唯一名前がついた50年前の低気圧
1月の雨の記録
令和2年(2020年)1月は、南岸に前線が停滞して菜種梅雨のように曇りや雨の日が多かったり、低気圧が発達して風が強まったりと、晩秋から早春の天気となっています。
1月27日(月)夜も発達中の低気圧の通過で、大分県・宮崎県で1時間に120ミリ以上の猛烈な雨が降り、記録的短時間大雨情報が発表となっています。
また、28日(火)には高知県室戸市でも24時間で271ミリの雨が降り、高知県と高知地方気象台が共同で土砂災害警戒情報を発表するなど、西日本では1月としては記録的な雨が降っています。
そして、雨が止んだあとの西日本では、低気圧が持ち込んだ暖気と日射などで気温が上昇しています。
大阪の最高気温は19.1度でしたが、これは4月中旬の気温です。
さらに、29日(水)には関東地方でも1月としては記録的な雨となり、茨城県花園では24時間で219ミリの雨が降り、茨城県と水戸地方気象台が共同で土砂災害警戒情報を発表しています。
そして、関東地方では雨が止んだ後は気温が上昇し、栃木県佐野市で20.0度など、4月中~下旬の気温となっています(タイトル画像参照)。
北海道では警戒を
東~西日本の広い範囲で、1月の観測史上1位を更新する雨が降り、その後に4月並みの高温をもたらした低気圧は、北海道に向かっています(図1)。
北海道では、31日(金)にかけて北東の風が雪を伴い非常に強く、海は大しけとなる見込みです(図2)。
また、道東を中心に湿った重たい雪が降り大雪となる可能性がありますので、猛ふぶきや吹きだまり、あるいは、大雪による交通障害に警戒してください。
なだれ、電線や樹木への着雪、農業施設等の管理に注意が必要です。
オホーツク海の流氷は、現在はあまり南下していませんが、強い北風によって一気に南下することも予想されますので、流氷の動きにも注意してください(図3)。
唯一名前のついた低気圧
真冬は、西高東低の冬型の気圧配置になることが多く、日本付近では低気圧があまり発達しません。
しかし、時には、1月であっても低気圧が発達して大荒れの天気となることがあります。
今から50年前、昭和45年(1970年)1月30日から2月2日にかけて台湾付近で発生した低気圧と、日本海で発生した低気圧が一緒になった低気圧は、24時間に32ヘクトパスカルも気圧が下がりました(図4)。
爆弾低気圧と呼ばれる急発達した低気圧により、東日本と北日本は猛烈な暴風雪や高波に見舞われ、中部地方から北海道にかけて死者・行方不明者25人、住宅被害5, 000棟以上、船舶被害300隻という被害が発生しました。
このため、気象庁はこの低気圧を「昭和45年1月低気圧」と名付けています。
気象庁(前身の中央気象台を含む)では、昭和9年(1934年)の室戸台風以降、台風については幾つも命名をしていますが、低気圧については、この低気圧だけです。
東日本から西日本、沖縄の最低気圧の記録は、ほとんどが台風通過によって記録されています。
しかし、北日本では、低気圧の通過によって記録されています。
長期間の気圧の観測がある気象台や特別地域気象観測所(旧測候所)のうち、仙台など北日本の11地点の第1位は、気象庁が命名した唯一の低気圧によって観測された昭和45年(1970年)1月31日のものです(表)。
ウェザーニューズ社と「昭和45年1月低気圧」
「昭和45年1月低気圧」の暴風により福島県の小名浜港では、木材を運んでいた大型貨物船「空光丸」が沈没し、15名が死亡しています。
このとき、安宅産業(当時)で用船を担当していた石橋博良氏は、寄港予定先の大阪港が混雑しており、滞船料が膨大になることから「空光丸」を荷役がすぐできる小名浜へ向かわせています。
低気圧が発達して暴風になることを全く知らずにです。
石橋博良氏は、このときの経験から、海上気象提供サービスが存在していなかった時代に、日本に進出してきたばかりのアメリカのオーシャンルーツ社に転職し、その後、気象会社のウェザーニューズ社を設立して親会社のオーシャンルーツ社を買収しています。
なお、ウェザーニューズ社の会長室には、会社の原点となった「昭和45年1月低気圧」による事故を忘れないために、当時の新聞が掲示されていると聞いたことがあります。
令和2年(2020年)1月の低気圧は、「昭和45年1月低気圧」に比べれば、それほど発達しておらず、しかも早い速度で東進しますが、警戒が必要ということには変わりがありません。
タイトル画像、図2の出典:ウェザーマップ提供。
図1の出典:気象庁ホームページ。
図3の出典:ウェザーマップ資料に著者加筆。
図4、表の出典:気象庁ホームページより著者作成。