総務省「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」に見るフェイクニュースの「コスパ」
2020年6月19日、総務省から「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」報告書が発表された。週に1日以上インターネットを利用している15歳から69歳までの男女を対象に、新型コロナウイルス感染症に関する情報やニュースへのや接触度や利用度、信頼度、誤情報の受容度や共有・拡散経験などについて2000件のアンケート回答をまとめたものだ。
調査が実施された5月13日、14日の時点で、回答者の95パーセント以上と多くの人が1日1回以上、新型コロナウイルス感染症に関する情報やニュースを見聞きしている。情報源は政府広報から新聞・TV報道、Yahoo!ニュースをはじめとするニュースアプリやSNSなどがある。こうした情報は「手洗いをよく行う」「他人との距離をとる」といった行動をとるきっかけにもなり、情報の信頼性や信頼できる情報源の利用度向上が重要になる。
報告書の後半は新型コロナウイルスに関する間違った情報、誤解を招く情報(いわゆるフェイクニュース、デマ)の接触度や受容度に関する調査に充てられている。17項目のフェイクニュースには、大きく報道されたものから、ニッチな経路で一部の層にしか届いていないものの、「信じた」人が多いものもあった。中から、最も信じた人の割合が多かった誤情報(フェイクニュース)について深堀りしてみる。
17のフェイクニュース
「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」に挙げられた17のフェイクニュースは次の通りだ。
- 新型コロナウイルスは熱に弱く、お湯を飲むと予防に効果がある
- お茶・紅茶を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある
- こまめに水を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある
- 納豆を食べると新型コロナウイルス予防に効果がある
- ニンニクを食べると新型コロナウイルス予防に効果がある
- ビタミンDは新型コロナウイルス予防に効果がある
- 花こう岩などの石はウイルスの分解に即効性がある
- 漂白剤を飲むとコロナウイルス予防に効果がある
- 新型コロナウイルスは5Gテクノロジーによって活性化される
- 日本で緊急事態宣言が発令されたら3週間ロックダウン(外出禁止)
- 日本政府が4月1日に緊急事態宣言を出し、2日にロックダウン(外出禁止)を行う
- 日赤病院が「コロナ病床が満床」「現場では医療崩壊のシナリオも想定」といった発表を行った
- トイレットペーパーは中国産が多いため、新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する
- 武漢からの発熱症状のある旅客が、関西国際空港の検疫検査を振り切って逃げた
- 新型コロナウイルスについて、中国が「日本肺炎」という呼称を広めようとしている
- 新型コロナウイルスは、中国の研究所で作成された生物兵器である
- 死体を燃やした時に発生する二酸化硫黄(亜硫酸ガス)の濃度が武漢周辺で大量に検出された
17の誤情報のうち、信じた人の割合が最も高かったのは「17.死体を燃やした時に発生する二酸化硫黄(亜硫酸ガス)の濃度が武漢周辺で大量に検出された(以下「亜硫酸ガス情報」)」というもので、32.8パーセントが「正しい情報だと思った・情報を信じた」と回答している。ただし、この情報はそもそも見聞きした人の数も少ない。情報に接したのは4.4パーセント、わずか88人だ。まず、「信じた人が多い」情報と「見聞きした人が多い」のそれぞれ上位を比較してみたい。
※母数は1つ以上新型コロナウイルスのフェイクニュース・デマを見聞きした人[1435人]
信じた人の割合が高い情報
- 「17.死体を燃やした時に発生する二酸化硫黄(亜硫酸ガス)の濃度が武漢周辺で大量に検出された」信じた:32.8パーセント[29人]/見聞きした:4.4パーセント[88人]
- 「15. 新型コロナウイルスについて、中国が「日本肺炎」という呼称を広めようとしている」信じた:28.8パーセント[64人]/見聞きした:11.2パーセント[223人]
- 「3. こまめに水を飲むと新型コロナウイルス予防に効果がある」信じた:28.7パーセント[107人]/見聞きした:18.7パーセント[373人]
見聞きした人が多い情報
- 「16. 新型コロナウイルスは、中国の研究所で作成された生物兵器である」信じた:21.0パーセント[163人]/見聞きした:38.9パーセント[775人]
- 「13. トイレットペーパーは中国産が多いため、新型コロナウイルスの影響でトイレットペーパーが不足する」信じた:6.2パーセント[38人]/見聞きした:30.6パーセント[610人]
- 「1. 新型コロナウイルスは熱に弱く、お湯を飲むと予防に効果がある」信じた:8.1パーセント[47人]/見聞きした:29.3パーセント[585人]
新型コロナウイルスに関する17の誤情報のうち、「信じた人の割合が高い情報」と「見聞きした人が多い情報」を比較してみると、強く信じさせるような情報はニッチで少数の人にしか届いていない。そして多くの人に届いた情報がよく信じられた情報になったわけでもない。単純に、広く拡散されれば信じる人が増える(フェイクニュース発信者の立場で考えれば「パフォーマンスが高い」)とはいえない。
「亜硫酸ガス」情報の真偽
あらためて、「死体を燃やした時に発生する二酸化硫黄(亜硫酸ガス)の濃度が武漢周辺で大量に検出された」という情報がフェイクニュースであることを確認してみる。この情報は、2020年2月9日にTwitterに投稿され、ソースとして民間気象情報サイト「Windy.com」の画像を使用していたため、Windy併設のコミュニティで検証が行われた。コミュニティの管理者は、Windyでは過去の二酸化硫黄(SO2)データを提供していないため過去との比較はできないこと、予測することができない急激なSO2値の上昇(急激な火山活動など)はWindyには反映されないことを説明した。この時点でそもそも「予測値」のはずが「検出された」とあたかも実測値であるかのような表現に置き換わっている。
Windyが使用しているデータは、NASA ゴダード宇宙飛行センターが提供している「GEOS-5」という人工衛星からSO2を観測したデータに基づいている。このサイトでは、NASAのAura、NOAAのSuomi-NPP、ESA(欧州宇宙機関)のSentinel-5Pという3種類の衛星のデータをそれぞれ表示できるが、2月9日の画像を見るとSuomi-NPPとSentinel-5Pの画像でSO2の情報は大きく食い違う。
これは、もともと人工衛星からのSO2観測が火山活動のように大量に排出される場合を想定しており、人為的な排出の観測が技術的に難しいためだ。2003年にイラクのアル・ミシュラクで国営化学工場の火災によるSO2放出が起きたことがある。このとき、推定で5億トンもの原料のイオウが燃えたために観測が可能になった。しかしこうした異常事態でもない限り、冬期の高緯度帯で地表の反射率が高い(雪に覆われている)といった好条件が揃っても衛星によるSO2観測には誤差がある。多くは、SO2を多く推定しがちだという。
もうひとつ傍証がある。NASAは衛星データから、2020年2月10日~25日に中国の上空で二酸化窒素(NO2)の観測量が大きく減少していると公表した。新型コロナウイルス感染症のため経済活動が減速して工場などの稼働が減ったため、大気汚染物質の排出も減ったと考えられている。NO2は、SO2と同様に火葬で発生する物質だ。もし、武漢周辺で火葬が急激に増えて2月9日のSO2の排出が増えたならば、共に排出されたはずのNO2が翌日のデータで急減しているのはおかしい。
訂正情報の「届きにくさ」
こうした事実を突き合わせれば、「死体を燃やした時に発生する二酸化硫黄(亜硫酸ガス)の濃度が武漢周辺で大量に検出された」という情報は「誤りである」と断じてかまわないものだろう。とはいえ、上記のようなファクトチェックの記述について「面倒くさい、読みたくない」と思った人の方が多いのではないだろうか。
17番「亜硫酸ガス」の情報は、ファクトチェック情報を集めたり、それを受け手が咀嚼したりといった手間が非常に大きい。訂正情報が届きにくく、厄介だといえる。フェイクニュースを作る方の立場になってみれば、気象情報アプリの画像をTwitterに載せ、薄気味悪さに訴えかけるストーリーを付加することができれば検証できずに信じてしまう人がいるのだから「コストパフォーマンスの高い」情報だといえるかもしれない。
フェイクニュースに対する訂正情報を提供する立場になってみれば、手間がかかるにも関わらず届きにくい「コストパフォーマンスの低い」作業を強いられるため、この種の情報はとてもやっかいだ。ただし、この情報は見聞きした人の数が最も少ない。一部の層には深く「刺さった」かもしれないが、与えた影響の範囲も小さいのが救いだ。
総務省の報告書によると、新型コロナウイルス感染症に関する情報が誤情報だと気づいたきっかけは「あとからテレビ放送局の報道で知った」が33.2パーセントと最も多く、次いで「あとからネットニュースサイトやニュースアプリの情報で知った」が18.5パーセントとなっている。テレビの影響はまだまだ大きいといえるが、一方でネットニュースは後からでも検索して訂正情報を探し出せるというメリットがある。
報告書から、小さなコストでフェイクニュースが効果を上げた例があることがわかった。訂正する側にとっては、検証に大きな手間が必要という問題が依然としてあるものの、ニュースサイトも訂正情報の経路になりうるという情報が得られた。誤情報に気づいたきっかけが「このアンケートで初めて知った」という回答も少なくない。「コスパの低い」検証を余儀なくされるとしても、後からであってもフェイクニュースを訂正しておく意味はあると考える。