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アベノマスク裁判で省庁職員に証人尋問(下)。なぜ実態のない会社に31億円の巨額発注が行われたのか?

赤澤竜也作家 編集者
自民党裏ガネ問題の火付け役でもある、原告の上脇博之・神戸学院大学教授(筆者撮影)

「異議があります。争点には関係のない質問です」

「異議です。証人が知らない事実を聞いています」

尋問のたびに国側の訟務検事から横やりが入る。

原告側の谷真介弁護士が経産省の課長補佐に尋ねていたのはマスク納入業者のうちのひとつであるA社との取引についてだった。

アベノマスク配布事業が始まった2020年、政府は納入業者のうちの一社についてなかなか社名を明かさず、4月27日になってようやく菅義偉官房長官がその名前を発表したところ、その会社の本社は看板すらない平屋のプレハブの建物だった。

当時、マスコミや国会で物議をかもしたA社への発注について谷弁護士が問いただすと、異議が連発されたのである。

アベノマスクの情報開示をめぐる第2次裁判で10月15日、2度目の証人尋問が行われた。

「調達の交渉をした業者とのメールはすべての担当者が自発的に廃棄した」と国が主張している異例の裁判についてレポートする。

なんら営業実態のない会社と31億6250万円の調達契約

裁判の過程において、原告側は送付嘱託という手続を大阪地裁に申し立て、採用された。国が存在しないと言っている布マスク発注の交渉記録を業者の方に出してくれと裁判所からお願いしてもらうようにしたのだ。

興和、伊藤忠といった大手企業は提出を峻拒した。

しかし、6社はメールや発注書などの文書を出してきた。このことにより原告側はアベノマスク事業の内実を知ることになり、訴訟においても強力な武器となったのである。

A社はなぜか自社の決算書も出してきた。

見てみると驚きの数字が並んでいる。

コロナ禍前である2018年8月から2019年7月の損益計算書では売上総利益0円、当期純利益マイナス45万円。2019年8月から2020年2月末までの損益計算書でも売上総利益0円、当期純利益マイナス472万円となっている。

なんら営業実態がなかったのである。

そんな会社が2020年3月16日S社と合わせて350万枚、合計税込み5億1975万円(A社だけだと合計1億9250円)で布マスクの発注を受注。さらに2020年4月7日と4月15日にはA社単独で合わせて2000万枚。合計税込み29億7000万円の契約を得たのだった。

突如、役員報酬1億2000万円をゲット

A社の2021年2月決算において売上高は31億8385万円となっている。実に99.3%が国の布マスク調達事業であり、純利益は8億4327万円だった。

売上総利益は売上の約34%。一般的な商社の粗利率をはるかに上回っている。

それまで役員報酬0円、給与の支払いもほぼ0円だった会社が2021年2月決算では1億2000万円の役員報酬を計上。登記簿を見るとひとり役員の会社なので全額代表者の手もとに渡っているものと思われる。

問題は1枚当たりの単価である。

国のA社からの布マスク1枚あたりの購入価格は135円(税抜き)だった。

上脇博之・神戸学院大学教授が先に起こしていた単価をめぐる開示訴訟で、裁判所が国に対し開示を命じたため出された文書を見ると、布製マスクの調達単価はもっとも安い会社で62.6円(税抜き)だった。

アベノマスク調達は入札ではなく随意契約で行われた。果たして1枚当たり135円という金額は適正なのか? 

検証しようにも文書もメールもなにも残っていないというのである。

登記も決算書も確認せず、契約を推し進めた!?

文書が残っていないのなら担当者に聞くしかない。

この日2人目の証人は合同マスクチームのサポートをしていた経産省の課長補佐だった。送付嘱託で提出されたメールを見ると、A社と頻繁にやり取りしている。

この職員はマスク調達の可能性のある業者と交渉し、選別したうえで合同マスクチームに引き渡していたのだという。

そもそもA社との接点はどのようなものだったのか。課長補佐は、

「先方から3月の上旬に電話があり、たまたまわたしが取ったので担当することになりました」

と言う。2020年春の一部報道では国とA社との間に政治家の介在があったのではというようなものあったが、そうではないようである。

国がA社から連絡を受けた時期、同社の定款の事業目的には「再生エネルギー生産システムの研究開発」「バイオガス発酵システムの研究開発」といった項目が並び、衛生用品の調達や貿易についての記載はなかった。

谷弁護士が、A社の履歴事項を示したうえ、

--先方から連絡があった時点で登記は確認されていますよね?

と尋ねると、

「わたし自身は……。厚労省さんがやったのかも……」

と言う。取引をするかどうか決めるにあたって担当者は登記情報すら確認していない。

--ではA社から裁判所に出された資料の一部なんですけれども、2018年8月から2019年7月までの決算書、これはごらんになってらっしゃいますか?

「すいません。わたしは見ていません」

大口発注する見ず知らずの業者から決算書すら徴求していなかったことも判明した。

いったいなにを根拠に業者をえらんだのか? さらに聞こうとすると、冒頭のような横やりが入ったのである。

裁判長は「上司への報告も記憶だけで行ったんですか?」と問うた

訴訟において国は調達可能な布製マスクの枚数、納入時期、単価などの情報伝達は口頭が基本で、文書は残していないと主張している。

徳地淳裁判長は経産省から出向し、合同マスクチームの布製マスク調達ユニットに所属していた職員に対し、

--上司に報告するとき、紙を持っていなかったとおっしゃってましたが、手もとにメモみたいなものは持っていなかったんですか?

と尋ねると、

「ちょっと覚えていませんが、報告は口頭で行っていました」

と言う。重ねて、

--単価が何円とか何万枚発注するとか、大事な話で間違えたら大変だと思うんですけれども、それでも記憶で、口頭で行ったんですか?

と突っ込むも、

「はい」

と譲らない。

この国の民主主義は機能しているのか?

主任を務める谷真介弁護士は2日間、計6人に対する証人尋問を振り返り、

「約500億円もの税金が投入されているアベノマスク事業について、管理職の官僚や担当した職員らは、やり取りしたメールや文書は廃棄してなにも残っていない、経過について文書は作っていないと口を揃えました。証拠がないのをいいことに、法廷でこのような誰もがわかるウソを堂々と言い放つことに、いったいなにを守ろうとしているのか、どちらを向いて仕事をしているのか、日本の行政の歪みに失望せざるを得ません」

「裁判を提起しなければ、このような杜撰な税金の使い方をされていることについて、明らかにすることはできませんでした。尋問は終わりましたが、来春にも出される判決でひとつでも新たな事実を明らかにできるよう、追及を続けていきます」

と語る。

原告の上脇博之教授は筆者に対し、

「公務員の仕事は記録を残して組織で共有し、それを引き継いでいくことで成り立っています。また、公文書管理法は『意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう』『文書を作成しなければならない』と定めています。メールを残さない、文書を作らないということは元来、あり得ないことなんですよね」

「安倍政権では重要な書類を捨てる、改ざんするという行為が多発しました。安倍さんが亡くなられたあとも、事態は変わっていません。この国の民主主義の根幹である『国民の知る権利』が今後も踏みにじられ続けるのかと、強い危機感を抱いています」

と話した。

次回期日は12月24日午後1時10分から。この日で結審し、判決日が指定される見込みである。(了)

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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