「変形労働時間」で教員不足がますます悪化? 私立学校から見える最悪の「結果」
近年、教員の過酷な労働環境は広く社会へ認知されてきている。教員の労働環境の悪さは教職志望者の減少や早期離職者を増加させ、教員不足に拍車をかけている。最近では、授業自体が成り立たない学校も出てくるなど、社会全体の教育の質をも下げる問題へも発展している。
参考:【速報】教員採用試験の倍率 過去最低の3.4倍 なり手不足で「質の高い教員確保」に懸念(テレ朝ニュース、12月25日)
国もそのような状況の改善のため「教員の働き方改革」を打ち出し、残業時間の上限に関するガイドラインを策定するとともに、2019年には教育現場への「変形労働時間制」導入を進めている。しかし、現場教員や世論から多くの批判が寄せられ、公立学校には変形労働時間制の導入は実際には進んでいない。
その一方で、変形労働時間制が先行的に広がっているのは私立学校だ。そこでは、働い方改革が進むどころか、長時間労働や残業代不払いが拡大するという、「逆効果」も見られているという。
本記事では、私立学校で変形労働時間制が導入されたことの影響を分析することで、今後の教員の働き方改善の方策を考えていきたい。
教員の過重労働の実態と変形労働時間制導入の経緯
文科省が2016年に実施した勤務実態調査では、中学校教員の約6割、小学校教員の約3割が「過労死ライン」を超えて働いていることが明らかとなり、社会に大きな衝撃を与えた。過労死ラインとは厚労省の労災認定基準であり、月80時間以上の残業をした場合には業務との因果関係が認められ労災認定がなされるものだ。
過労死ラインを超えた残業をしているということは、「いつ亡くなってもおかしくない状況」を指すわけだが、その「過労死越え」の割合が中学校教員では半数を超えているということになる。教員たちがいかに異常な長時間労働をしているかがわかるだろう。
このような状況の改善のために、2019年1月25日、中央教育審議会は「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」という答申を発表し、文科省に対して教員の労働環境改善を求めた。
同日、文部科学省も「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を発表している。上限ガイドラインにおいては、残業時間の上限を1か月で45時間、1年間で360時間とすることを目安とした。ただし、上限を超えても罰則はない。
そして、夏休みなどの長期休業期間において、「学校における働き方改革を推進するための総合的な方策の一環として」、「夏休み中の休日のまとめ取りのように集中して休日を確保すること等が可能となるよう」にすることを目標に設定し、「1年間の変形労働時間制」の導入を可能とする法改正も行った。これによって、各地方公共団体の条例等により、学校現場へ変形労働時間制が導入可能となった。
看板倒れの変形労働時間制の導入
では、変形労働時間制とはどのような制度なのだろうか。労働基準法では原則として、1日8時間や週40時間の法定労働時間を超えた労働について、法定の時間外労働として扱われ、割増分の残業代を払わなければならない。
変形労働時間制はこの「労働時間規制」を緩和する。同制度では、あらかじめ一定期間(1週単位、1ヶ月単位、1年単位のパターンがある)において、「平均」した1週間あたりの所定労働時間を調整し、本来の週の法定労働時間である40時間以内に収めさえすれば、1日や1週間ごとの所定労働時間については、時間外労働の規制を逃れて設定することができることになる。
教員への1年単位の変形労働時間制の導入は、公立校教員の定時(1日7時間45分)の原則を崩して、夏休みなどの長期休業期間を「閑散期」とみなし休日を増やし、その分を学期中の「繁忙期」にスライドさせて調整するというものだ。
参考:「公立学校の教育職員における「休日のまとめ取り」のための1年単位の変形労働時間制~導入の手引き~」(文科省)
元々、現行の変形労働時間制は、総労働時間の短縮を図ることを目的とした制度として、1988年の労働基準法改正で導入されている。そのため、変形労働時間制のもとでは本来、恒常的な時間外労働を行うことを予定されていない。
しかし、既に教育研究者の内田良氏なども指摘しているように、教員たちは8月の長期休業中もほとんど休めておらず、恒常的な時間外労働をしていることが明らかとなっていた。そのため、変形労働時間制の導入は、教員の過重労働改善にはつながらないという多くの批判が教員等から寄せられることとなった。
参考:教員の働き方 新制度に強い反発 8月は休めるか? データなき改革の行方を探る(内田良)
結局、2023年8月の時点で、条例を整備して変形労働時間制を導入している地方公共団体は全国で2割にも満たないことがわかっている。「働き方改革」を謳ってスタートした変形労働時間制の導入は、看板倒れの状況と言わざるを得ないだろう。
参考:変形労働時間制の導入機運高まらず 条例整備17.9%どまり(教育新聞)
変形労働時間制で広がる労働問題
変形労働時間制度については、教員以外の業務においても、労働問題が噴出している。 最近では、民間企業でもヤマト運輸が変形労働時間制を廃止したり、マクドナルドが裁判所から変形労働時間制の運用が違法であると判断され未払い賃金の支払いを命じられる事件も報じられている。
参考:ヤマト運輸が廃止 マクドナルドも敗訴 「変形」労働時間は規制の「抜け穴」?
そもそも、変形労働時間制の下では、変形1日8時間を超えて働いても残業代割増分が支払われなくなるため、収入が減少したり、長時間労働のシフトが短期間に集中することで、健康や生活に支障をきたしたしやすい。
また、変形労働時間制は仕組みが非常に複雑であり、労働者からは全体像を把握しづらいことから、賃金未払いが横行していたり、変形労働時間制が適用される条件が成立していなかったりと、使用者がこの制度を違法に運用しているケースも少なくない。これらの結果、変形労働時間制がむしろ長時間残業を促進する結果となっている職場も多い。
先行して広がる私立学校で起こっていること
以上のような労働問題の広がりもあり、世論の懸念から変形労働時間制は公立学校にはほとんど広がっていない。ところが、実は、これが私立学校では拡大しているのだ。
少し古いが、2013年から2014年に公益社団法人私学経営研究会が行った調査によれば、「一年単位の変形労働時間制を導入している」私立中学校・高校の割合は既に 32.5%(教員) と3校に1校ほどにも及んでいる。公立学校よりもはるかに高い数値である。
また、同調査では、労基署から6,0%が変形労働時間制に関する指導も受けていることがわかっている。そこまで高い数値ではないとはいえ、違法な運用がなされている学校の存在も窺い知れる。
実際に、私立小学校・中学校・高校の教員の労働環境改善に取り組む個人加盟型労働組合「私学教員ユニオン」へは、変形労働時間制導入によって労働環境が変わらないどころか、むしろ悪化したという相談がいくつも寄せられているという。事例をいくつか紹介しよう。
①事例
変形労働時間制が導入されている職場で働いているが、夏休みなどに部活の大会の予定によって流動的に休日出勤がある。振替休日を取るよう学校からは言われているが、振替休日分取ろうとしても実際には取れない。週6出勤をした上に、日曜出勤もある。振替休日取れない代わりに、特別手当が出ると言われたが、実際には払われたことはない。
変形労働時間制では、厳格に年間のスケジュールを確定させ運用する必要があるが、部活の大会などにより、フレキシブルに休日出勤が生じ、長時間労働に陥っている。また、その分の残業代も払われていない事例である。この事例からは、教員に対し、変形労働時間を適法に導入することがそもそも困難であることがうかがえる。
②事例
5年ほど前から変形労働時間制導入と同時に、タイムカードがなくなった。自分で勤務表を付けるが、残業や休日出勤の記録を管理職が改ざんしてなかったことにされる。残業代も払われない。
この事例では、変形労働時間制を導入することをきっかけにかえって労働時間管理をしなくなり、残業代不払いも生じてしまっている。時間管理制度が複雑になることで、かえって無法状態を問題化しにくくなる。これはすでにみた民間の典型的な労働問題である。
以上のように、変形労働時間制によって、労働時間の短縮はできておらず、むしろ悪化している私立学校のケースもみられているのだ。政府が導入を推奨する制度によって、むしろ状況が悪化しているという点で、これは政策としては「最悪」の結果であるといえよう。
おわりに:政府は政策の転換を、教員は権利の行使を
政府は現在も変形労働時間制度の導入が教員の「働き方改革」の切り札だと考えているようだが、まったく現実が見えていないと言わざるを得ないだろう。結局、「夏休みに休みが取れている」という建前から、ますます不払いの長時間労働が増加する可能性が高い。そのうえ、私立学校や民間企業では違法、あるいは脱法的な労務管理を広げる要因にもなってしまっている。
変形労働時間を推進しようとしても、実際の業務量を減らさない限り残業は減らない。結局、教員不足は解消するどころか悪化してしまうだろう。
今後の教員の働き方改革の方向性を検討していく上でも、民間の労働法が適用されている私立学校での変形労働時間制の不適切な運用実態を改善したり、問題提起していくことは重要だ。ぜひ、変形労働時間制の下で働き長時間労働や残業代不払いを抱えている方は、ぜひ自らの権利を行使し、一石を投じてほしい。
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