男性の都合のいい目線ではない、わたし独自の女性の目線で。家父長制が強い社会で生きる若き母の闘いを
埼玉県川口市のSKIPシティで毎年開催される<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>が本日7月13日(土)に開幕を迎える。
白石和彌監督、中野量太監督、上田慎一郎監督らを名だたる映画監督を輩出。いまでは若手映画作家の登竜門として広く知られる映画祭へと成長している。
とりわけメイン・プログラムの国際コンペティション部門は、海外の新鋭映画作家によるハイクオリティかつバラエティ豊かな作品が集結。コロナ禍もすっかり明け、今年も海外からの多数のゲストが来場を予定している。
そこで、昨年の<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2023>のときに行った海外映画人たちへのインタビューを届ける。
二作品目は、日本ではあまりなじみのないであろう、東ヨーロッパと西アジアの交差する地点に位置するアゼルバイジャンから届いた「バーヌ」。ヴェネチア国際映画祭でワールド・プレミアされた同作は、混乱を極める第二次ナゴルノ・カラバフ紛争末期(※アルメニア共和国とアゼルバイジャン共和国がナゴルノ・カラバフ自治州を巡って争っている紛争)を背景に、社会的権力を持つ夫に愛する我が子を連れ去られた母親バーヌの親権を求める孤独な闘いを描く。
手掛けたのはアゼルバイジャンの映画監督で俳優としても活躍するターミナ・ラファエラ。
主演と監督を兼ねて挑んだ本作について彼女に訊く。全四回/第一回
男性の都合のいい目線で描かれたものではなく、女性の視点で女性を描く
まず本作の話に入る前に、初監督作品として2020年に『A Woman』という短編を発表している。脚本、製作、出演も兼ねた同作は、パームスプリングス国際短編映画祭でプレミア上映された後、ベンド映画祭の最優秀短編賞など数々の映画祭で賞に輝いた。
こちらはどういう作品だったのだろうか?
「この『A Woman』でわたしが注力したかったのは、女性の視点です。
わたし自身が脚本を書いて、監督もする、出演もするということで、女性の視点を明確に記した映画を作ろうと考えました。
なぜ、そう考えたかというと、いままでのアゼルバイジャンの映画というのは、たとえ女性が主人公であったとしても、女性についての物語であったとしても、けっきょく、男性の都合のいい目線で描かれたものがほとんどだったんです。
だから、わたしは自らの目であり女性としての視点で、女性の在り方であったり生き方であったりを包み隠さずに描きたかった。
アゼルバイジャンにおいて女性であるということ、女性として生きること、母親として求められること、あるいは社会に女性が背負わされていること、そういったことを描きたかったんです。
で、実は『A Woman』での経験はひじょうに大きくて、今回の主人公バーヌの視点や生き方へつながれていきました。もっと言うと、『A Woman』という物語を経て、バーヌという女性にたどり着いたところがあります」
アゼルバイジャンの女性について
ひとつの物語を書き上げることができるのではないか
短編を経て、すぐに次は長編でとなり「バーヌ」へとつながっていったのだろうか。
「そうですね。実現できるかできないかは別として、次は長編を意識しました。
『A Woman』を作ったことで、『これがわたしのやっていきたいことなんだな』と明確にわかったんですね。
つまり女性の視点から、アゼルバイジャンという国を、もっというと世界を描いてみようと。
そういう意識が『A Woman』を作り終えた段階から自分の心の中に芽生えていました。
で、おかげさまで『A Woman』はいろいろな国の映画祭をまわることができました。この回っているときに、世界のほかの文化に触れて刺激を受けることも多々あって、のちのち『バーヌ』の元になるアイデアがいろいろと出てきたんです。
この浮かんできたアイデアをまとめることで、アゼルバイジャンの女性についてひとつの物語を書き上げることができるのではないかと思いました。
それで当初は完全に女性の問題に集約した物語にしようと考えていました。
ところがみなさんご存じのように、ロシアによるウクライナ侵攻というひじょうに由々しき事態が起きてしまいました。
この戦争を前にして、わたしの中でそのことを無視できなくなってしまいました。
そこでアゼルバイジャンで起きている、というかいまだ完全に終わったとは言えない第二次ナゴルノ・カラバフ紛争を背景にしのばせることにしました。
いまだからこそ戦争が人々の心に及ぼす影響や、戦争が引き起こすさまざまなことを入れた方がいいと考えたのです」
今も続く第二次ナゴルノ・カラバフ紛争について
ターミナ・ラファエラ監督自身は、この紛争をどう受け止めているのだろうか?
「双方が妥協できないがゆえに、終わりを迎えることができない紛争だと感じています。ひじょうに難しい問題です。
この紛争について、わたしの記憶の中ではっきりと意識した最初のときは、確か小学校2年生のときでした。
学校のクラスメイトの誰かがアルメニア人について冗談めかしたことを言ったんです。ちょっとなんといったかいまとなっては覚えていないのですが、とにかくよくない表現だった。
で、家に帰って聞いたんです。アルメニア人のことを。
するとわたしの親は敵意をもって誰かを見たり、誰かを憎んだり、誰かを不当に差別してはいけないと言って、おきている紛争のことを教えてくれたんです。
そのとき、はじめてナゴルノ・カラバフ紛争のことを知りました。
ただ、それから大人になるにつれて、難しい問題ではあるけれども、ひじょうに無意味な対立だということも分かってきました。
で、正直なことを言うと、どこかでいつかは自然消滅のようなことで終わると安易に考えてしまっていました。
ところが第二次の紛争が起きてしまった。そうなると映画作家としてはもう逃げられないというか。
アゼルバイジャンの映画作家である自分としては避けて通れないものになってしまった。
それでウクライナのこともあって、今回の『バーヌ』ではもう逃げていてはいけない向き合わないといけないテーマだと思って、作品に盛り込むことを決意しました」
(※第二回に続く)
「バーヌ」
監督:ターミナ・ラファエラ
出演:ターミナ・ラファエラ、メレク・アッバスザデ、カビラ・ハシミリ、
ジャファル・ハサン、エミン・アスガロフ
「バーヌ」の場面写真はすべて(C)Katayoon Shahabi
<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024>
会期:《スクリーン上映》 2024年7月13日(土)~7月21日(日)
《オンライン配信》 2024年7月20日(土)10:00 ~ 7月24日(水)23:00
会場: SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ 映像ホール、
多目的ホールほか(埼玉県川口市)
詳細は公式サイト : www.skipcity-dcf.jp