自然と共生する「和」のルネサンスを目指す東大先端研の新しいチャレンジとは
「昆虫はAIでも難しいことをたやすくやってのける」
[ロンドン発]カイコガの脳でロボットを操る研究で有名な神崎亮平教授が所長を務める東京大学先端科学技術研究センターがこのほど、世界をリードする民間企業9社、アートやデザインの第一線で活躍するプロフェッショナル4人と共同で「先端アートデザイン社会連携研究部門」を設置した。
参加する企業は資生堂、住友商事、ソニー、日本たばこ産業、マツダ、ヤマハ、ヤマハ発動機、リクルート、BLBG(ブリティッシュ・ラグジュアリーブランド・グループ)。
昨年来の新型コロナウイルス・パンデミックにより世界中で270万人が亡くなった。情報伝達と移動の革新によるグローバリゼーションが環境を破壊し、野生動物に由来する新興感染症を爆発させた。勝者総取りの政治・経済システムは社会を分断させ、世界は「西洋」というシステムの限界を目の当たりにしている。
「自然主義」という新たな概念を掲げる神崎氏はこれまで「昆虫はAI(人工知能)でも難しいことをたやすくやってのける」と語ってきた。カイコガのオスは離れていてもメスの性フェロモンに反応する。神崎氏はこうした能力を利用して、センサーやロボットを開発してきた実績がある。
昆虫の脳は針の先ほどの大きさしかないのだが、自然に適応する方法を生まれた時から備えている。これに対してAIは大量のデータを入力してやらなければならないのに、その能力は昆虫の足元にも及ばない。
「人はもっと自然と一体化したい感性がある」
世界はいま、AI開発競争にしのぎを削る。しかし、AIをはるかに上回る昆虫の能力を知る神崎氏は自然から物事を切り離して比較分析する「西洋思想」より森羅万象をそのまま受け入れる「東洋思想」に注目する。
「科学技術だけでいろんな問題を解決していく方向だけでいいのか。人はもっと自然と一体化したい感性であるとか、心とかそういう世界も当然ある。それが両輪となって初めて本当の人としての意味がある。人中心で自然は成り立っていない。やはり自然の中にわれわれも含まれているという自然を中心に考えるべき時代になったのではないか」と神崎氏は問いかける。
東大先端研は1987年の設立から文理融合の学際的研究拠点として発展してきた。しかし神崎氏はさらにその先を目指す。「自然と共生する世界や心の問題を高野山と議論して形にしたい」として高野町、高野山真言宗総本山金剛峯寺、高野山大学と協定を結んだ。
人手の足りない仕事を見つけて、その仕事が得意な障害者とマッチングさせる仕組みを普及させようと、神戸市と連携協定を結んでいる。風力発電、バリアフリーのまちづくり、地域ブランドの構築、人口減対策、人材育成のため自治体との連携も広げる。
今回、神崎氏は裾野をアートやデザイン、デザインエンジニアリング、企業に広げた。「これまでの世界はかなり偏った考え方で展開してきた。それに対してアテナイの学堂のように哲学的なことを含めて議論する場をつくることがすごく重要だと考えた」と意義を語る。
西洋はペストのような感染症、戦争、飢饉に苦しみ「暗黒時代」に苦しんだ歴史を持つ。暴力、不寛容、迷信からの解放と思想の自由を求めてルネサンスが始まった。火薬や羅針盤、活版印刷が発明され、やがて産業革命につながっていく。
しかし人類は帝国主義と2つの世界大戦を経験し、環境破壊とパンデミック、地球温暖化という難題に直面している。
アートとデザイン、デザインエンジニアリングの融合
神崎氏はそのアンチテーゼとして、人間中心の独善に陥らない「自然主義」、格差や分断ではなく「和(包摂)」、「競争」より「共生」、持続可能な社会の実現を掲げる。今回「先端アートデザイン社会連携研究部門」に参加したプロフェッショナルは次の4人だ。
【デザインラボ】
20年以上にわたってイタリア・ミラノを拠点に国際的に活躍するデザイナーで、ミラノ工科大学などで教鞭をとる伊藤節氏と伊藤志信氏。「アテナイ、ローマ、ルネサンス、産業革命、バウハウス、ポストモダン、IT革命の西洋デザインの流れの中で今、和の思想のデザインが重要になってきている。われわれ日本人の原点を見つめ直す良い機会にもなる」(伊藤節氏)。
「もう和のルネサンスは始まっている。それをどう見せていくか、育てていくかだろう」(伊藤志信氏)。
【アートラボ】
東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターでバイオリニストの近藤薫氏。「音楽の世界では太古から東洋西洋のアカルチュレーション(筆者注:異文化集団間の持続的な接触により、それぞれの集団の文化に変化をもたらすこと)があったが、特に120~130年前から西洋音楽の作曲家たちが東洋思想、日本に興味を持つようになった。芸術は西洋と東洋の境目を融和させている」
【デザインエンジニアリングラボ】
デザイン、制御工学、ロボティクスからアートまで境界のない表現活動を展開する異色のクリエーターで、ロンドンを拠点に活躍してきたTANGENT創業者、吉本英樹氏。「少し遠い先の未来を見据えながら異なる視点を持ったたくさんの人が議論していくことで、西洋とは異なるユニークな考え方が生まれてくることを期待している」
神崎氏は「科学技術には素晴らしい恩恵がある。しかし社会の仕組みがこれまでと違った方向に展開している今、自然環境やそこで培われた感性に立ち戻り、人本来の視座から感性を介して科学技術を見直し、持続的な包摂社会の創造のための日本オリジナルな科学技術を世界に発信していくことが重要だ」と語っている。
(おわり)