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キーウ陥落を防いだ原動力はジャベリン対戦車ミサイルではなく2個砲兵旅団の全力砲撃

JSF軍事/生き物ライター
RUSI報告書よりBM-21グラド多連装ロケット

 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)が11月30日に発表した報告書「ロシアのウクライナ侵攻からの通常戦闘における予備的教訓:2022年2月~7月」は、これまで知られていたこの戦争における常識を覆す内容でした。

RUSI | Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022

  • ロシアはウクライナを10日間で占領する予定だった。
  • 8月までに掃討戦を終えて全土を併合する予定だった。
  • ウクライナはキーウを狙うロシア軍のベラルーシ展開を陽動と誤認。
  • これによりキーウ方面ではロシア軍とウクライナ軍の戦力比は12倍。
  • 絶体絶命のキーウを救ったのはウクライナ軍2個砲兵旅団の全力砲撃。
  • 開戦当初のロシア軍とウクライナ軍の砲兵戦力の差は約2対1。
  • ウクライナ軍の砲弾が枯渇し6月に10対1でロシア軍が砲戦で優位。
  • 使用したドローンの90%が失われる。(消耗が激しく使い捨てに近い)

首都を救ったのはジャベリンではなく2個砲兵旅団の全力砲撃

 陥落寸前の首都キーウを救ったのはウクライナ軍の2個砲兵旅団が全力で砲撃し続けたから。これは戦争初期に特にジャベリン対戦車ミサイルをキーウ防衛の主役だと報道していた世間の風潮を否定する内容です。

Despite the prominence of anti-tank guided weapons in the public narrative, Ukraine blunted Russia’s attempt to seize Kyiv using massed fires from two artillery brigades.

「世間一般の物語では対戦車誘導兵器が注目されていたにもかかわらず、ウクライナは2個砲兵旅団の集中砲撃によってロシアによるキーウ占領の企てを阻止した。」

出典:[PDF] Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022 | RUSI

 これまで砲兵がウクライナの戦場で主役になったのは、ロシア軍がキーウ方面から撤退し東部ドンバス方面に再配置されて主戦場となった4月以降のことだと思われていましたが、そうではなかったのです。この戦争は最初から榴弾砲と多連装ロケットが決戦火力だったのです。

 もちろんジャベリン対戦車ミサイルも活躍していたことは確かです。ですがそれ以上に重要だったのが、キーウ方面で戦線を支え続けた2個砲兵旅団の全力砲撃だったというのがRUSIの分析です。

 ただし「ロシアはウクライナを10日間で占領する予定だった」という部分については、今となってはそれほど驚きはありません。そもそも2月24日の開戦の約3週間も前にアメリカは「首都キーウが2~3日で陥落する可能性」を警告していました。

 そして実際に2月24日の開戦と同時にいきなりロシア軍は首都キーウ近郊のホストメリ空港を空挺部隊で強襲してきます。このあまりに強引で拙速な戦い方は明らかに短期間での首都の占領を狙った動きでした。もしも後方のベラルーシから南下して来る味方地上部隊の到着が遅れたら孤立した空港の空挺部隊は窮地に陥ってしまう投機的な作戦です。アメリカはこのロシア軍の大胆な作戦計画を事前に諜報で掴んでいたので開戦前に警告が行えたのでしょう。

 しかしRUSIの今回の報告によるとウクライナ軍はアメリカの警告を軽視し、開戦前に東部ドンバス方面に総戦力の半分を集中させてしまいました。ベラルーシから南下してくるロシア軍が陽動の囮ではなく主力侵攻部隊であると判明し、ウクライナ軍が部隊の再配置を命令したのはロシア軍の侵攻開始7時間前で間に合いませんでした。こうしてキーウ方面のウクライナ軍は手薄のままロシア軍との戦力比は12倍にも開きます。

 それでも約一カ月間の激しい攻防戦で首都キーウの外縁部にまで迫られながらも、ウクライナ軍は防衛に成功しロシア軍はこの方面からの撤退に追い込まれます。その原動力はキーウに居残っていた2個砲兵旅団が全力で撃ち続けた砲撃火力だったというのがRUSIの分析になります。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は4月13日の演説で、ドローンや対戦車ミサイルではなく戦車や大砲など大型兵器の供与を強く訴えていました。これは3月の首都キーウを巡る激しい攻防戦でどの兵器が真に役に立っていたのか、知っていたからではないでしょうか。戦場の主役は大砲であり、大量に消費する砲弾は急いで補充する必要があったのです。東側と西側では砲弾の規格が異なるので、西側諸国から砲弾を大量に援助を受けるには西側製の大砲も受け取る必要がありました。

 砲撃戦を補助する弾着観測ドローンも撃墜されやすく補充が大変なのですが、構造が簡易な弾着観測ドローンはウクライナが国産できている上に砲弾ほど大量消費するわけではないので、供与兵器の優先順位が低かったのだろうと思います。

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【追記】ウクライナ陸軍第43独立砲兵旅団203mm自走重榴弾砲「2S7ピオン」。キーウ防衛の原動力となった砲兵戦力。

1年前。首都中心部の第43独立砲兵旅団の兵士たちは「ピオン」で、占領軍を迎え撃つために向かっている。まもなくキーウでは1日24時間ずっと私たちの砲声が聞こえ始め、あらゆる家の窓が揺れて、敵がウクライナの中心部に3日以内で到達することはできない。いえ、永遠にできない。

ウクライナ軍参謀本部、2023年2月25日

Треба було бачити, як "Піони" вагою 47 тонн своїм ходом рухалися по проспекту Перемоги – комбриг 43 бригади Олег Шевчук | УКРАЇНСЬКА ПРАВДА | СЕРЕДА, 22 ЛЮТОГО 2023

『刮目せよ、重量47トンの「ピオン」がペレモハ通り(勝利への道)をどのように自走移動したか:第43旅団オレグ・シェフチュク准将』ウクラインスカ・プラウダ、2023年2月22日

※キーウのペレモハ通りは2023年2月9日にベレスチャ通りに改名。

  • Берестейський проспект ・・・ ベレスチャ通り(ベレステイスキィイ・プロスペクト)。由来はブレスト=リトフスク条約から。現在のベラルーシの地名「ブレスト(Брэст)」のウクライナでの呼称がべレスチャ(Берестя)。
  • Перемоги проспект ・・・ ペレモハ通り(ペレモウィ・プロスペクト)。ペレモハ(перемога)とはウクライナ語で「勝利」の意味。
軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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