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検事を裁判にかけるよう命ずる決定は史上初。「検察なめんなよ」と罵倒した録画ビデオは世に出されるのか?

赤澤竜也作家 編集者
6月14日の証人尋問後、会見に臨む中村和洋弁護士(左)と山岸忍氏 (筆者撮影)

「検察庁内部でも深刻な問題として受け止められていないことがうかがわれ、そのこと自体が、この問題の根深さを物語っている」

「本件取調べに関し、検察庁内部で田渕検事に対し、何らかの指導や処分があったことは記録上うかがわれず、特捜部内部、ひいては検察庁内部において、本件取調べがどの程度問題視されたかについても明らかではない」

「あらためて今、検察における捜査・取調べの運用の在り方について、組織として真剣に検討されるべきである」

裁判所の出した書面には検察庁を痛烈に批判する文言が並んでおり、記者会見に臨んだ中村和洋弁護士は「刑事司法の歴史が変わるといっても過言ではない」と評価した。

2024年8月8日、大阪高裁(村越一浩裁判長)で出された決定は、プレサンスコーポレーション元社長冤罪事件での異常な取調べの実態が白日のもとにさらされたにもかかわらず、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる検察庁に猛省を迫るとともに、自白偏重に頼る特捜捜査の在り方そのものに疑義を呈するものだった。

元弁護士・江口大和さんが起こした国家賠償請求訴訟において、東京地裁(貝阿彌亮裁判長)は7月18日、江口さんへの検事の取調べが「黙秘権保障の趣旨に反し、人格権を侵害し違法だ」として国に賠償を命じている。

世間の感覚と逆行した取調べの実態に対し、司法が重い腰を上げ始めたことをあらためて印象づける決定だった。

違法な取調べをした検察官を裁判にかけてください

創業20年足らずで売り上げ2224億円、全国分譲マンション供給戸数トップとなった大阪の不動産会社プレサンスコーポレーション。そのオーナー社長だった山岸忍さんは2019年12月16日、大阪地検特捜部に逮捕された。学校法人明浄学院のお金を横領したという容疑である。

起訴後の勾留中、部下Aさんや取引先社長Bさんの供述調書を読んだ山岸さんは、その内容に疑問を持ち、大阪拘置所の接見室で刑事弁護人に対し、彼らの取調べ録音録画の文字起こしをするよう依頼した。ふたりの事情聴取は合計で142時間。すべての作業を弁護士が行わなければならないので、膨大な費用がかかるものの、自身の汚名を晴らしたいという強い思いからの決断だった。

その結果、驚くべき事実が判明した。

山岸さんの関与をかたくなに否定していた部下Aさんに対し、取調官の田渕大輔検事は、

「ふざけた話をいつまでも通せると思ってる」

「検察なめんなよ」

「小学生だってわかってる、幼稚園児だってわかってる。あなたはそんなこともわかってないでしょ」

「ウソまみれじゃないか」

「本当ににぶい人ですね」

と長時間にわたって罵倒し続けたうえ、Aさんの供述をねじ曲げていたのである。

刑事事件において無罪判決を勝ち取った山岸さんは2022年3月29日、田渕検事を特別公務員暴行陵虐罪で刑事告発する。しかし田渕検事の古巣である大阪地検は不起訴処分にした。

そのため、山岸さんは2022年6月24日、付審判請求という手続を行った。裁判所に対し田渕検事を審判に付する(裁判にかける)よう申し立てたのである。2023年3月31日、大阪地裁(佐藤弘規裁判長)は請求を棄却したため、大阪高裁に抗告。

そして今般、大阪高裁が大阪地裁決定を取り消し、請求を認めたため、田渕検事は刑事裁判にかけられることとなったのである。

前日の威圧、侮辱、脅迫の影響が残っている

付審判請求では山岸さんの部下Aさんに対する田渕検事による2019年12月8日と翌12月9日の取調べが俎上に載せられた。

大阪地裁、大阪高裁ともに12月8日の取調べにおいて、約50分間にわたって田渕検事がほぼ一方的に責め立て続け、そのうち約15分間は、

「ウソだろ。今のがウソじゃなかったら何がウソなんですか」

「反省しろよ、少しは」

「何開き直ってんだ。開き直ってんじゃないよ。何、こんな見え透いたウソついて」

「バカにしきってるんじゃないか、こっちを、なめ切ってるんだろ」

「もうさ、あなた詰んでるんだから。もう起訴ですよ、あなた。っていうか、有罪ですよ、確実に」

などと大声を上げて怒鳴り続けていたことを認定しており、陵虐行為に該当する嫌疑があるとしている。

判断が分かれたのは12月9日の取調べについてだった。

前日の取調べと違い、この日の田渕検事は声を荒らげることなく、

「あなたはプレサンス社の評判をおとしめた大罪人ですよ」

「会社が非常な営業損害を受けたとか、株価が下がったとかいうことを受けたとしたら、あなたはその損害を賠償できますか? 10億円、20億円じゃ、すまないですよね。それを背負う覚悟でいま、話をしていますか?」

とAさんに対して迫っている。

大阪地裁は、「客観的・外形的にみて、精神的または身体的に苦痛を与える行為である陵虐にあたらない」とした。

それに対し大阪高裁は、

「(大罪人・10億円、20億円じゃ、すまないですよね等の)発言はそれ自体、Aさんの恐怖心をあおる脅迫的な内容といえる」

としたうえで、

「8日の取調べにおける威圧的、侮辱的、脅迫的言動による影響が残った状態で行われたものであることも併せ考え得ると、9日の上記(大罪人・10億円、20億円じゃ、すまないですよね等の)一連の発言についても陵虐行為該当性が認められる」

と説示した。

12月8日と翌9日の取調べは一体のものとして判断すべきとしたのである。

証拠提出された録音録画は48分間だけ

まったくの無実であるにもかかわらず、共犯として逮捕・起訴後、拘置所に248日間も勾留され、創業した会社の株を手放さざるを得ず、個人資産分だけでも75億6168万円の売却損を被った山岸さんは2022年3月29日、国に対して損害賠償請求の訴訟を起こした。

審理は進んでいるのだが、法廷には田渕検事が怒鳴りまくっている2019年12月8日の取調べ録音録画は出されていない。

なぜなのか。

国(検察庁)が頑強に抵抗しているからである。

取調べの録音録画を文字起こしした反訳書は12月8日、9日分とも国の方から証拠提出されている。しかし録音録画そのものの提出を拒んだため、山岸さん側は2022年12月1日、文書提出命令申立を行った、

2023年9月19日、大阪地裁(小田真治裁判長)は田渕検事によるAさんに対する取調べの録音録画のうち17時間50分の提出を命令した。このなかには12月8日午後5時20分から8時24分までに行われた「威圧的、侮辱的、脅迫的言動」での取調べ部分も含まれている。

地裁決定を不服として国は即時抗告。すると本年1月22日、大阪高裁(三木素子裁判長)は「Aさんの名誉やプライバシーが侵害される恐れがないとはいえない」として、2019年12月9日の取調べの一部、48分間のものだけの提出を命じるという変更の決定を出した。

山岸さんは特別抗告し、現在最高裁に審理の場を移している。

48分間の録音録画だけだったものの、国は国家賠償請求訴訟の証拠として裁判所に提出。本年6月11日に行われた田渕大輔検事に対する証人尋問に際して法廷でも上映されたうえ、マスコミを通じて流されたため大きな波紋を呼んだ。

そして今回、田渕検事を審判に付する(刑事裁判にかける)決定が出た。

あらためて焦点となるのは2019年12月8日の録音録画の取り扱いだ。

文書提出命令申立に対し、最高裁はどういった判断をするのか?

田渕検事に対する刑事裁判で「検察なめんなよ」ビデオは上映されるのか?

公共の財産である録音録画は果たして国民の目に触れる機会が与えられるのか、はたまた永遠に闇に葬られるのか。

日本の刑事司法の今後を左右する審理から目が離せない。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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