゆるオネエ系の言動をとること。手ホゲは手の動作を指す。おもにゲイの間で使われ、侮蔑的なニュアンスではない。
※2 映画やドラマにおけるヌードシーンやキス、セックスなど性的シーンの撮影で、俳優と監督の仲介役としてサポートする。専門的な知識も必要で現在、日本人では2名が活躍。
『エゴイスト』
2月10日(金) 全国公開
(c) 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会
配給:東京テアトル