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「女性は月経時に嘘をつく」「殺人・放火も月経時」…… 生理にまつわる偏見の歴史

小川たまかライター
『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(田中ひかる/平凡社)

「女は生理のときは異常」と言った政治家

 PMS(月経前症候群)や「生理の貧困」がメディアで頻繁に取り上げられるようになるなど、一昔前と比べて「生理(月経)」にまつわる話をしやすくなった雰囲気があるように感じる。

 一方で、生理があるから女性は男性に比べて能力が低いというような偏見は、いまだにうっすらと残り続けている。1989年に、雑誌の対談の中で舛添要一元都知事が「僕は本質的に女性は政治に向かないと思う」「女は生理の時はノーマルじゃない。異常です」などと語っていたことは有名だ。

 女性だけに起こる生理は、タブー視されたり、あるいは不浄なものとして忌み嫌われたりしてきた。海外では今も、生理中の女性が隔離小屋で寝食を行わなければならない習慣がある国があるし、日本にもある「女人禁制」の文化は、もともと出産や月経のある女性を不浄と見なしたためという説もある。

 また、男性が経験することのない生理現象であることから、男性中心社会の中で交わされた生理と女性を巡る言説はときとして非常にいい加減で、偏見に満ちていた。学者の論文や警察の捜査、司法における文章の中でさえそうだったのだ。

 このことがよくわかるのが、『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(田中ひかる)だ。2006年に出版され、昨年12月に平凡社から復刊された。

『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(田中ひかる/平凡社)
『月経と犯罪 “生理”はどう語られてきたか』(田中ひかる/平凡社)

 同書の中で紹介されているのは、たとえば次のような内容だ。

 一九七四(昭和四九)年三月、兵庫県西宮市の知的障害児施設「甲山学園」で、浄化槽から園児二人の遺体が発見された際、学園職員のなかでアリバイがはっきりしなかったのが、保育士のSさん(当時二二歳)だった。警察は、「女は、生理の時、カッとして頭にきて何をするかわからへん」という考えから、女性職員全員の月経日を調べ、事件の日に月経が始まったSさんへの嫌疑を深めた。

 逮捕されたSさんは、過酷な取り調べによって自供してしまう。支援者らとともに無実を叫び続け、無罪判決が下されたのは、事件から二五年後のことだった。

 現代の視点で月経を考える上でも、一体どのような偏見が続いてきたかを知っておくことには意味があるはずだ。著者で歴史社会学者の田中ひかるさんに話を聞いた。

専門書の中にも

「殺人、放火も月経時に関連」

ーー甲山事件については「とはいえ70年代のことだし」と思う人もいるかもしれないですが、『月経と犯罪』によれば、2003(平成15)年に出版された刑事政策の専門書にも「殺人、放火、万引、誣告などの激情による犯罪も、月経時に関連する」という見解が示されていたとのことで、唖然としました。(※誣告(ぶこく)…事実を偽って告げること)

田中ひかるさん(以下、敬称略):驚きますよね。月経時には放火や万引きが多くなるとまことしやかに語られていましたし、放火についてはずっと「女性の犯罪」と言われていました。放火犯の検挙数で女性の方が多かったことは過去に一度もないのですが、放火は女性的な犯罪だから、男が放火した場合その男は「女性的な小心さ」を持つ性格だとさえ論じられていました。

ーー2004年には谷垣禎一財務大臣(当時)が「(放火は)もちろん男もあるが、どちらかというと女の犯罪」と発言して批判されていますが、政治家が公の場でこう発言してしまうほど、認識が広まっていた。

田中:「八百屋お七」のイメージが強いこともあるかもしれませんが、日本の犯罪研究にも影響を与えたロンブローゾが著書の中で女性の放火を取り上げていたことも大きいのだと思います。

チェーザレ・ロンブローゾ(1835年〜1909年)は「実証主義犯罪学の祖」として知られています。けれど今読むと首を傾げざるを得ない論も多く、たとえば『女性犯罪者ーー売春婦と一般の女性』(1893年)の中では、女性全般の傾向について生来的に嫉妬深く同性同士で憎み合うとか、月経時には虚言が増えるなどと書いています。他にも、売春婦は生まれながらの犯罪者だとか。このような女性観は、日本の犯罪学者の中にも根強く受け継がれていったと思います。

「女性特有の陰湿さ」が

繰り返し語られてきた歴史

ーー日本の司法関係者たちも、繰り返し女性は生来陰湿だとか嘘をつくとか平気で言っているのに驚きました。

田中:連合赤軍の永田洋子の判決文(1971年)が典型ですよね。「被告人永田は、自己顕示欲が旺盛で(略)、これに女性特有の執拗さ、底意地の悪さ、冷酷な加虐趣味が加わり」なんて書いてある。裁判官も、そのような認識だったのです。

ーー何かにつけて「女性特有」とか、女性だけの特徴のように論じられていることが多いのですが、逆に「男性特有」と言われるものはあったのでしょうか。

田中:それはあまりないです。基準となる男性像があって、そこから外れるマイノリティとして女性はこうである、知的障害者はこうであると主に男性側から語られました。女性側からはほとんど発信できない時代が長かったですから。特に生理のような問題は。

つい最近まで、犯罪を犯したときに生理であると言えば免罪されることもありました。正常ではない精神状態だからということです。免罪を狙って「生理だった」と供述した女性もいたことが、過去に行われた調査から明らかです。こうしてさらに「生理時の犯罪は多い」ことになっていったのではないかと思います。

生理の語られ方を解明しないと

女性差別は語れないと思った

ーー田中さんが本書を執筆しようと思ったきっかけを教えてください。

田中:月経に関する資料を見て、こんなに資料があるのに、なんでこれまであまり触れられていないんだろうと不思議に思ったのです。生理は長い間、穢れ(けがれ)とされてきて、近代に西洋医学が入ってきたら、今度はホルモンの影響による精神変調があると言われます。女性が社会進出できなかった理由の一つは生理にあるなと。ここを解明しないと女性差別は語れないと思いました。

ーーなるほど。

田中:さらに、女性は産める時期しか存在価値がないと言われたり、生理があるから人の命を預かるような仕事はできないと言われたりもしますよね。

ーー人の命を預かるような仕事はできないならなぜ育児が女性の仕事とされてきたのかって思ってしまいますね。

田中:理不尽なことや差別的なことを言われたときに「これ読んでください」って渡せる本があったら便利だなというのが、私の執筆動機の一つです。『月経と犯罪』は、ある男性から「なんだかんだ言って女の方が残酷ですよね」と言われたのが執筆のきっかけとなりました。

2011年には『「オバサン」はなぜ嫌われるか』という本を出したのですが、これは20代後半の頃に職場で「女の歳は男の10歳増しだからね」と言われたことがきっかけでした。

『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(田中ひかる/集英社新書)
『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(田中ひかる/集英社新書)

ーー『「オバサン」は〜』の中では、男女の定年年齢に差があった1970年代当時に「女子は五〇歳から五五歳までの間において生理的機能が著しく低下し、五五歳の女子の機能は七〇歳以上の男子のそれにほぼ等しいものとされていることが認められる」と書いた判決文があったことが紹介されていますね……。

田中:そうですね。しかも今見るとその根拠となる調査はこじつけのような、まったく参考にならない程度のもので。けれど歳を取ったら女性はもう終わっているというような考え方が疑われずに女子教育の中でさえ繰り返されてきた過去があります。

ーー「女性というにはお歳」という発言がつい最近も。

田中:ちなみに『「オバサン」はなぜ嫌われるのか』は、女性に対する年齢差別について書いた本なのですが、この書名は女性からは嫌がられ、男性からは「オバサンをバッシングする本かと思ったのに違うじゃないか」とクレームが(笑)。

この10年間で変わったこと

ーーどのような差別でもそうですが、差別を受ける側は問題提起し、差別解消していくことに時間や労力を割かれます。それが本当にハンデだなと思っていて。

田中:そのとおりですね。でも、2000年代のバックラッシュのあと、この10年間で良い方向へ変わってきたと思いますよ。

ーーこの10年でどんなところが変わったと思いますか?

田中:今まで問題視されてこなかったことが問題視されるようになった。これは、メディアに女性が増えたというのが大きいですよね。たとえば、メディアが生理について取り上げる回数は2000年代よりもかなり増えているという印象があります。

ーー余談ですが、有名人の結婚報道で「なお、〇〇は妊娠していない」っていう一文が不要・不快だってよく言われますけど、先日2000年代前半の報道を見ていたら「〇〇さんは退職し子作りに励む予定という」って書いてあって、うわあ……と思いました。当時よりはマシかもしれないなと。

田中:もっと昔だと、女性が舞台やっているときに妊娠すると「迷惑をかけちゃいけない」って中絶したりしてましたからね。

個人の責任にされてきた困難を

社会的に解決していく

ーー生理について以前よりかなりメディアでも語られるようになった今の状況について思うところを教えてください。

田中:ナプキンがなかった時代、それが理由で女性が外へ働きに出られないということがありました。それでなくても妊娠出産で仕事を続けづらいという、女性の体に生まれたことによる困難というのは確実にあります。それは経済格差にも結びつきますが、個人的な問題とされてきました。

ーー各個人の工夫と頑張りで乗り切りましょう、というような。

田中:そうです。でも、生理用品や避妊の選択肢が日本では限られていることや生理の貧困の問題などについて、当事者たちが声を上げ、メディアも取り上げるようになりました。生理、妊娠、出産周りの問題を放置することは、社会全体の不利益でもあるという認識も生まれました。

こうした問題を社会的に解決していこうという最近の動きに、目を見張る思いです。これが一時的なブームで終わらないように、丁寧に発信し、解決策を探っていくことが大事だと思います。

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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