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雇用のカリスマに聞く「ジョブ型雇用」の真実【海老原嗣生×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、株式会社ニッチモ代表取締役の海老原嗣生さんです。企業のHRコンサルティングに携わるとともに、リクルートキャリア発行の人事・経営誌『HRmics』の編集長も務めています。厚生労働省の労働政策審議会委員、中央大学大学院戦略経営研究科客員教授もされており、人材マネジメントや雇用問題に精通していることから「雇用のカリスマ」と呼ばれています。そんな彼に、近年話題の「ジョブ型雇用」について伺いました。日本企業が抱える課題を洗い出し、その解決手段として「ジョブ型」がふさわしいのかどうか、議論します。

<ポイント>

・60年間まともに雇用を考えてこなかった日本

・欧米の評価はものすごくレベルが低い

・欧米にはなぜジョブ・ディスクリプションがないのか

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■日本型雇用の問題点をめった斬りにする

倉重:今回のゲストは海老原嗣生さんに来ていただいています。自己紹介をまずお願いします。

海老原:雇用のカリスマと呼ばれております、海老原嗣生です。本当は雇用のカリソメです。

倉重:そのまま載せますよ(笑)。一応キャリアをお伺いしたいのですけれども。

海老原:大学を卒業してから某大手有名企業で営業をしていました。営業が嫌で物書きになりたくてリクルートに入ったのです。リクルートに入って人材広告をずっと作っていましたので、全部で2,000社ぐらい見ました。そこから引き抜かれて経営企画やワークス研究所に行き、ワークス研究所で編集長をした後、新規事業の立ち上げを2本やってその後、独立。今は雑誌の編集長をしています。

倉重:労働政策審議会のメンバーにもなられましたね。

海老原:労働政策審議会では、ANAや新日鉄などの役員と一緒に並んでいます。

倉重:行政もずいぶん考え方が変わりましたね。

海老原:まるで、私が変な人のような言い方ですねエ。

倉重:すみませんでした。こういう人を選ぶというのはいい時代だと思います。必要な人材です。

海老原:倉重さんは労働政策審議会でも本家(労働条件)のほうに行くのでしょうね。私のような末席これではなくて。

倉重:将来の目標です。今回は日本型雇用の問題点を海老原さんにめった斬りしてもらおうと思います。まず、最近はやりのジョブ型について思うところをお願いします。

海老原:ジョブ型というのは何なのでしょう。これだけひどい方向があり得るのかと思うぐらいのことになっています。

倉重:ジョブ型にすると仕事が明確になり、労働時間管理をしなくてよくなり、解雇もしやすくなると言われていますね。

海老原:解雇しやすいのは確かですが、日本人が思っているジョブ型とはまったく関係ない話です。日本人が思っているジョブ型は、「日本型ジョブ型」と言うのです。逆に言うとアメリカ的なメンバーシップ型というものがあるのでしょうか? まずこれは見てほしいのですが。

倉重:直近の日本型雇用見直し発言ですね。

海老原:最近「ジョブ型にしろ」と言われていますが、笑ってしまうのは、30年前も同じ話をしていることです。30年前のフリップを出します。

海老原:「現代は先が読めない混迷の時代なんですね。今までのビジネス・リーダーというのは、過去のトレンドをベースにして、将来予測の引き出しがうまい人が成功してきたわけです。この混迷の時代にビジネスを自ら切り開いていくには、過去のトレンドだけでは難しいと思いますね。こういう時代にはトップ自らがビジョンを示して引っ張って行く強力なリーダーシップが必要であって、経営もトップ・ダウンがベースになるだろうと思います。従来の“おみこし経営”や猿山的なボス的なリーダーでは駄目なんですね」と三井物産人事能力開発室長が言っています。

 それに対して「過去の成長性が高かった時代には、放っておいても日が当たって、外の風に吹かれて、自然に人材が育ったんです。でも、もはやそういうことはあり得ない。これからはリーダー候補を見つけてきてリーダーを育成する人事システムが必要になってくるのではないでしょうか」という発言がソニー人事課長です。

そのあと「早い段階でいかにビジネス・リーダーの資質のある人を発掘していくか、ここがポイントになる」と言っているのが本田技研の人事部主査の方。エクセレントカンパニーが全部同じことを言っています。これが25年前の話です。そのままコピペしても通用します。

倉重:25年前とは思えません。今、新聞に出しても通用しますね。

海老原:企業の顔ぶれもまったく今と一緒です。つまり25年まったく変わらなかったということなのです。さらにこれを見てみましょう。

海老原:もう少し古い時代ですが、一番上から紹介します。「労務管理制度も年功序列的な制度から職能に応じた労務管理制度へと進化していくであろう。それは年功序列制度がややもすると若くして能力のある者の不満意識を生み出す面があるとともに、大過なく企業に勤めれば俸給も上昇してゆくことから創意に欠ける労働力を生み出す面がある。労務管理体制の変化は、賃金、雇用の企業別封鎖性を超えて、同一労働同一賃金原則の浸透、労働移動の円滑化をもたらし、労働組合の組織も産業別あるは地域別のものとなる一つの条件が生まれてくるであろう」と書かれています。これなど、まさに「ジョブ型」論争そのものでしょう。

倉重:これはバブル崩壊頃の時代ですか。

海老原:いえいえ、これは全部1960年代に発表されています。

1962年の労務管理学での論文では「近年、わが国においても、労務管理に関する議論がなかなか盛んである。年功給から職能給への移行、終身雇用的労働慣行の打破と雇用における流動性の賦与等々、一般に、このような諸問題が問題として取り上げられ議論されているのは年功賃金制が一方では技術革新の進展過程で運営上の困難に突き当たり、他方では終身雇用と定期昇給制のもとで年々平均賃金が、したがって賃金総額が増大し、いまや年功賃金体制が企業にとって負担と感ぜられるに至った」とあります。

 その後も見てください。「雇用と賃金が景気の波動と産業構造の変化にもっと弾力的に適応し得るようなものにしなければならない。ところが、日本の終身雇用制や年功序列……」とありますね。言っていることは、最初のフリップで見せた、経団連会長や豊田社長の話と全く変わりませんね。

 倉重さん、一番上のものは有名な文章なのです。まともな偏差値の人は全員知っている文章なのですが、何だと思いますか。

倉重:何だろう。

海老原:これは驚きますよ、1960年池田勇人の「所得倍増計画」です。

倉重:えぇ!そんなに昔から同じこと言ってるんですか?

海老原:みんな1960年代です。どう思いますか。1960年代から言っていることはまったく変わっていません。

倉重:はい、60年間何も問題点が変わっていません。

海老原:なぜかと言うと、60年間まともに雇用というものを考えてこなかったからです。日本は人事管理のバックボーンが弱すぎます。

■そこがヘンだよ、日本のジョブ型

海老原:「そこがヘンだよ、日本のJOB型」というフリップを見ていきたいと思います。今みんなが言っている日本型というのは、新卒一括採用で終身雇用、年功序列、ジェネラリスト制度ということです。これに対してジョブ型というのは、随時採用で随時離職、実力登用されるスペシャリスト型という話です。

海老原:ここ1、2年の話ですけれども、すでに超大手の2割、19.8%はジョブ型を「導入している」と答えています。28.3%は「以前は取り入れていたが、ジョブ型は廃止した」とあります。合わせると5割がジョブ型を導入したということです。

海老原:続いて、ジョブ型雇用の中身について調べた調査です。ジョブ型とは何を変えることかと聞きますと、「ジョブ・ディスクリプションをしっかり作ること」「組織ミッションや職責レベルに合わせて人材グレードを管理すること」「職種ごとに採用する/専門職のキャリアを用意すること」と答えています。

海老原:ここ60年間してきた日本型雇用の変革というのはこの4点セットです。ジョブ・ディスクリプションを作るという話、ミッショグレードを作るという話、職種別採用をして職種別コースを作るという話、それに成果評価の4つ。

海老原:60年間してもうまくいかなかったのに、いまだにこれを言っています。労働経済の人、労働法の人もバカじゃないのかと思います。相も変わらずこの4つを、研究者まで。

倉重:全く今と同じではないですか。

海老原:欧米の本質は、こんなところにはありません。私は倉重さんのように明日をつくる労働法の人に知ってほしいのです。

倉重:ぜひお願いします。

海老原: まず、成果評価の話からしましょう。欧米では年収1,000万円未満の人たちの賞与は非常に少ないのです。この図を見ると赤と青のところしかありません。青が9%以下で、赤が10~24%以下です。

倉重:高所得者の割合はかなり少ないということですね。

海老原:基本的な仕組みはどうなっているかと言いますと、欧米のヒラ社員は、ボーナスが固定です。

倉重:定型労働で固定給ということですね。

海老原:ボーナスも固定なのです。ボーナスは「13カ月目の給与」と言いまして、1カ月余計に給与が出るだけなのです。

倉重:その程度のものだということですね。

海老原:それがいわゆる労働協定で決まっています。ヒラ社員に関しては協定で13カ月、もしくは13.5カ月目の給料が固定で出ますよと決まっているだけです。成果は反映されません。成果評価がどうなっているかと言いますと、大体業績と行動の二軸しかないのです。日本のように三軸ではなくて二軸です。しかも「良い」「悪い」「普通」の3段階評価しかしていません。2軸それぞれに「良い」「悪い」「普通」の組み合わせだと3×3で9個しかないのです。9個を5つに分類した5段階評価しかしていません。

海老原:欧米の評価はものすごく「粗い」のです。さらに言いますと、欧米では圧倒的に多くの人が普通で、悪いという人は誰が見ても「悪い」というレベルです。どれぐらい悪い人たちだと思いますか? 日本ではあり得ないぐらい悪いのです。

倉重:下位10%などではないのですか?

海老原:下位20%ぐらいですが、日本人の悪いというのとはレベルが違います。例えばリバプール工場の悪い状況というものを見ますと驚きます。

海老原:「遅刻と欠勤の増加に対して我々は大いに憂慮している。事態はもはや放置できない段階に達している。普通の日で遅刻者は1,600人を下らないし、さらに従業員の10%が何らかの理由で欠勤している」とあります。毎日10%以上が何らかの理由で欠勤しているというのです。「病気および通常のはっきりした理由による欠勤は5%を超えないということは既知に属する」。つまり、まともな理由で欠勤している人は5%もいないということです。残りの5%は無断欠勤なのです。

倉重:連絡もないのですね。

海老原:そうです。「今後は、遅刻の続く者、もしくははっきりした理由もなく欠勤する者に対してはきわめて厳しい措置を取る。月に遅刻6回かはっきりした理由のない欠勤が3回あると出勤ならざるものと見なされ、上級職場委員会から立ち合いの下で口頭による警告が与えられる。それでも同様に繰り返した場合、次の段階になると上級職場委員会から立ち合いの下で警告の文書が手渡される。それでも駄目なら解雇となる。*この処置により5カ月で5.3%の従業員が解雇されている」。悪いというのはこのレベルなのです。

倉重:話にならないくらいひどいです。

海老原:私は向こうのPIPといいまして、クビにする直前に猶予としてぎりぎりで出すような、「これを達成しなければ駄目だ」という最重要目標というのをいくつか見ましたが、ほとんどがこのレベルの話なのです。ですからマスコミや識者が「欧米では業務が明確で評価が分かりやすい」とか「給与が評価相応になっている」ということに疑問符しか持てないのですよ。「えー、たった33しか評価はなくて、そのうち『悪い』というのはもう、誰が見ても悪い、ってレベルしか評価つけてないよ」って。

これ以外の人は全部普通なのです。みんなが見てわかる、飛び抜けて良い人だけ「良い」とつけます。欧米のものはこのレベルです。欧米型に変えるという議論のときに私がいつも話しているのは、「お前たちは欧米型を知っているのか」という話です。

倉重:文化から違います。

海老原:欧米でもこのレベルのことしかしていません。ただ、向こうの場合、査定される側が査定点に同意してサインしない限り、評価は終わらないんです。だから、先ほどのPIPなんかの場面だと、「はい、君、また遅刻したよね。遅刻は週1回って約束だよね」とこんな感じで日常的にエビデンスを積み重ねることはやってますね。

■なぜまともなジョブ・ディスクリプションがないのか

海老原:次に、まともなジョブ・ディスクリプションなんてないということについて話します。私たちは転職エージェントで何百枚、何千枚と外資のジョブ・ディスクリプションを見ているのです。ジョブ・ディスクリプションではとてもマッチングなんてできないので、斡旋には一切使っていません。どれだけひどいかというのは、これを見てください。

倉重:随分とざっくりしていますね。

海老原:ひどいのは「関連する事務仕事も担当する」と書いてあることです。これが向こうのジョブ・ディスクリプションなのです。もう少し下の赤いところも見てください。「他の人事や一般管理の仕事も任された場合は行う」とありますよね。

倉重:これなら何でもありですね。

海老原:こんなレベルなのです。なぜ日本に残業があるかという議論で、「ジョブ・ディスクリプションがなくて何でもやらされるから」と言う人がいますが、向こうでも書いているのはこのレベルなのです。

倉重:全然違いますね。

海老原:右側を見てください。左側はアシスタントですが、右側はプロジェクトリーダーです。プロジェクトリーダーの真ん中の赤いところを見てください。「毎日起こりうる現場での問題を解決する」と書いてあるのです。

倉重:これは無限定に等しいですね。

海老原:その上にも、「短い期間で成果を発揮できるようなスケジュールを考案する」とあります。また、Bostikという製品の安全プログラムをプロジェクトの期間中は必ず守るとあります。

倉重:これは責任が書いてあるということですね。

海老原:責任的なものですね(笑)タスクとは本来、「これ以上細かくできない」という単純明快な仕事の最小単位ですよ。それが、上記のような茫洋とした大くくりな表記しかしていません。欧米じゃJDなど死んだも同然なんですね。

倉重:これはとてもわかりやすいです。

(つづく)

対談協力:海老原 嗣生(えびはら つぐお)

厚生労働省労働政策審議会人材開発分科会委員

経済産業研究所 コア研究員、大正大学特任教授、中央大学大学院客員教授

人材・経営誌HRmics編集長、株式会社ニッチモ代表取締役、リクルートキャリア フェロー(特別研究員)

1964年、東京生まれ。 大手メーカを経て、リクルートエイブリック(現リク

ルートエージェント)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。

その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコン

サルティング会社ニッチモを立ち上げる。

「エンゼルバンク」(モーニング連載、テレビ朝日系でドラマ化)の主人公

海老沢康生のモデルでもある。

著作は多数だが、近著は

お祈りメール来た、日本死ね(文春文庫)、経済ってこうなってるんだ教室(プレジデント)、夢のあきらめ方(星海社新書)、AIで仕事がなくなる論のウソ(イーストプレス)、人事の成り立ち(白桃書房)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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