“ライフ・イズ・ビューティフル!” 錦鯉、「後輩に300円借金」から「50歳のM-1王者」までの軌跡
今年の『M-1グランプリ』(テレビ朝日・ABCテレビ)を盛り上げるため、12月15日に公開された宮本浩次「昇る太陽」とのコラボ動画の最後に印象的なシーンがある。
決勝進出者が発表されたあと、錦鯉・渡辺隆とランジャタイが廊下を歩きながら話している場面だ。
「週4くらいでお笑いライブに通ってるお笑いファンが高熱のときに見る夢みたいなメンバー」
ロングコートダディの堂前がそう形容した決勝メンバーは、錦鯉、ランジャタイ、真空ジェシカ、モグライダー、オズワルドといった東京のライブシーンで長年苦楽を共にした芸人たちが集った。初出場が半数の5組を占め、敗者復活で勝ち上がったのがハライチだったことで非・吉本興業所属芸人も半数の5組。
12月19日、新しい時代の幕開けを思わせる新鮮なメンバーで『M-1グランプリ』決勝戦が行われたが、そこで優勝したのは、「50歳おバカの大冒険」というキャッチフレーズがつけられた“おっさんコンビ”の錦鯉だった。長谷川雅紀が50歳、渡辺隆が43歳。もちろん最年長での戴冠だ。
有言実行で最高の大会にしただけでなく、最高の結果を手に入れたのだ。
もちろん、この優勝は錦鯉が披露した2本の漫才が素晴らしかったということが大前提だが、より笑いを増幅させた要因の一つにテレビを通して2人のキャラクターが浸透していたということも大きいだろう。
彼らがテレビで活躍し始めたのは、2020年の後半頃から(それまでも『ゴッドタン』の「事務所対抗ゴシップニュース」などで所属事務所「SMA」の内情を語る一組などで登場したことはあった)。それ以降、“遅れてきた青春”のように2人はテレビで躍動していた。そんな彼らの『M-1』優勝に至るまでのテレビでの活躍を振り返ってみたい。
地下芸人の「蜘蛛の糸」長谷川
まず最初に大きく扱われたのは、2020年6月5日の『シンパイ賞』(テレビ朝日)だろう。
そんな“ニュース”が読み上げられた。これは芸人のB級ニュースを、本当のニュース番組風に伝える「芸人シンパイニュースショー」というコーナー。あまりにも情けないそんなニュースをアナウンサーが真面目に読み上げた。
このアパート8部屋のうち、4部屋が芸人。他にあたりきしゃりき・たこやきくん(29)、お団子まんじゅう・古澤(34)が住んでおり、「少額の金銭のやりとりが常習的に行われている」という哀切感たっぷりのエピソードが紹介された。
このときは、VTRのみの出演だったが、7月24日の同番組にはコンビでスタジオに登場。「『R-1』のエントリー費を後輩に借りながらも途中で弁当を買い出場できなかった」だとか「奥歯がないため『丸呑み派』で、食事は味わうよりもお腹いっぱいにするのが目的」といった長谷川のダメエピソードで沸かせていた。
10月11日には、「芸人シンパイニュースショー」で長谷川の6本目の奥歯が取れてしまったというニュースが報じられ、さらに別の芸人のニュースをはさみ、再び長谷川のニュース。今度は7本目の奥歯が取れたというもの。この頃には「奥歯がない」はすっかり長谷川の代名詞になっていた。
だが、10月31日の『ゴッドタン』(テレビ東京)「ジジイ芸人キレ悪検証」に出演した際に、長谷川がいよいよ歯医者に通い始め入れ歯を作っていることが明かされる。いよいよ売れてきたことを実感させられた。
まだまだ長谷川ばかりが目立っていた錦鯉だが、この番組ではいち早く渡辺にも見せ場がつくられ、劇団ひとりはその哀愁を「浅草のストリップ劇場でコントやってる人みたい」と評していた。
そして12月2日に『M-1グランプリ』準決勝が行われ初の決勝進出を決める。このときの本人たちはもちろん周りの芸人たちの喜びようが印象的だった。
12月20日、『M-1』決勝当日に放送された『シンパイ賞』では、「当番組では準決勝の時点ですべてを賭け、決勝にいかなければ使い道のない取材を敢行」と錦鯉に全ベットして密着した「芸人シンパイニュースショー」が放送された。
準決勝前は、普通の芸人が調整ライブを入れるところ「体力温存」のため休んでいたという。そして見事「最年長&最歯少」の決勝進出を決める。数日後、長谷川のもとにラズベリー・たこやきくん(30)、お団子まんじゅう・古澤(34)、ジャック豆山(44)という同じアパートに住む芸人仲間が祝福に駆けつける。
彼らはお金を貸し借りしたり一緒に鍋を食べたりする「たまご会」なるグループを結成しているそう。だが、テレビ出演が増えた長谷川は、そろそろアパートを引っ越さないといけないかも、と言う。これに豆山は「やっと金貸せる立場になったのに(アパートを)出るのってどうなんですか?ちょっと許せないですね」と抗議。たこやきも「最悪ついていく」という。地下芸人たちが長谷川という「蜘蛛の糸」に必死にすがろうとする姿があまりにも切なかった。
この少し前、『M-1』2回戦を突破したばかりだった頃に密着取材を受けている。とろサーモン村田に「月収はどれくらいほしいか」と聞かれ、渡辺は「30万」と答えている。それで満足なの?というような表情の村田に「そうならざるを得ない生活を送ってるんで。30万はかなり僕の中では高い。夢ばっか見てらんないんで」と言って「今回の人生はそうだったんだなって、思うしかないですね。次人間に生まれたら、次こそは……」とつぶやく(『やすとものいたって真剣です』2021年1月21日)。
それがほんの数ヶ月後、『M-1』決勝進出して脚光を浴び人生が劇的に変わるのだ。
「SMAの頭脳」渡辺隆
『M-1』決勝の経験を経て、2021年に入ると、「ブレイク」といって過言ではない状態で、多数の番組に出演していくことになる。
そんな中で少しずつ光が当てられ始めたのが実力者・渡辺隆の存在だ。
1月27日の『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京)では意外な人物が登場する。江戸川区の銭湯「あけぼの湯」でスタッフが声をかけたのは「42歳のせがれと住んでいる」という70歳の男性。「息子さんはお仕事は?」との問いに「うーん、何やってるんだろう? いや、知ってはいるんですけど、言わないほうがいいのかな?」と濁す。
自宅に到着するとそこは4LDKの持ち家。そして部屋のカレンダーには12月20日には大きな丸印があり「M-1決勝」の文字(取材は12月8日)が。
「せがれがM-1の決勝に出るんです」
そう、この男性は渡辺の父親だ。その妻、つまり渡辺の母は、芸人になって2年目の頃の2000年に朝、犬の散歩をしていて車側が信号無視で交通事故に遭い亡くなったという。芸人を続けていたのは「その思いもあるんじゃないかな」「活躍するところを見せたかったんじゃないですか」と語る父。
M-1終了後の後日、再び渡辺宅に。「面白かった。他の人間よりも。親のあれでね」という父親は、月が変わっても12月のカレンダーは保存していた。
『M-1』優勝後のインタビューでも、渡辺は「優勝の喜びを誰に伝えたいですか?」という質問に「一緒に住んでいる父」と答えている。
そんな渡辺は2月25日の『座王』(関西テレビ)に出演し見事優勝。準決勝でのモンスターエンジン・西森との「メンチ」対決(審査員を睨みつけ一言)では、審査員のほんこんに対し「夢を諦めるな!」と一喝し勝利した。
明石家さんまと初対面を果たした『さんまのお笑い向上委員会』(フジテレビ)では、錦鯉に対するクレームゲストとして所属事務所「SMA」の同期・バイきんぐが登場。小峠は渡辺に対し「様子見してんじゃねえよ!」と不満をぶつける。
「渡辺ってめちゃくちゃ面白いんです。大喜利もトークもネタも、全部完璧に高いレベルでできるヤツなんです。コイツ(長谷川)は、ただのゴミカス(笑)」だと2人の関係性を解説し、「たぶん、渡辺はとりあえず、まさのりにスポットをあてて、そのうち(長谷川のターンが)落ち着いたら俺が行こうかくらいに思ってると思うんです」と分析。先に目立つほうが脚光を浴び、その後ゆっくり「じゃない方」が確かな地位を確立していったオードリーやフットボールアワーの例をあげるも「それはあの方たちが若かったから」と小峠は注釈を挟みつつ、「40超えたおっさんが様子見るな!」と一喝。「悔しいんです。コイツの面白さが世間にバレてないのが!」と語る。
『お笑い実力刃』(テレビ朝日、9月15日)でも渡辺を「影のバイきんぐ」のような存在だと紹介。必ず新ネタを作った際は渡辺に見てもらい「もっとなんかない?」と、ダメなところや、ボケなどを相談していたと明かす。実は『キングオブコント』の優勝ネタのひとつ「自動車学校」の中のタイムカプセルの中から車の鍵が出てくるというボケは渡辺の発案だそう。ザコシショウの単独ライブも手伝っており、いわば「SMAの頭脳」だと評す。
『アメトーーク』で「ソニー(SMA)芸人」が特集された際もザコシショウが、「渡辺の才能が凄いんですよ」「仕切りも上手いしトークもいけるし、“未来の若林”みたいになると思いますよ」と絶賛している。ちなみに若林正恭とは同期で同い年だ。
『M-1』優勝後のインタビューでは、渡辺は今回の決勝で披露した漫才について「ハリウッドザコシショウ、バイきんぐ小峠にネタを観てもらって初めてアドバイスをしてもらった」と明かしている。錦鯉の優勝でSMAは『R-1』『キングオブコント』『M-1』の3冠を達成したことになる。
(参考:ソニー芸人と「Beach V」とハリウッドザコシショウ)
幸福な大団円
その優勝会見で印象的なやり取りがある。「優勝の喜びを誰に伝えたいですか?」と聞かれたときだ。前述のとおり、渡辺は「父親」と答えたが、長谷川は「相方の渡辺隆」と答えている。当然、「知ってるんだよ」と渡辺にツッコまれるが、長谷川は構わず続ける。
長谷川の鉄板話のひとつに「M-1ラストイヤーは56歳」というものがあった。40歳を越えてコンビを結成したためだ。声をかけたのは相方の渡辺からだった。長谷川は「7歳も上のおっさんに声をかけてくるなんて、なんて勇気あるんだろう」(『週刊FLASH』20年9月8日号)と思いコンビを結成した。これが成功の第一歩だったことは間違いない。
「この世界では、セルフプロデュースできる人間が強い、って言われるんですけど、結局、僕はそれができなかった。自分じゃ自分のことわからなくて。それをしてくれたのが隆なんで」(「Number Web」21年2月28日)
昨年の『M-1』決勝では入場のせりあがりで「この舞台まで連れてきてくれてありがとう」と声をかけようとしてやめた。「それを言ったら、ちょっと泣いちゃうかもしれないな」と思ったからだ(同)。
8月29日の『シンパイ賞』では、錦鯉・長谷川が急にお金を得て、使い方がわからないという話題で登場した。
そんな長谷川が高級店で初めての買い物ロケ。芸人始めたての20代の頃、デビット伊東が持っているのを見て25年間憧れ続けた「HUNTING WORLD」のカバンを買うことに。5万円のバッグを買い「想像もできなかった。感慨深い」と語る長谷川。
買い物を終えた長谷川は相方・渡辺の家に。実は「今まで奢ってくれたお返し」に渡辺に財布も購入しプレゼントした。それだけではない。長谷川はその財布の中に渡辺から10年前に借りた15万円を入れて返したのだ。
『M-1グランプリ』の直後に配信された「世界最速大反省会」(GyaO)で、ラストイヤーで『M-1』に挑戦し、敗者復活戦を勝ち抜いて決勝の舞台を踏んだハライチ・岩井は大会を振り返って言った。
50歳が青春を謳歌し、大声で底抜けのバカバカしいボケをする。それにはどんな完成度の高い漫才も勝つことができなかった。
漫才の最後、舞台に寝そべった長谷川はこう叫んだ。
「ライフ・イズ・ビューティフル!」
ほんの十数ヶ月前に後輩から「300円」を借りていた男が、賞金「1000万円」と『M-1』王者という栄光を手にしたのだ。
あいつ、バカやってるなとみんなが笑い、祝福していた。それは、あまりにも幸福で美しい大団円だった。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】