本日公開『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』。クレイグ=ボンドは何と戦ってきたのか
本日(10月1日)、『007』シリーズ25作目『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』が公開を迎えた。当初は昨年4月の公開を予定していたがコロナ禍を受けて度々延期に。文字通り「待望」のロードショーだ。
本作は制作側の意向で試写が行われなかった。そのため日本国内でも事前に作品を観たのはおそらく配給や字幕担当など僅かな関係者のみだ。筆者も本稿執筆時点ではまだ観ていない。
9月28日(現地時間)にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで行われたワールドプレミアでは、ジェームズ・ボンド役を務める主演のダニエル・クレイグをはじめ、主要キャスト、制作スタッフが勢揃い。さらにチャールズ皇太子とカミラ夫人、ウィリアム王子とキャサリン妃らも姿を見せた。
下記は日本の配給元 東宝東和の公式webサイトに掲載されたワールドプレミア後の映画評である。いまのところ、海外メディアからは概ね好評のようだ。
既報の通り、2006年の『007/カジノ・ロワイヤル』から『007/慰めの報酬』(2008)、『007/スカイフォール』(2012)、『007 スペクター』(2015)と過去4作に渡ってボンドを演じてきたクレイグは今作限りで『007』シリーズを卒業する。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』はクレイグ=ボンドの最終作という観点からも話題性の高い一作である。
『007』シリーズはボンド役の俳優が交代する度にリブート(再起動)を繰り返してきた。特に『007/カジノ・ロワイヤル』からは先代(ピアース・ブロスナン)の頃に散りばめられていた荒唐無稽な要素が一掃され、リアリティを追求するシリアス路線へと舵を切り、その采配は見事に成功を収めた。
過去作における敵
MI6のスパイであるボンドの敵はもちろん悪役だ。過去作でも数々の個性的なヴィランと死闘を繰り広げてきた。しかし同時に007ことジェームズ・ボンド、そして俳優、ダニエル・クレイグはヴィラン以外の様々な見えざる敵とも戦ってきた。本稿ではその戦いの足跡にスポットを当ててみたい。
(筆者注※以下、過去作の結末に関する記述が続きます)
『007/カジノ・ロワイヤル』
クレイグ=ボンドの第1作目『007/カジノ・ロワイヤル』の見えざる敵は「若さ」と「大衆」だった。
ボンドが本当の意味での007——つまりクールで洗練されたスパイ——になるまでの前日譚を描いた『007/カジノ・ロワイヤル』はイアン・フレミングの遺した同名原作を絶妙なバランスで再生させた傑作として今日も評価が高い。
当初、多くのマスコミと大衆はクレイグの起用に否定的だった。「(歴代に比べて)小柄だ」「金髪のボンドなんて」とこき下ろしたのだ。このあたりの経緯はApple TVにて10月7日まで無料レンタル中のドキュメンタリー作品『ジェームズ・ボンドとして』に詳しく描かれている。
クレイグ=ボンドはセクシーさと力強さに人としての「脆さ」が加味された魅力的な6代目だった。アンチの声は絶賛のそれに取って代わったのだ。
本編序盤のボンドは若さゆえの思い上がりから女性上官M(ジュディ・デンチ)にも不遜な態度を取る荒削りな性格として描かれている。しかしヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)という女性と出会い、愛し合う。しかし悲劇的な結末によってあっという間に彼女を失う。彼女の死後、幾つかの真相を知ったボンドは華麗なスリーピースのスーツ姿で敵のアジトを急襲し、クールにこう名乗る。「ボンド。ジェームズ・ボンド」。新しいボンドの誕生と、俳優ダニエル・クレイグの勝ち名乗りが高らかに宣誓された瞬間だった。
『007/慰めの報酬』
第2作目『007/慰めの報酬』の見えざる敵は「プロとしての矜持」だったと言えるだろうか。
前作の世界的な大ヒットを受けて、制作陣は並々ならぬプレッシャーを背負う。その仕上がりは脚本家協会のストライキなど制作環境を取り巻く事情も作用して、やや散漫な印象も残った。この点はクレイグ自身も『ジェームズ・ボンドとして』で語っている。
劇中、ヴェスパーを殺した組織への復讐心に突き動かされていたボンドも、最後には復讐心を抑え、プロのスパイとしての責務を全うする。クレイグとボンド、制作陣の各々が痛みを抱えながら前へと進んだ一作だった。
『007/スカイフォール』
3作目『007/スカイフォール』で思い出されるのは「世代交代」と「レゾンデートル(存在意義)」だ。
タイトルの“スカイフォール”はボンドが幼少期を過ごした生家の名称である。劇中の終盤、ボンドはスカイフォールにおける最終決戦で上官Mを失う。組織の長としての厳格な表情の一方で、常にボンドを信じ、その成長を見守ってきたM。そのMの庇護を受けてきたボンド。一種の疑似親子にも似た二人の関係性はMの絶命で終わりを迎える。
劇中、Mがヴィクトリア時代のイギリスの詩人、アルフレッド・テニスンの詩を朗読するシーンがある。
「007」シリーズは第1作から(プロデューサーは世代交代したが)同じ制作プロダクションが作ってきた。言わば“老舗の味”だ。かつての東西冷戦もいまは昔。『スター・ウォーズ』、マーベル、DC、同じスパイ物なら『ミッション・インポッシブル』シリーズと、映画界のシリーズ物も群雄割拠。そもそもインターネットが普及したこの時代、007という古式ゆかしい色男のスパイ物語に存在意義はあるのか?
いや、あるのだ。どんな時代にもどんな状況にも屈しない不屈の魂。そこに『007』シリーズの意義があるのだ。そんな制作陣の自問自答と矜持がテニスンの詩には込められていた。何度でも存在意義を再設定する老舗の老舗たる“しぶとさ”を芸術的な画作りと詩情で表現した本作はまたも世界的な大ヒットを記録する。
劇中、ボンドは何度か“老兵”扱いを受ける。宿敵シルヴァに「趣味は?」と問われると「「復活」かな」とジョークを放っていた。この作品から旧シリーズではおなじみのキャラクターだったMの秘書・マネーペニー(ナオミ・ハリス)や秘密兵器の開発/供給役Q(ベン・ウィショー)が登場し、ラストでは上官Mが男性(レイフ・ファインズ)へと代替わりを果たす。先代Mから“親離れ”して、かつての『007』らしさも復活させ、次作への期待を繋げた。
『007 スペクター』
前作『007 スペクター』の見えざる敵は「伝家の宝刀」とクレイグ=ボンドの「進退」だった。
ブロフェルドの存在はボンドの過去に大きく関わっていて、過去作で登場したヴィランはもれなくブロフェルドの傘下だったという設定が描かれる。『007/カジノ・ロワイヤル』、『007/慰めの報酬』の二作は物語が連動していたが、『007/スカイフォール』だけは、ある意味、独立した物語だった。それを“スペクター”という伝家の宝刀でひと括りにするという荒業に打って出たのだ。
ボンドはかつて『007/カジノ・ロワイヤル』で自分とヴェスパーを追い詰めたミスター・ホワイトの娘、マドレーヌ・スワン(レア・セドゥ)と恋に落ちる。本編のラスト、ブロフェルドを征したボンドはスパイを引退し、スワンと共に愛車アストン・マーチンDB5でスクリーンの彼方へと去っていった。
このラストを多くの観客はクレイグ=ボンドの終焉と捉えた。実際、クレイグもこの時点ではほとんど卒業するつもりだったらしい。しかし制作陣は「まだ描ききれていないボンドの物語があるのでは?」とクレイグを引き止める。その後、紆余曲折を経て、最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の制作が開始されたのだった。
クレイグ=ボンド最後の戦い。『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
公式サイトによると最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のあらすじはこうだ。
今作のヴィランであるサフィン(ラミ・マレック)はスワンが抱える過去の秘密と何らかの関わりがあるらしい。前作に登場したブロフェルドも登場する。
Me Too運動の広がりを受けて、今作では脚本家チームに女性を迎え、ヒロインの総称も「ボンドガール」から「ボンドウーマン」に変更された。新たな00エージェントのノーミ(ラシャーナ・リンチ)やCIAエージェントのパロマ(アナ・デ・アルマス)という、お飾りではない“戦うヒロイン”も登場するという。時代の流れも見据えながら新たな物語が編まれているようだ。
完成までには監督の交代劇やクレイグの負傷など幾つかのトラブルもあった。無論、コロナ禍との戦いもあった。劇場公開を諦めて配信に活路を求める大作もあったが『007』シリーズは劇場のスクリーンにこだわった。
かくして今度こそ本当にクレイグ=ボンドはラストを迎える。サフィンの野望とは? 最愛の女性 スワンとの愛の行方は? そしてスパイに復帰したボンドを待ち受ける危機とは何か?
今作でクレイグ=ボンドは何と戦い、何を勝ち得るのか。セクシーでストロング。クールで偏屈。しかしやっぱり女性には弱く、どこかピュアな繊細さと脆さも感じさせる。そんな人間・ジェームズ・ボンドの半生記となったクレイグ=ボンドのサーガが迎える結末とは有終の美なのか、それとも……。
全5作、およそ15年にわたって壮大な自分探しと数々の戦いを繰り広げてきたクレイグ=ボンド。痛快なKiss Kiss Bang Bang(ロマンスとドンパチ)がベースの『007』シリーズという大人のファンタジーに決して完璧ではない人間くささを持ち込んだクレイグ=ボンドが大好きだった筆者は、本日、万感の思いで劇場に向かう予定だ。世界中にそんなファンがたくさんいるだろう。“クレイグ=ボンド最後の戦い”へ、いざ。
10月1日(金)より全国ロードショー
配給:東宝東和
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