これからが楽しみな日産自動車ゴーン氏の命運
日産自動車は、2月12日に発表した2018年度第3四半期決算において、検察の主張に従い、ゴーン氏の未計上の過年度報酬額を一括計上しました。つまり、これらの報酬は正式な社内手続きを経て決定されたものだと認めたわけですが、では、なぜゴーン氏以外の最高幹部は知らなかったのか、正式に決算処理された報酬であるにもかかわらず、なぜ実際に支払うとは限らないとされているのか、ますます混迷を深める事態について、どう考えるべきか。
日産自動車の決算修正
日産自動車が発表した2018年度第3四半期の決算短信には、次の記載があります。
「当社取締役カルロス ゴーンの役員報酬に係る当社の有価証券報告書における虚偽記載に関し、当社による調査及び検察当局による起訴内容に基づき、当第3四半期連結累計期間において9,232百万円の費用計上を行い、反映しています。これは、当社において入手可能となった情報に基づいて最善の見積りを行い、過年度の財務情報において計上されていない金額を一括計上したものです。なお、調査は現在進行中であり、今後、最終金額は当該見積り計上額と異なる可能性があります。また、当該金額は当社から支出されておらず、当社が実際に支出する金額は、将来、最終化されます。」
これについて、同日のNHKニュースのウェブ版は、次のように報じています。
「日産の西川廣人社長は今回、計上した報酬の支払いについて「いろんな側面から考えて決めていきたい。私としては支払うような結論に至るとは思っていない」と述べ、ゴーン前会長の不正については損害賠償請求も検討していて報酬をそのまま支払うことにならないという考えを示しました。」
検察の主張を認める日産自動車
日産自動車は、ことの始めから、検察と争う姿勢を示していないので、「入手可能となった情報に基づいて最善の見積り」ができた段階で、過年度の報酬額を修正するだろうことは予測されていました。故に、今回の決算発表には少しも新しい要素はありません。
つまり、日産自動車は、ゴーン氏の報酬額として正式に社内決定された金額が有価証券報告書に記載されていた金額よりも大きいことを最初から認めていて、しかも、金額の不一致は手続き上の過誤等に起因するものではなく、ゴーン氏の指示により意図的に隠蔽されていた結果であるという検察の主張についても、是認していると考えられるのです。
ならば、正式に決算処理されたことでもあり、当該金額がゴーン氏に支払われるのかというと、必ずしもそうではないとする会社側見解は、事案の背景からすれば当然のようでもあり、理屈に合わないようでもあり、興味深いです。
なぜ隠蔽が可能なのか
そもそも、常識的に考えれば、正式な報酬額の決定について、ゴーン氏といえども隠蔽できるはずはありません。従って、検察が主張する報酬額を記載した書類が実在するにしても、それは、ゴーン氏が主張しているとされるように、ゴーン氏の個人的願望を備忘的に記録したもので、しかも条件付きで支払いが将来に繰り延べられている内容なので、確定報酬額を証明するための法的効力はないはずなのです。
しかし、他方で、逮捕という強硬な手段が用いられた以上、検察は証拠書類の法的有効性を裏付ける確証を得ているとも考えられます。では、ゴーン氏と側近だけの密室の決定を日産自動車の正式な決定にする方法とは何か、ここが最初から不可解なところでした。
もちろん、取締役会で取締役報酬の総額が決議されていても、その取締役間における配分については、代表取締役であるゴーン氏に一任されていた結果であることは間違いありません。これは、日産自動車に限らず、多くの上場企業において、普通にある事態です。しかし、その決定内容を知るものがゴーン氏と側近だけで、他の経営幹部は一切承知していなかったと想像することは、金額の大きさからして、かなり困難です。
あり得ないゴーン氏による虚偽記載指示
検察はゴーン氏が虚偽記載を指示したと考えているようですが、この点は本件のなかで最も不可解なことです。おそらくは、正確にいって、検察の主張は、事案の全体を評価したときには虚偽記載とみなさざるを得ない外貌を呈しているということだと思われ、ゴーン氏が積極的に虚偽記載を指示した事実を立証することは極めて困難なはずです。
ゴーン氏ほどの知見を有する人ならば、何が報酬で、何が報酬でないかは完全に承知していたはずですから、確実にいえることとして、仮に検察の主張の通りだとしても、ゴーン氏の意図としては、対応会計年度における報酬に該当しない形態で、しかも不確定性を帯びる形態で報酬の支払いを将来に繰り延べていたはずなのです。
従って、事案の本質は、どの会計年度に報酬を帰属させるかについての見解の相違にすぎないのです。おそらくは、検察を著しく刺激してしまったのは、ゴーン氏の用いた技巧が強い悪意を想定せざるを得ないほどに巧妙を極めていた故かと想像されます。
いずれにしても、これらの点は、今後の司法の判断に委ねられているわけですが、日産自動車としては、少なくとも現時点においては、検察側の主張を全面的に受け入れ、ゴーン氏が将来に繰り延べたと主張する不確定報酬額を確定報酬額として過年度に帰属させて、決算修正をしたのでしょう。
なぜ報酬が払われないのか
では、その報酬額が支払われるとは限らないとされる理由は何でしょうか。おそらくは、会計の保守主義の考え方が背景にあるのでしょう。つまり、92億円余りという修正決算額は、検察の主張が全て認められたとしたときに、日産自動車が支払うことになる上限の金額なのであって、実際の支払額は、司法の判断等の不確定要因により、大幅に縮小し得るということです。
ならば、ゴーン氏個人の金銭的利害についていえば、あっさりと検察の主張を認めたほうが得だと思われますが、なぜゴーン氏は一貫して否認するのでしょうか。ここが最初から奇怪至極な点で、ゴーン氏は、否認することで、検察がわざわざ認めてくれた巨額な報酬を放棄することになり、しかも長期拘留という不利益まで得ていますから、実益に乏しいことに著しく強く拘っているわけです。これは、報道によれば、真実を貫徹するためとのことで、ここに、検察不利、ゴーン氏有利という巷の観測の根拠があるのだろうと思われます。
もっとも、別の見方があり得て、虚偽記載容疑を認めることの不利益が極めて大きいとも考えられます。西川社長が損害賠償請求に言及したとされるのも、こうした見方を裏付けるものです。また、より重要な点として、別件の特別背任容疑に不利な影響を与える可能性が考慮されているのかもしれませんし、92億円余りという巨額な報酬についての課税上の問題があるのかもしれません。
特別背任容疑
特別背任容疑については、日産自動車は、検察と争う姿勢を示していないようですが、同時に、積極的に肯定する見解も表明していないようです。今回の決算修正でも一切言及されていません。仮に修正が必要だとしても、現時点では、それに必要な情報が確定していないのでしょう。
仮に検察の主張の通りに特別背任が成立するとして、日産自動車に損害がなければなりませんが、損害額は過去の決算において計上済みのはずで、修正するとしたら計上の方法が変更になるだけです。しかし、その方法は未確定なのだと思われます。
もっとも、どこかに未計上の損失が隠れているのかもしれませんが、その可能性は小さいのではないでしょうか。また、検察が特別背任として立件する範囲も不明ですし、検察の主張通りに決算修正すべきかどうかも不明です。全て、今後の事案の推移による問題です。
ゴーン氏の公私混同的な不適切行為
報道によれば、ゴーン氏には、多くの不適切行為があったようですが、公私混同ということならば、日産自動車の正当な経費として支出されたものを再精査したときに、その一部は、実は、ゴーン氏の個人的な所得に該当するものになり、また特別背任に該当する事案になるということでしょう。
このうち、検察が特別背任として立件できるのは一部であって、どうかすると一件だけなのかもしれません。残りは全て純然たる日産自動車の社内問題であって、今後、調査に基づいて適切に処理すればいいだけのことです。しかし、全ての事案について、会計的には経費支出等として処理済みのはずですから、決算修正等を行う実益はありません、もっとも国税庁は関心があるかもしれませんが。
なお、日産自動車として、ゴーン氏に対する損害賠償請求等を行うことは別問題ですから、調査結果に応じて、それなりの対応が予定されているはずで、ここにも、92億円余りの報酬が支払われるとは限らないとする西川社長の発言の意図があるのでしょう。
当事案の教訓
本件、ゴーン氏の事績と絶大な知名度をとり去れば、経営者報酬の水準が超日本的であること以外に、特別に大騒ぎをするような内容を含んでいませんから、企業経営上の問題としては、特に学ぶこともなく、つまらない事案だと思われます。しかし、ゴーン氏の行動は実に人間的で面白く興味が尽きません。
なお、日産自動車の企業統治上の問題点をいう向きもあるようですが、取締役報酬の決め方や開示方法については、多少の示唆があるにしても、既に知られた問題群であって、特に本件から学ぶこともないと思われます。また、ゴーン氏の広く強い裁量権が事案の温床であったことは間違いないとしても、日産自動車のような超巨大企業の代表取締役として、当然の権限付与ではないでしょうか。
ただし、検察が入手しているゴーン氏の報酬を記載している文書は、おそらくは高度な知見をもつ専門家の手になるものでしょうから、非常に興味深いです。一体、どういう文言でもって、報酬の不確定性を定義していたのでしょうか。ゴーン氏は強い自信をもっているようなので、極めて巧妙に作文されているはずですが、検察は、どのようにして確定性を証明するのでしょうか。司法の判断が楽しみです。