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「なつぞら」の舞台・十勝に眠る「幻のアーチ橋」渇水で今もあらわ 3つの見学方法

寺田直子トラベルジャーナリスト 寺田直子
筆者が訪れた6月10日時点のタウシュベツ川橋梁。北海道遺産でもある/筆者撮影

ゲートウェイのとかち帯広空港から車で北上することおよそ1時間半。上士幌(かみしほろ)町に着く。

大雪山国立公園は日本一広い国立公園だ。その東山麓に位置するのが上士幌町。町面積の約76%が森林という環境で基幹産業は酪農・畜産、林業、農業など。過疎による消滅可能性都市のひとつだったが、「ふるさと納税」活用で全国初の「保育園無料化」、「子供医療費無料化※」を実現するなど居住環境の改善が進み、子育て世代の移住者を積極的にサポートすることで2015年から人口が増加。ふるさと創生のモデルとして話題になった町だ。

※高校生世代までの医療費自己分担分を全額助成。

ダム湖底に架かるタウシュベツ川橋梁。長さ130m。通常は1月頃に姿をあらわし夏には湖底に沈むが今年は異例の低水位でいまだ姿を見せている。写真は6月取材時のもの/筆者撮影
ダム湖底に架かるタウシュベツ川橋梁。長さ130m。通常は1月頃に姿をあらわし夏には湖底に沈むが今年は異例の低水位でいまだ姿を見せている。写真は6月取材時のもの/筆者撮影
奥から水が少しづつ上がってきて最終的には完全に水没する。写真は6月取材時のもの/筆者撮影
奥から水が少しづつ上がってきて最終的には完全に水没する。写真は6月取材時のもの/筆者撮影

その上士幌町が近年、観光地として注目されている。その理由が「幻のアーチ橋」と称される廃線となった旧士幌線に架かっていたタウシュベツ川橋梁の存在だ。1937(昭和12)年に誕生したコンクリート製のアーチ橋で、1955(昭和30)年に糠平(ぬかびら)ダムが誕生、糠平湖に沈むことから使用中止に。士幌線は迂回する新線を作り、橋は壊されることなく湖底に放置された(線路は撤去)。橋は水位が高くなる夏頃に完全に姿を消し、水位が下がり凍結した冬季に姿をあらわす。その年の天候などで見える時期も変わる。「幻」といわれるゆえんだ。このあたりは冬はマイナス20~30℃という寒冷地。厳しい積雪の重みと凍結によって徐々にコンクリートは崩れ、橋は少しづつ消滅、いつ崩壊してもおかしくないといわれている。実際、2017年には大きな崩落が起こっている。修復などは一切行われていないため美しいアーチの姿を見るのも時間の問題と考えられている。従来ならすでに湖底に沈んでいる季節だが、今年は記録的な渇水が続き、8月21日現在でもドラマチックな姿を見せている。これから徐々に水位が上昇し、湖面に橋が映り込むメガネ橋現象を見るまたとないチャンスといえる。

昭和10年当時の上士幌市街。上士幌町鉄道資料館にて/筆者撮影
昭和10年当時の上士幌市街。上士幌町鉄道資料館にて/筆者撮影
上士幌町鉄道資料館脇からは廃線を利用した8キロの自然歩道が設けられている。散策する際は熊よけの鈴を持参したい/筆者撮影
上士幌町鉄道資料館脇からは廃線を利用した8キロの自然歩道が設けられている。散策する際は熊よけの鈴を持参したい/筆者撮影

国鉄士幌線は帯広駅から上士幌、糠平(ぬかびら)を通り十勝三股(とかちみつまた)間を結ぶ78.3キロの路線で1922(大正11)年に着工、1939(昭和14)年に全線が開通し、十勝エリアの農産物や林業開発に貢献した。険しい山岳地帯で急こう配とカーブが続く環境と音更(おとふけ)川の渓谷沿いだったため大小40ほどのコンクリート造りのアーチ橋梁が作られた。

しかし、林業の衰退に加え国道ができたことから人口が減少。1954(昭和29)年に1500人いた十勝三股の人口は1977(昭和52)年には14人にまで減少。1978(昭和53)年に十勝三股~糠平間が、1987(昭和62)年には帯広~糠平が廃止され士幌全線が廃線となった。結果、アーチ橋の数々もその使命を終えることとなったが30数年を経て観光要素として注目。その代表的存在がタウシュベツ川橋梁なのだ。

国道273号線沿いにあるタウシュベツ展望台。遠くにタウシュベツ橋を見る。下に降りていくことはできない/筆者撮影
国道273号線沿いにあるタウシュベツ展望台。遠くにタウシュベツ橋を見る。下に降りていくことはできない/筆者撮影
NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターによるガイドツアー。水没状況によるが最も身近に解説付きで橋を見学することができる/筆者撮影
NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターによるガイドツアー。水没状況によるが最も身近に解説付きで橋を見学することができる/筆者撮影
ツアー参加者は通行許可がないと入れないアーチ橋へと続く線路跡を歩くこともできる/筆者撮影
ツアー参加者は通行許可がないと入れないアーチ橋へと続く線路跡を歩くこともできる/筆者撮影
タウシュベツ川橋梁以外にも旧幌加駅なども訪れた/筆者撮影
タウシュベツ川橋梁以外にも旧幌加駅なども訪れた/筆者撮影

タウシュベツ川橋梁を見学するには3つの方法がある。現在、橋までの林道は許可車両以外通行禁止となっている。一番簡単なのは糠平湖の対岸、国道273号線沿いにあるタウシュベツ展望台から見る方法。誰でも自由に行くことができ無料。ただし対岸からなので遠くに見るため迫力に欠ける。もうひとつが十勝西部森林管理署東大雪支署(住所:上士幌町字上士幌東3線231番地)から許可証とゲートの鍵を貸してもらいセルフドライブで行くこと。ツアーと異なり自分たちのペースで見学することができる。ただし鍵を借りに管理署まで行くこと、予約不可、平日のみ受け付けなどの制約があるので注意が必要だ。

最もおすすめしたいのが「NPOひがし大雪自然ガイドセンター」による見学ツアー。通年、催行し専任ガイドが通行許可を持った車で橋の近くまで連れていってくれるほか、旧幌加駅や登録有形文化財に指定される第五音更川橋梁など別のアーチ橋や旧士幌線の史跡なども訪れる。長靴のレンタルなどもあり、なによりもガイドによる歴史的背景や自然環境についての解説が聞けるので興味をかきたてられる。ツアーの空き状況、橋の水没状況などは同ガイドセンターの公式サイトで随時アップデートされている。

なお、周辺は熊の生息地域であり、目撃情報も多い。食べ物のゴミ捨ては厳禁。森林に入る際は熊よけの鈴を持参することを強くお勧めする。

※後述のぬかびら源泉郷の土産物店で入手可能。

手湯がある、ぬかびら源泉郷郵便局。立つと自動ドアが開くのに苦笑。アーチ橋の絵はがきや写真集も販売。希望すると投函に風景入り記念通信日付印を押してくれる/筆者撮影
手湯がある、ぬかびら源泉郷郵便局。立つと自動ドアが開くのに苦笑。アーチ橋の絵はがきや写真集も販売。希望すると投函に風景入り記念通信日付印を押してくれる/筆者撮影

アーチ橋梁群を見学する拠点となるのが、ぬかびら源泉郷だ。1919(大正8)年に発見され今年100年を迎える歴史ある温泉地。現在、9軒の宿があり日帰り入浴ができる宿も多い。中心にある温泉公園には広々とした無料の足湯施設も。さらに、郵便局の入口には手湯の設備もあるなど、まさに温泉三昧の場所。30分もあればぐるりとまわれる愛らしさだが、素朴な雰囲気と圧倒的な大自然に囲まれた環境に長年のファンも多い。

ユースホステルの食事はゲスト全員でテーブルを囲んで。北海道が大好きで移住したオーナーによる自然観察トークなども楽しい/筆者撮影
ユースホステルの食事はゲスト全員でテーブルを囲んで。北海道が大好きで移住したオーナーによる自然観察トークなども楽しい/筆者撮影
個性ある中村屋。どこか北欧テイストを感じる新和洋室105。手前に和室が備わる/筆者撮影
個性ある中村屋。どこか北欧テイストを感じる新和洋室105。手前に和室が備わる/筆者撮影
中村屋の野趣あふれる露天風呂。混浴だが朝8:30~10:00は女性専用になる/筆者撮影
中村屋の野趣あふれる露天風呂。混浴だが朝8:30~10:00は女性専用になる/筆者撮影

筆者が泊まったのは東大雪ぬかびらユースホステル中村屋。ユース利用はおそらく20年ぶりだろうか。今回はシングル個室を予約。ボリュームある夕食や清潔感ある客室、源泉かけ流しの温泉など設備&サービスも整い快適。オーナー随行のタウシュベツ橋ツアーや食後の幌加温泉露天風呂ツアーなども体験できアットホームで楽しい。

中村屋はオーナーファミリー自ら古民家を解体し、その廃材で宿を改修。手作り感とこだわりが随所に宿ったなんともユニークかつ魅力にあふれた温泉宿。それぞれ趣向が異なる17の客室は迷うほど個性的。糠平周辺で採れた山菜や野草、十勝の食材を中心とした朝・夕食もしみじみとおいしい。

見ごたえのある「ひがし大雪自然館」。トイレ、駐車場完備。各種情報はここで入手可能。裏手を歩いていくと糠平川橋梁に行く遊歩道がある/筆者撮影
見ごたえのある「ひがし大雪自然館」。トイレ、駐車場完備。各種情報はここで入手可能。裏手を歩いていくと糠平川橋梁に行く遊歩道がある/筆者撮影

温泉郷内での観光の見どころとしては、ひがし大雪自然館がある。2013年にリニューアルされビジターセンターと博物資料館を兼ねている。自然環境に関する展示、動物のはくせいなど視覚効果のある展示内容は家族連れやハイカーに好評。ビジターセンターでは山岳情報や各種パンフレット、さらに地場産の土産やオリジナルグッズなども販売する。近くには上士幌鉄道資料館があり、旧士幌線の歴史や当時の硬券や制服などが展示されている。

後ろ右から時計まわりに。中村桜介くん、伊東岳くん、塩崎あきほさん、伊東海里さん。糠平小学校の全児童たちだ。彼らの考案したビンゴが大人気に/筆者撮影
後ろ右から時計まわりに。中村桜介くん、伊東岳くん、塩崎あきほさん、伊東海里さん。糠平小学校の全児童たちだ。彼らの考案したビンゴが大人気に/筆者撮影
缶バッジは全18種類+シークレットバッジ1個。すべてのマスを埋めたらバッジ5個とシークレットバッジがもらえる/筆者撮影
缶バッジは全18種類+シークレットバッジ1個。すべてのマスを埋めたらバッジ5個とシークレットバッジがもらえる/筆者撮影

ぬかびら源泉郷では現在、おもしろい観光取組みを行っている。それが「ぬかびらビンゴ」だ。これは源泉郷にある糠平小学校の児童4名、伊東岳くん(10歳)、塩崎あきほさん(10歳)、伊東海里(かいり)さん(11歳)、中村桜介(おうすけ)くん(12歳)が考案したもので、学習の一環の中でぬかびら周辺の魅力ある場所をビンゴをしながら訪れてもらいたいという児童のアイデアが発端。教師、PTAも協力し実現した。缶バッジもすべて手作りしている。筆者も2日間の滞在中に挑戦したがこれが思っていた以上に楽しいものだった。観光名所だけでなくタンポポやカエル、くるみなど探すのに手間がかかるものが含まれているので意外にてこずる。結局、筆者はすべてのマスを埋めることはできなかったが3列ビンゴで3つの缶バッジをゲット。バッジが足りなくなるほど好評で、滞在中にコンプリートする人も多いという。

当初、用意した缶バッジは250個。好評のため750個に増やし子どもたち自ら手作りしている/筆者撮影
当初、用意した缶バッジは250個。好評のため750個に増やし子どもたち自ら手作りしている/筆者撮影

糠平小学校の全児童は彼ら4名のみ。来年春、2名の卒業をもって糠平小は廃校となる。残った2名はスクールバスで上士幌町市街の小学校へ通う。子どもたちにとって「ぬかびらビンゴ」を一緒に作ったことは記憶に残る経験になったことだろう。糠平小学校での思い出を心に、4人の友情をこれからもつむぎながら新しい世界へと元気よく羽ばたいてほしい。

「ぬかびらビンゴ」の開催期間は今年の10月31日まで。ビンゴシートは「ひがし大雪自然館」などで入手できる。これから秋の気配を感じる季節。完全に沈む前のタウシュベツ川橋梁の絶景を見るチャンスもある。子どもたちのアイデアが詰まったビンゴの楽しさを体感しつつ十勝の魅力を満喫してほしい。

「ぬかびらビンゴ」にも出てくるエゾシカ。ぬかびらで最も簡単に見ることができるいわれるほど。足湯のある温泉公園によく出没する/筆者撮影
「ぬかびらビンゴ」にも出てくるエゾシカ。ぬかびらで最も簡単に見ることができるいわれるほど。足湯のある温泉公園によく出没する/筆者撮影
トラベルジャーナリスト 寺田直子

観光は究極の六次産業であり、災害・テロなどの復興に欠かせない「平和産業」でもあります。トラベルジャーナリストとして旅歴40年。旅することの意義を柔らかく、ときにストレートに発信。アフターコロナ、インバウンド、民泊など日本を取り巻く観光産業も様変わりする中、最新のリゾート&ホテル情報から地方の観光活性化への気づき、人生を変えうる感動の旅など国内外の旅行事情を独自の視点で発信。現在、伊豆大島で古民家カフェを営みながら執筆活動中。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)『泣くために旅に出よう』(実業之日本社)、『フランスの美しい村を歩く』(東海教育研究所)、『東京、なのに島ぐらし』(東海教育研究所)

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