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ヤマト運輸が廃止 マクドナルドも敗訴 「変形」労働時間は規制の「抜け穴」?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです(写真:アフロ)

大企業で相次ぐ、変形労働時間制の無効判決や廃止

 物流大手のヤマト運輸が「変形労働時間制」の適用の違法性をめぐり労働者から訴えられていた訴訟について、今年7月に大阪高裁で和解が成立した。この訴訟は2019年5月に、同社で20年以上勤務してきた配送ドライバーAさんによって提訴され、4年かけて争われてきた。Aさんは個人で入れる労働組合「総合サポートユニオン」の組合員として、同社に改善を求める団体交渉も続けてきた。

 変形労働時間制は一般的に、業務の繁忙期や閑散期などに応じて、柔軟に労働時間の長さを決めることができる制度として知られている。繁忙期は労働時間が伸びる一方で、業務量が少ない時期はシフトが短時間になったり、週休3日になったりすることもある。そのため、労働者にとっても、メリハリをもって仕事ができる「メリット」のある制度だと推奨されることが増えている。最近では長時間残業が社会問題となっている教員への適用が政治の焦点ともなったように、同制度は「働き方改革」の切り札のように扱われることもある。

 しかし、変形労働時間制が労働者にもたらす悪影響は無視できない。1日8時間を超えて働いても残業代割増分が支払われなくなるため、収入が減少したり、長時間労働のシフトが短期間に集中することで、健康や生活に支障をきたしたりなどの問題が代表的だ。

 また、変形労働時間制は仕組みが非常に複雑であり、労働者からは全体像を把握しづらいことから、賃金未払いが横行していたり、変形労働時間制が適用される条件が成立していなかったりと、経営者がこの制度を違法に運用しているケースも少なくない。これらの結果、変形労働時間制がむしろ長時間残業を促進する結果となっている職場も多い。

 そんな中、変形労働時間制の適用に疑問が突きつけられる出来事が相次いでいる。飲食大手のマクドナルドでは、昨年10月に名古屋地裁、今年6月には名古屋高裁で、変形労働時間制の適用が違法であり無効とされる判決が出たのだ。さらにヤマト運輸は、今回の控訴審が争われている最中の2023年4月から、全国の事業所で変形労働時間制を一斉に廃止してしまった。訴訟を受けての対応と見るのが自然だろう。

 では、変形労働時間制はどのようなときに違法になるのだろうか。労働現場ではどのように違法な運用が横行しているのだろうか。本記事では、ヤマト運輸の事件を概観しながら、変形労働時間制の問題点について説明していきたい。

1日13時間勤務が月の半数以上? ドライバーの過酷な実態

 今回の訴訟の原告であるAさんは、変形労働時間制のもと、ヤマト運輸でどのような働き方をしていたのだろうか。総合サポートユニオンの証言と、原告側の控訴理由書を参考に、Aさんが総合サポートユニオンに加入する直前の2016年から2017年ごろの典型的な働き方を振り返ってみよう。

 配送ドライバーのAさんは当時、午前6時半ごろから7時までには営業所に出社し、早朝から配送前の作業を行うことが常態化していた。特に時間がかかるのが荷物の仕分け作業で、1時間から1時間半はかかった。さらに積込み作業、点呼を終え、午前8時から8時半には営業所を出発して配送に向かう。なお、配送前の早出残業分の残業代は払われていなかったという。

 昼の休憩も取れていなかった。2017年6月、ヤマト運輸では休憩の根本的な障害となっていた正午~午後2時の配達時間指定を廃止したが、結局は指定時間に配達できなかった荷物や、時間指定のない荷物の配達を昼に行わざるを得ず、センターに戻っての積み込み作業をすることもあり、基本的に昼食抜きで働き通しだった。

 退勤時間も遅かった。ヤマト運輸では1ヶ月単位の変更労働時間制を適用しており、あらかじめ配布されているシフトの時点で、出勤7時半・退勤21時半、遅いときは退勤22時など、長時間労働の就業時間が頻繁に定められていた。その一方で、変形労働時間制の要件を満たすため、出勤7時半・退勤16時などの短い労働時間の日が組まれるときもあったのだが、結局は1ヶ月の半分以上で1日13時間労働シフトが組まれる月が珍しくなかった。

 さらには、シフトより長く働く日も多かった。特に、夜間配達指定が20〜21時まで可能だった2017年6月までは、指定時間に間に合わないと21時以降の配達となり、実際の退勤時間が22時以降にずれ込むことも多く、23時を超える日もあった。シフトの退勤時間が夕方までの日に残業が続く日もあった。こうして、繁忙期は月の時間外労働が80時間を超えていた。

 このような過酷な労働環境の改善を求めるため、Aさんは総合サポートユニオンに加入して、2017年8月に団体交渉を申し入れ、東京の本社前などでの街頭宣伝を交えながら、昼休憩の取得など、さまざまな条件を改善させている。

 その中でAさんは、変形労働時間制の適用が労働環境を改善するための障壁になっていると考え、その杜撰な運用について会社を追及した。しかし、ヤマト運輸側は譲ろうとせず、Aさんは総合サポートユニオンの支援を受けながら、訴訟に踏み切ることとなった。

 なお、こうしたAさんの争議や訴訟の経緯については、総合サポートユニオンがインタビュー映像を制作・公開している。

変形労働時間制は、労働時間を短縮する目的の制度

 次に、変形労働時間制とはどのような制度なのかを改めて説明していこう。労働基準法では原則として、1日8時間や週40時間の法定労働時間を超えた労働について、法定の時間外労働として扱われ、割増分の残業代を払わなければならない。ところが変形労働時間制は、あらかじめ一定期間(1週単位、1ヶ月単位、1年単位のパターンがある)において、「平均」した1週間あたりの所定労働時間を調整し、本来の週の法定労働時間である40時間以内に収めさえすれば、1日や1週間ごとの所定労働時間については、時間外労働の規制を逃れて設定することができるという制度である。

出典:大阪労働局
出典:大阪労働局

 所定労働時間を週平均40時間以内に収めるという条件は、言い換えれば一定期間における所定労働時間の「合計」に「上限」(週40時間×対象期間の日数÷7日で計算できる)を課すことを指す。「1ヶ月単位」の変形労働時間制の場合(図参照)では、1ヶ月の所定労働時間の合計を177時間8分(31日間の月)や171時間25分(30日間の月)などに抑えれば良い。「1年単位」の変形労働時間制の場合なら、1年間の所定労働時間の合計について、2085時間42分(365日の年)以内にすれば良いということになる。

 例えば、1ヶ月単位の変形労働時間制を採用している会社が、8月のある1日の所定労働時間を1日10時間にするとしよう。他の日の所定労働時間を6時間にしたり、週の出勤日数を4日間にしたりなどの調整をあらかじめ行い、その月の所定労働時間の合計を177時間8分までに抑えていれば、1日8時間を超えて働いた2時間分は残業として扱われず、割増分の残業代を払わなくてよいのだ。

 なぜ、このような制度があるのだろうか。現行の変形労働時間制は、総労働時間の短縮を図ることを目的とした制度として、1988年の労働基準法改正で導入されている。

旧労働省の通達(昭和63年1月1日基発1号)

「変形労働時間制は…(略)…労使が労働時間の短縮を自ら工夫しつつ進めていくことが容易になるような柔軟な枠組みを設けることにより…(中略)…年間休日日数の増加、業務の繁閑に応じた労働時間の配分等を行うことによって労働時間を短縮することを目的とするものである」

 上記の目的のため、変形労働時間制のもとでは本来、恒常的な時間外労働を行うことを予定されていない。1993年に1年単位の変形労働時間制が創設された際、通達では「あらかじめ業務の繁閑を見込んで、それに合わせて労働時間を配分するものであるので、突発的なものを除き、恒常的な時間外労働はないことを前提とした制度であること」(平成6年1月4日基発1号)と明言されている。

 このように変形労働時間制は、あくまで労働時間短縮や時間外労働の抑制のために、時間外労働の規制を柔軟にする制度だったのだ。

国内の労働者の「過半数」が、変形労働時間制を適用されている

 35年の間に、変形労働時間制を適用する企業は極めて多くなった。2022年の厚生労働省の就労条件総合調査によれば、日本国内の企業のうち64.0%(2021年は59.6%)が変形労働時間制を採用しており、適用を受けている労働者の割合も52.1%に及んでいる(ただし、いずれもフレックスタイム制度を含む)。

 じつに日本の労働者の半分以上が、変形労働時間制度で働いているのだ。特に適用労働者の割合で多いのは1ヶ月単位の変形労働時間制で、全労働者の22.7%に上る。「みなし労働時間制」(事業場外みなし労働制や裁量労働制)を適用されている労働者の割合は全体の7.9%であることと比べても、変形労働時間制の浸透ぶりは目を見張るものがある。それほどに企業にとって魅力的な制度であるといえよう。

 しかし残念ながら、Aさんのヤマト運輸の営業所がそうであったように、労働時間を短くすることを目的に据え、恒常的な残業をなくすようにこの制度を使っている企業が多いとは考えづらい。むしろ、1日あたりの長時間労働があっても、残業代割増分を払わなくて良いため、労働者に支払う残業代を「節約」しながら、長時間労働を行わせることを目的としている企業が多いのではないだろうか。

残業時間込みのシフトで、月177時間を超えていたら「違法」?

 さて、以上を踏まえて訴訟の中身に入っていこう。ヤマト運輸の変形労働時間制の運用において、どのような点で違法性が争われたのだろうか。大きく二つの争点がある。

 一つ目は、労働時間の総枠、つまり上限を超えてシフトが作成されていたという問題だ。

 変形労働時間制にあたっては、労使協定や就業規則などにおいて、変形期間中の全ての日の始業時間・終業時間を特定し、その「労働時間」の合計が前述した変形期間の上限(週平均40時間から計算される)にとどまるように定めておくことが労働基準法32条の2で義務づけられている。

 Aさんのヤマト運輸の営業所では、毎月配布される書類で労働者一人一人のシフトが明らかにされている。Aさんの手持ちの2017年8月のシフトを見ると、「労働」時間が「237時間」、「超勤」時間を「74時間」と表記されている。この場合、「所定」労働時間は163時間となり、上限の177.1時間以内に収まっている。しかし、あらかじめ定められた労働時間の合計は、177.1時間をはるかに超えている。このように、Aさんの営業所では上限超えのシフトが一般化していた

 ただし、裁判におけるヤマト運輸側の主張では、変形労働時間制の導入のために、上限を超えないように特定すべき「労働時間」は、あくまで所定労働時間のみを指すと述べられているようだ。しかし、変形労働時間制の目的が労働時間の短縮や恒常的な時間外労働の抑制であることを踏まえれば、上限に収めるよう特定すべき「労働時間」は、あらかじめシフトで定められた労働時間全体(時間外労働を含む)のことであると考える方が自然だと原告側は主張している。

 じつは、今回のヤマト運輸と同様の事例の判決がある。この事件では、時間外労働を含めて労働時間の上限を超えるシフトをあらかじめ定めていた職場において、1ヶ月単位の変形労働時間制の違法性が争われ、使用者側は、所定労働時間は月の労働時間の合計の上限を超えていなかった(つまり、所定労働時間と残業時間が両方掲載されたシフトをあらかじめ作成していた)と反論していた。

 それに対して判決は、変形期間の「労働時間」の合計の上限は、所定労働時間だけでなく、あらかじめ定められた時間外労働を含んで収めるべきものであり、時間外労働を含めて上限を超える場合には、変形労働時間制の適用は認められないとしている(東京地判平成28年1月13日)。

 ヤマト運輸とほとんど同じ論点であり、時間外労働込みのシフトが作成され、労働時間の合計が上限を超えている場合は、変形労働時間制は無効となると明確に示されているのだ。この判決に従えば、ヤマト運輸の変形労働時間制は無効ということになる。

頻繁なシフトの変更は「違法」?

 二点目は、シフトの頻繁な変更という問題だ。

 前述のように、変形労働時間制では、あらかじめ始業時間、終業時間を「特定」することが義務付けられている。

 ところが、Aさんの経験では、頻繁にシフトの勤務日や始業時間、終業時間が変更されており、そのために歯医者の予約を取ることが難しかったり、母が入所している老人ホームに時間通りに訪問できなかったりなどの弊害が生じていた。

 どれくらいの頻度で変更があったのだろうか。ヤマト運輸が裁判で証拠として提出したAさんのシフトは、当時Aさんが実際に会社から受け取ったシフトと、多くの労働時間・勤務日について齟齬があった。つまり、頻繁な始業時間や終業時間、勤務日の変更がヤマト運輸では繰り返されており、同社はその最終的なシフトを裁判に提出したものと考えられる。

 しかも、その齟齬の頻度は1ヶ月に数回と非常に多く、Aさんが当初配布されたシフトとヤマト運輸が裁判で提出したシフトの終業時間に、3ヶ月間ほぼ毎日、齟齬がある時期もあった。このように頻繁な変更があるのであれば、変形期間における労働時間があらかじめ「特定」されていたとは言えず、変形労働時間制の適用の条件を満たしていないことになる。この点においても、ヤマト運輸の変形労働時間制は違法であり、無効となるのではないかというわけだ。

 この問題は、変形労働時間制が無効であることと同時に、労働者の生活スケジュールが徹底的に会社に従属したものとなるということを意味する。変形労働時間制では、仮に適法に運用されたとしても、長時間労働時間のシフトが一時に集中することで心身を壊したり、私生活に悪影響を及ぼしたりという問題が起きうる。そこに追い打ちをかけるように、あらかじめ決めていた休日や始業時間、終業時間が頻繁に変更されるようでは、労働者は常に会社の都合を最優先にするよう身構えざるを得なくなり、それ以外の都合を全て後回しにするように強いられてしまう。

 同様の問題は、近年パート労働者などを含む「シフト制」全般における使用者側の労働時間配置の恣意性」として注目されており、法規制の必要が指摘されている。変形労働時間制は、本来の法律の趣旨に照らせば、通常の「シフト制」よりも適切に運用されるスキームであるはずだが、実態はこれを逸脱してしまっている場合が少なくないのだ。

変形労働時間制は、労働者の権利行使を萎縮させる?

 変形労働時間制は、仕組みが非常に複雑である。シフトにおける所定労働時間や時間外労働時間が上限を超えていないかを、労働者が全ての期間について確認することは容易ではない。そもそも変形労働時間制の要件を知らない労働者は非常に多いだろう。Aさんに至っては、ユニオンに加入するまで、自身が変形労働時間制を適用されていることすら、よくわかっていなかったという。また、本記事では全く触れなかったが、変形労働時間制における残業代の計算も単純ではない。長時間労働が集中しているからといって、労働者が適切なシフトを会社に要求して実現させることも簡単ではない。

 その意味で、変形労働時間制の最大の「効果」は、労働時間が短縮されるどころか、その複雑さにより、労働者の権利行使の意欲を削ぐことにあると言っても良いかもしれない。しかも、その違法な運用の実態については、現場で働く労働者以外にはなかなか分かりづらく、労働基準監督署の調査などでも判明しにくい。だからこそ、いまもヤマト運輸で働くAさんが声をあげて、同社の変形労働時間制が廃止さることになったのは望ましい結果だといえるだろう。

 この訴訟を担当した原告側の清水亮宏弁護士は次のように述べている。「上限越えのシフトが一般化していたり、シフトが頻繁に変更されることが許容されれば、「労働時間の短縮」という変形労働時間制の趣旨は骨抜きにされてしまう。裁判で闘ったことの意義は大きい」。

 変形労働時間制や、自身の賃金の支払われ方や労働時間について、会社の手法に疑問のある人は、ぜひ声をあげてみてほしい。

※なお、筆者がヤマト運輸に対して、変形労働時間制の廃止の理由について尋ねたところ、下記の説明が得られた。「2023年4月度から、一部の職種を除きフルタイマー全社員を対象に、変形労働時間制から法定の労働時間に基づく管理に変更しました。法定の労働時間を基本とした働き方に変更することで、より安定したオベレーションや、お客さまにより向き合える体制を構築し、より良いサーピスの提供を図ることが目的です」。また、過去の変形労働時間制の適用の違法性についても確認したが、「当社において、変形労働時間制は適法に運用されていたものと考えております」とのことだった。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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