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中小ベンチャーに潜むリスク、避けるには? 経営者の高級車、ブランド時計…社員は見ている

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:アフロ)

帝国データバンクでは毎日のように倒産情報が掲載されていますが、報道されるのはごくわずか。社会に大きな影響を与える企業のみです。例えば、1兆円という戦後最大規模の負債を抱えて経営破綻した(2017年6月)エアバッグ製造のタカタ株式会社は、初期対応の遅れから批判報道が拡大し、危機管理広報の失敗と言われています。しかしながら、大企業の動向はなんとなく遠く感じてしまいがち。報道されない中小企業のリスクこそ身近で教訓になると考えました。そこで、30年間中小ベンチャーの経営支援をしてきた創新グループの株式会社とんがりコラボ代表取締役の石浦一喜さんに、実際の事件と背後にある要因、日常的にリスクをどう回避するべきかをお聞きしました。

不正のトライアングル

石川:中小ベンチャーに対して管理部門の人材派遣・人材紹介・コンサルティングをするのがメインのお仕事だと理解しています。それだけではなく、経営者に対してリスクマネジメント基礎講座を提供するなど啓発活動をしているのは何故ですか。

石浦:経理の数字って過去じゃないですか。過去は変えられないんですよ。でもリスクはまだ起こっていないことに向き合う。マネジメントすれば回避できるから希望がある。経理だけ見ていると過去だから希望がなくなります。私は未来を変えたいと思ったから、従来の事業計画マネジメントにリスクマネジメントを取り入れた考え方を経営者にお伝えしています。

石川:おお、名セリフ。確かにリスクは未来志向です。リスクマネジメントは想像力が肝ですから。報道されないけれどありがちな事件、これまでに強く印象に残る実例をいくつか教えてください。

石浦:私達が支援している会社は、社員数20人以下が殆どで、売上規模が60億から90億位の上場企業も数社あります。ですので、対株主あるいは対顧客というより対従業員のリスクが圧倒的に高いです。社員10名のある医療会社の事例をお話ししましょう。2年間で600万円が紛失した事件が起きました。経理は25歳の女性一人に任せっぱなし。トップは2年間全く気付かなかった。トップ自身が運転資金として会社に貸していたお金から600万円が消えていました。その方法とは銀行から10万円現金でおろすのですが、領収証は半分の5万円しかないのです。驚くべき出来事が起こります。この紛失についてその女性従業員に原因を知っているか問い合わせたところ、その翌日から出社拒否。今度は両親から「娘が犯人扱いされてパニック障害になった」と訴えられて、傷病手当まで請求されました。

石川:それは完全に管理責任です。その女性だという確信はあるんですか。何か伏線があるとか?

石浦:現金の管理は彼女だけでした。この事件でトップが2年前のことを思い出したんです。彼女の恋人がオートバイのレースをしていて、会社に年間300万円のスポンサーになってくれないか、と話がありましたが、会社は断った。2年分のスポンサー金額600万。ピッタリすぎてああ、これだな、とは思いました。弁護士に相談しましたが、証拠がないから何もできない、と言われ完敗。強烈な印象を残した事件でした。現金は1週間に一度は必ずチェックする、一人に任せきりにしない、一人の場合は防犯カメラも検討する、が教訓です。一人に任せきりで横領される事件は最もよくあるケースです。

石川:スポンサーを断った時に現金管理体制を変えるべきでしたね。横領できる環境であったことが彼女の行動を生み出してしまったともいえます。

石浦:2つ目の事例は、鉄鋼の横流し事件。ある製造会社で社員がそこの鉄くずを横流ししていました。鉄くずを売ったらその代金を会社に入れなければいけないのに自分の懐に入れてしまいました。最初は鉄くずだから3万、5万だったのに、とうとう1千万円する鉄鋼1本を横流しすることに。その後、警察に逮捕され、刑事告訴されました。チェック体制がなかったことが次の大きな不正を生み出してしまった。

石川:犯罪はエスカレートする。成功するとどんどん大胆になっていく。本人のためにもチェック体制を作る必要があります。

石浦:3つ目の事例は、役員合わせて3名の会社で、業務時間に遊んでいて残業代を支払えと訴えてきたケースもありました。その社員の退職後、なぜかその社員の使っていたパソコンがきれいにリセットされていたのです。そこでパソコンを調べました。ネットの閲覧履歴は消されていましたが、フォレンジックでの再現を試みました。すると業務時間に業務に関係のないいろいろなサイトの閲覧履歴が出てくる出てくる。その証拠を相手の弁護士に出したところ、残業代請求は大きく減額されました。その社員はフォレンジックの再現性を知らなかった。私がフォレンジックを知っていたのはリスクを幅広く学んでいたからです。

石川:リスクの知識、感性を鍛えておくことが危機発生時にも役立つわけですね。3つのケースは環境が不正を引き起こしているようにも見えます。

石浦:おっしゃる通りです。「不正のトライアングル」というのがあります。アメリカの犯罪学者ドナルド・クレッシー氏が提唱し、会計学者のスティーブ・アルブレヒト氏がモデル化した考え方です。不正のトライアングルの3つとは、「動機」と「機会」と「正当化」。まず「動機」とは、投資に失敗して多額の借金を抱えている、まとまったお金を用意できれば家族の重い病気を治療できる、一つ目の事例の女性の「動機」は、恋人がバイクのレースでお金を必要としている。「機会」は、入出金が一人に任されている。会社規模が小さければ小さいほど監査や内部統制は事実上不可能であり、経費精算をチェックする仕組みもない。「正当化」は、例えば「これは借りるだけで、投資で増やして返す」「家族のためだから許される」「スポンサーを断るのが悪い」と、自分の行為を正当化する。性善説、性悪説といった考え方がありますが、感情論ではなく、経営=リスクマネジメントなのだろうと思います。だから、事業計画マネジメントの中にリスクマネジメントを入れるように私達の会員企業向けに啓発活動をしています。

石川:動機は避けられませんから、機会を作らないことが企業としてできる体制構築なのでしょう。大企業と中小ベンチャーのリスクにおける違いはあると思いますか。

経営者の見え方がハザード

石浦:中小ベンチャーは社員に関するリスクが多いと感じます。理由は大企業の場合は一般的には経営者が変わるけれど、中小ベンチャーは経営者が変わらない。3年、5年、10年で新陳代謝を繰り返す大企業は、頑張れば自分もなれる、といった希望を社員に与えることができます。しかし中小ベンチャーの場合はそうはならない。社員の話を聞くと大抵社長への不満が出ます。出ない会社はないといってもいいかもしれません。経営理念とかビジョンを崇高に作れば作るほど、その裏返しとして不満が出ます。「あんな立派なことを言ったって、この社長はできていない」みたいな。それが発端のハザード(潜在的危険性)となって不正につながってしまう。

石川:経営者が変わらないから不満が溜まりやすい。言葉と行動をよく見られて評価されてしまう?

石浦:経営者の日々の生き方、見え方がハザードになってしまいます。例えばゴルフによく行っているとか、高級車に乗っているとか、すごくいい所に住んでいるとか。中小企業の社長って、例えば創業者も然り、二代目・三代目というのもそれなりにお金がある。それでいて経営者との距離感も近いことから、そこと自分を比較してしまう。「なぜ高級車に乗っているのか」、「私はこんなにいっぱい仕事をしているのに、なぜ私の給料はこんなに少ないのか」という不満。

ゴルフも付き合いだったり仕事を兼ねて行ったりしますが、遊んでいるように見える。経営者は失敗すると破産ですから、かなりのリスクを負っています。自分の命や家族を失うこともありますが、そこは社員には想像がつかない。

石川:見え方リスクになりますね。人はよく見ていますから。身につける服や時計について金額まで知っていて話題にします。最近だとプーチン大統領のダウンジャケットが160万だと報道されていました。服装はメッセージになりますから、車もそうでしょう。見え方リスクも考慮する必要がありますよね。高級プランド品は相手によっては避ける必要があります。特に社員の前では避けるべきです。私は記者会見でも避けるようにアドバイスしています。報道されて社員も見ますから。そういえば、石浦さんは異業種交流会に出たり、仲間と会食したりしないと聞いています。それはもしかして社員の目を意識しているのですか。

石浦:それだけではありません。お酒を飲むのはすごく好きですが、そこで何かが生まれるってことがあまりなかったと感じます。グチ大会になることも多くて生産性がない。それと、個人的な失敗体験も原因としてあります。飲みすぎて駅のホームから落ちたことがありまして(苦笑)。若い頃はバイクを乗り回した挙句の果て、命の危機を体験したこともあります。日常の行動が命取りになる怖さを体験してきたことが、企業経営、個人におけるリスクへの向き合い方を形成してきたのだろうと思います。

石川:石浦さんは昔ヤンキーだったと風の噂を聞いていましたが、本当だったのですね。自分のリスクマネジメントから始める。そこですか。石浦さんの生き方を見れば希望が持てます。ところで、会社名の「とんがりコラボ」って変わっていて楽しい名前ですよね。とんがりコーンの音に近いからかもしれません。いつも間違えそうになります。この動画の収録でもつかえました。(笑)

石浦:とんがりは「強み」の意味で、コラボは「協力」の意味です。時流をつかみ、経営課題を解決しながら強みを生かして協力して存続していこう、との志です。経営とは存続すること、といったグループの理念から来ています。コロナの影響で飲食業界の顧客は、この3年で激減。景気のいい話がありません。でも、こんな時代だからこそ、一瞬一瞬を大事にしたい。一社一社大切に向き合って、一日一日大事に階段を上っていきたいなという気持ちになっています。

【石浦一喜(いしうら・かずよし)氏プロフィール】

株式会社とんがりコラボ 代表取締役

日本リスクマネジャー&コンサルタント協会 理事

200社を超える中小企業のコンサル経験を持ち、経営者と寄り添い良いサポート役として多くの黒字存続を実現してきた財務労務リスクコンサルタント。幼いころ実家の酒屋を手伝う経験から会社経営(商い)に興味を持ち、町工場ライン、ガソリンスタンド、コンビニ、喫茶店、カラオケボックス、ビリヤード等数々のアルバイトを経験し、当時厳しかった大原簿記学校を卒業後、グループ会社である会計事務所に就職。現在は株式会社とんがりコラボ(創新グループ)にて中小企業に特化した人材紹介・派遣サービスと財務リスク・人事労務分野において特徴あるコンサルティングサービスを行っている。

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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