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冬季五輪超大国「ビッケの国」ノルウェーのしたたかな戦略

坂東太郎十文字学園女子大学非常勤講師
冬季五輪といえばこの旗の国(写真:アフロ)

 開催中の平昌冬季五輪はフィギュアスケート男子の羽生結弦選手やスピードスケート女子500メートルの小平奈緒選手の金メダル獲得でわいています。執筆時点(大会12日まで。以下同)でのメダル獲得数も10で過去最高に並んでいます。

 ところで執筆時点の国別メダル獲得はノルウェーが金11銀10銅8の計29でトップを快走。決してフロックではなく前回2014年のソチ五輪は開催国ロシアが威信をかけてメダル獲得総数(33)と金メダル獲得数(13)でいずれもトップで終えました(後の剥奪も含んでいます)が、次がノルウェーでメダル獲得総数(26)は、2位の米国(28)に次ぎ3位、金メダル獲得数(11)は2位でした。

 ロシアの人口約1・5億人、アメリカ約3億人を考えると、わずか500万人強のノルウェーは大健闘といえましょう。しかもこの人口小国は過去の大会で通算メダル獲得トップクラスにいるのです。

 そりゃあ雪国だから強かろうというのも早計。人口が倍近い隣国スウェーデンのメダル獲得数はソチで金2を含む15、ほぼ同規模のフィンランドは金1を含む5つであるからです。

ノルディックスキーに特化して金メダル量産

 ノルウェーの戦い方を子細にみると、スキーのノルディック種目にほぼ特化しているとわかります。冬季五輪はざっとスキー、スケート、スノーボード、そりなどによって構成され、うちスキーがノルウェーを含むスカンジナビア半島由来の「ノルディック」と欧州大陸のアルプス山系で発達した「アルペン」に大別されます。このうち「ノルディック」で抜群に強いのです。

 発祥国ゆえ特化しやすい面があるでしょう。ただ「しやすい」と「意図的にそうする」では意味合いが異なってきます。ノルウェーの戦略は明らかに後者に属しています。

 ソチの結果を具体的に示してみます。

【ノルディックスキー系】

◎クロスカントリー(距離)

金5銀2銅4

◎ノルディック複合

金2銀1銅1

◎ジャンプ

銅1

◎バイアスロン(ノルディックの親戚といわばいえる)

金3銀1銅2

【アルペンスキー系】

金1銅2

【スノーボード系】

銀1

とみごとなほどに偏っています。スケートなど最初から捨てていると思われるほど。

 こうした輝かしい実績を日本人があまり知らないのは、日本選手が比較的脚光を浴びやすいスケートやスキージャンプに近年あまり存在感はなく、逆に日本がまるきり歯が立たない距離やバイアスロンで強いからかもしれません。

 とはいえ平昌冬季五輪でも日本人と絡んでいます。スキージャンプ女子ノーマルヒルで注目された高梨沙羅選手が銅メダルを獲得するなか優勝したマーレン・ルンビ選手はノルウェー人でした。

 平昌五輪の途中経過をみても鉄板であるノルディックスキー系を手堅く取り、ソチでこそ振るわなかったジャンプも金2銀1銅2と復権。さらに先に「捨てている」などと失礼を述べたスケートでも金1銅1と食い込んできました。

 大会ごとにメダル総数および金メダル数で比較されるロシアがドーピング問題で選手団を送れず、潔白が確実な選手だけ個人資格で「OAR」として参加を認められたに止まったのも結果的に追い風となったのかもしれません。

 得意種目で集中豪雨的にメダルを獲る国は他にもあります。例えばオランダは平昌でスピードスケート系だけで金6銀5銅3と大爆発。ただノルウェーほど守備範囲が広くないためメダル数では劣ります。

 こうした独自の手法で存在感を発揮するのはスポーツに関わらずノルウェーのお家芸です。

大国に依存せず独自の国際条約を締結

 例えば非人道的な武器使用禁止を呼びかける姿勢です。最も安価な武器の1つで、触れると命こそ助かっても大きな障害を負いかねない対人地雷を禁止する運動は1997年にノルウェーの首都オスロで発議され、NGO(非政府組織)を巻き込む斬新なアイデアが功を奏し1999年に「禁止条約」として発効(効力を持つ)しました。

 空中で大量の「子爆弾」をまき散らし、多くが不発弾となって地雷以上の脅威になっているクラスター爆弾の禁止はノルウェーが旗振り役になり、対人地雷禁止条約を参考にNGOも参加して2010年にやはり「禁止条約」が発効したのです。

 地雷、クラスター爆弾ともに大量保有国のアメリカ、ロシア、中国は条約に参加していません。従来であれば「大国が参加しない条約など無意味だ」との理由で進まなかったのを、ノルウェーら有志国は小国であろうと賛同者を増やし、政府の枠組みを超えたNGOに助力を求めて国際条約を作り上げました。

 大国は参加していないとはいえ、こうした成り行きを今後全く無視して軍事強化へ進むのを間違いなくためらうでしょう。新しい形の平和貢献である。といいながらノルウェーは決して絶対平和主義国家でもなく、武器輸出国の1つでもあるのです。

NATOに入りEUは不参加

 1945年の第二次世界大戦終戦後、旧ソ連陣営(東側)とアメリカ陣営(西側)でにらみ合っていた時期に西側陣営が東側に対抗する軍事同盟がNATO(北大西洋条約機構)。今はソ連崩壊でその意味は薄れたものの一定の軍事的安定に役立っており、ノルウェーも参加しています。

 他方、「1つの欧州」を作ろうというEU(欧州連合)には加盟していません。旧西側先進国では異例です。北海油田の発見後、豊富な地下資源がノルウェー経済を支えており、独自性を保った方が得策というしたたかな計算があるようです。

ノーベル平和賞の授与

 ノーベル賞のうち平和賞だけは創始者ノーベルの遺言によってノルウェー・ノーベル委員会(5人)が付与しています。委員はノルウェー国会によって選ばれ、ほぼノルウェー人と考えていい。現在の構成もそうなっています。ただしノルウェー政府は常々「政府とは関係ない独立機関」との見解を述べているのですが。

 でも本当にそうなのか。例えば1994年の受賞者はパレスチナ紛争に一定のメドをつけてイスラエル建国で住む場所を失ったパレスチナ人とイスラエルの間で、前者の暫定自治政府を認める「オスロ合意」に積極的に関わったとしてアラファト・パレスチナ解放機構議長、ラビン・イスラエル首相、ペレス同外相に与えられました。「オスロ合意」の名でわかるように交渉の中心的存在だったのがノルウェー政府。

 中国の民主化運動指導者で服役中の劉暁波氏が2010年に受賞した際には面目丸つぶれの中国政府が猛反発しました。中国は敵視するチベット指導者ダライ・ラマ14世にも平和賞が1989年に贈られた過去もあり「この野郎」という態度を顕わにします。それでもノルウェー政府は平然としていて例の「政府とは関係ない独立機関」論で押し切ってしまいました。それでも委員会と政府を一体とみなし(一体なのだが)、挑発を続けると中国の国際的印象が悪くなるので、これ以上強いず「無視」という形で通り過ぎさせたというのが実態です。

 笑ってしまうのは2012年の平和賞。何とEUに授けました。欧州の平和と調和に貢献したと激賞するも、先述通りノルウェーは加盟していません。

反捕鯨国代表オーストラリアとも裏で……

 ノルウェーといえば、アイスランド、日本と並ぶ代表的捕鯨国です。反対に最も先鋭な反捕鯨国はどこかというとオーストラリア。ではノルウェーがメチャクチャ批判されているかというとそうでもありません。

 国際捕鯨委員会が商業捕鯨の一時停止を決めた際、ノルウェーは異議を申し立てて今日に至ります。要するに商業捕鯨を続けているのです。対して日本は一歩譲って条約が認めている調査捕鯨へ切り替えました。これがオーストラリアの怒りに触れて「実態は商業捕鯨だ」と国際司法裁判所に訴えられました。結果は日本敗訴。

 譲った日本が叱られたのに商業捕鯨を続けるノルウェーは、それゆえに「実態は商業捕鯨だ」と提訴される心配はありません。しかも捕鯨では正反対のノルウェーとオーストラリアも南極条約で凍結されている領有権問題では手を結んでいます。オーストラリアは南極大陸一部の領有権を主張しているものの多数の国が認めていなません。わずかに賛成する国がノルウェーです。同国出身のアムンセンが初の南極点到達者でもあり、ノルウェーもまた南極大陸の領有権を主張しているからです。

十文字学園女子大学非常勤講師

十文字学園女子大学非常勤講師。毎日新聞記者などを経て現在、日本ニュース時事能力検定協会監事などを務める。近著に『政治のしくみがイチからわかる本』『国際関係の基本がイチから分かる本』(いずれも日本実業出版社刊)など。

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