非常事態宣言後の休業手当、厚労省の見解は
新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言により、企業が休業する場合に賃金はどうなるのか、労基法26条にいう休業手当の解釈に注目が集まっています。
この点、筆者は先日以下の論考を書きましたので、まずはこちらをお読み頂ければ幸いです。
「緊急事態宣言で給料はどうなる!?(労基法上の休業手当支払の要否)」
一方で、労働法界隈では労働者側・使用者側という立場の違いがあり、労働者側弁護士にはその立場からの見方があるということで、真逆の意見が日本労働弁護団常任幹事の嶋崎量弁護士より出されています。
そこで、厚生労働省がどのような解釈を発出するかに注目していたのですが、4月10日の夜遅くに厚労省Q&Aが更新され、休業手当に関する言及も見られました。まずは、遅い時間まで本当にお疲れ様です。昼夜問わず最前線での対応に心より感謝申し上げます。
新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年4月10日時点版
なお、以下の解説は、厚労省QAを批判する趣旨ではなく、不明瞭な部分の解説を行うことにより、「分からないことだらけ」の企業人事や経営者、労働者の皆さんの疑問点に可能な限り答えるという趣旨で行うものです。新型コロナウィルスについては当然判例もありませんので、これからの社会通念に従った法解釈を共に考えて行ければと思っています。
法解釈は常に社会通念に従って行う必要があり、新型コロナウィルスの問題については、世界が同時に直面し、未知数な部分が多いという意味で、特異な天災ともいうべき問題であり、これまでのどの労働法の基本書の記載も、判例も、行政通達も、この問題に関する答えをそのまま教えてくれません。しかし、今を生きる我々は、「今の」(コロナ問題で出る前と今では価値観にも相違があると思います)社会通念に従った法解釈をすべきだと考えています。
前置きが長くなりましたが、、厚労省QAの中で、賃金に関する部分を見てみましょう。まずは緊急事態宣言に特化した話ではなく、休業手当の一般論です。
このQから分かることは以下の2つです
1 労使でよく話し合うこと
2 休業手当の支払いが不要な不可抗力の解釈で、サプライチェーン寸断においても休業手当の支払いが不要になる場合があり得ること。
しかし、これでは緊急事態宣言の発令後の休業が不可抗力なのか分かりませんね。それでは次のQです。
このQから分かることは以下の2つです。
1 緊急事態宣言後の休業における賃金はよく話し合うこと
2 雇用調整助成金の特例の利用を検討すること
はい、このQでも緊急事態宣言の発令後の休業が不可抗力なのか分かりません。さらに次のQに行きましょう。
このQが本丸です。さすが官僚!というべき文章ですので、非常に読み方が難しいのですが、この最重要Qのポイントは以下の4つです。
1 不可抗力による休業と言えるためには1その原因が事業の外部より発生した事故であること(外部性)2事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること(回避困難性)という要素をいずれも満たす必要があること(東日本大震災の時と同様の解釈です)
2 上記「1」の外部性について今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言や「要請」(←これ重要です)でも外部性要件を満たし得ること。やはり爆発的感染を防止するための緊急事態宣言発令という趣旨目的に鑑みれば、安易に出勤を促すような労基法上の解釈をすべきではありません(労働者の生活保障は休業手当ではなく雇用調整助成金や失業保険など、国の政策の領域に入ってきたと言えるでしょう)。
3 上記「2」の回避困難性についてはテレワークや配置転換などを検討したかが問われること。
4 結論として、今回の非常事態宣言後の休業については一定の要件を満たす場合、不可抗力によるものであり、労基法26条にいう「使用者の責めに帰すべき事由」がなく、休業手当の支払いが不要であること、と言ったことが読み取れます。
特に、「4」については非常に難解な文章になっています。おそらく、ハッキリと「休業手当の支払いが不要である」と書くと、賃金不払い事案が続発するおそれがあるため、これを避けたのでしょう。
しかし、「一律に」、「休業手当の支払い義務がなくなるわけではありません」、との記載は上記の回避困難性を検討すべきという意味であると解されます。そうだとすれば、冒頭の方で嶋崎弁護士が述べていたような、そもそも非常事態宣言は「要請」であるから、休業はあくまで使用者が「自主的に対応したに過ぎない」、という考え方と厚労省の考え方とは明らかに異なるものであることが分かります。
したがって、緊急事態宣言後の休業については、テレワークや配置転換の検討を十分に行った上で、それでも休業を要すると判断された場合には、休業手当の支払いが不要であるという解釈になります(厚労省が言うように、全てのケースではないことに注意を要します)。
しかし、この点は私と嶋崎弁護士の意見も一致していると思いますが、労基法上の休業手当の支払いが不要であるからと言って、企業は何も検討しなくて良い訳ではありません。
労基法26条にいう平均賃金の6割の支払義務はなくとも、今後の労使関係や労働者の生活に配慮し、企業の体力と相談してできる限りの賃金支払を検討するのが筋だと言えます。
そこで、次のQです。
このQのポイントは以下の2点です。
1 労働者に配慮するため、できる限り労使で話し合おう
2(明記されていないが)休業手当支払義務がない場合は平均賃金の6割に拘泥することなく、企業の体力と相談して賃金支給を決めよう
企業の自助努力としてできるところは正にここです。この点は大企業・中小企業・零細企業・個人事業によっても、キャッシュの多寡によっても、業界の今後の見通しによっても変わってくるでしょう。しかし、今できることを、置かれた立場で、できる限り、やるしかないのです。そのために、経営者は融資・休業・助成金・賃金カット・希望退職募集・退職勧奨・最後はやむを得ず整理解雇などあらゆる方策を検討して是が非でも生き残りを検討して頂きたいと思います。
経営者・労働者の皆さん、生き抜きましょう!!
最後に、蛇足ですが、職場で新型コロナになった場合は労災なの?という質問もよく受けますので、この点の厚労省見解を紹介しておきます。
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7 労災補償
問1 労働者が新型コロナウイルス感染症を発症した場合、労災保険給付の対象となりますか。
業務又は通勤に起因して発症したものであると認められる場合には、労災保険給付の対象となります。詳しくは、事業場を管轄する労働基準監督署にご相談ください。
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このQは何も言っていないようでいて、奥が深いです。労災が認められる場合には業務に起因して発症したという「業務起因性」が要件なのですが、これが「認められる」ためにはどうすればいいのかということです。風邪やインフルエンザでも同じですが、どこで感染したかを立証するのは極めて難しい問題です。今回の新型コロナについても、感染経路不明が増えており、いったいどこで感染したのかわからないケースが多いでしょう。
例えば、会社のイベントや大規模会議でクラスターが発生した、と後で特定されるような極めて例外的な場合でない限り、労災認定は今のところ難しいのではないかと思います。