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大手企業の英国離れ進む―企業投資インセンチブ競争で米・EUに出遅れ(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
グローバル・チェンジ研究所を主宰するトニー・ブレア元英首相=同研究所サイトより

企業への投資インセンチブをめぐり、英国と米・EUとの格差が広がる中で、英国の証券市場に異変が起き始めている。アイルランドの建材大手CRHが3月2日、ロンドン証券取引所での上場を廃止、ニューヨーク証券取引所に移管することを検討中と発表。また、英国と米国で二元上場している英ブックメーカー大手フラッターもプライマリー上場をニューヨークに変更する可能性を示唆、企業の英国離れが相次いでいる。

英紙デイリー・テレグラフのオリバー・ギル経済部デスクは3月2日付コラムで、「これらは今週初め(2日)、英半導体設計大手アームホールディングスのオーナー(ソフトバンク)が英国での上場を断念、当面は米国だけで上場することを決定したことに続くショッキングな出来事だ」とした上で、「ロンドン市場の改革のうねりが横ばいとなっている一方で、バイデン米大統領のグリーン減税による財政支出の急増が英国企業にとってニューヨーク市場は抗しがたい魅力があることを証明した」と指摘する。

ロンドンの金融街(シティ)でも英投資大手シュローダーのファンドマネージャーのピーター・ハリソン氏は3月2日付のテレグラフ紙で、「英国をより魅力的にしようとする政府の取り組みが鈍いため、今後、多くの企業が英国を去るだろう」と懸念を示している。米国のインフレ削減法は、グリーンエネルギー企業に税制優遇措置を提供する一方で、半導体メーカーには別途400億ドル(約5.2兆円)が支援されるからだ。

テレグラフ紙のギル経済部デスク(前出)は同日付コラムで、「金融危機以降、英国に上場している企業数は約40%減少、ロンドン市場は2015-2020年に世界の上場企業のわずか5%しか占めていない。2007年のピーク時には、ロンドンの株式市場の時価総額は3.6兆ポンド(約580兆円)だったが、今では2.6兆ポンド(約420兆円)だ。一方、同期間で米国株式市場の規模は倍増した」と指摘する。その上で、「2022年末、パリがロンドンを抜いて欧州最大の株式市場となり、国家の誇りに打撃を与えた。金融街(シティ)では『英国で肥育され、米国に食べられる』と揶揄する言葉も聞かれる」と懸念を示す。

ロンドン市場の低迷の打開策として、ブレア元首相と保守党のウィリアム・ヘイグ元党首は最新のレポートで、英国の5300の年金基金を100程度のメガファンドに統合、それぞれのファンドのポートフォリオの25%を英国の資産に投資する権限を与えるべきとする提案を行っている。

ブレア元首相が率いる「トニー・ブレア・グローバル・チェンジ研究所」が2月22日に発表した最新レポートによると、「現在、英国の年金市場は世界2位という利点があるにもかかわらず、海外の年金が英国のベンチャーキャピタルやプライベートエクイティ(PE)ファンドに対し、国内の公的年金や私的年金よりも16倍多く投資している」とし、その上で、「運用資産が200億ポンド(約3.2兆円)を超え、その資金の最低比率を英国の資産に投資している年金基金にはキャピタルゲイン課税の免除を適用することにより、年金の統合を奨励し、株式の成長を促進すべき」としている。その一環で、英国年金保護基金(PPF)と全国雇用貯蓄信託(NEST)を統合した単一の投資主体(1000億ポンド(約16兆円))の「英国年金制度投資基金」を設立すべきと提言している。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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