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「新・ガザからの報告」(2) (24年5月9日)

土井敏邦ジャーナリスト
(テント暮らしの子どもたち/撮影・ガザ住民)

【悪化する精神状態】

(Q・半年前に「ガザは終わった」とあなたは言ったが、今でも同じ意見か?)

今は半年前と比べてもっと深刻です。人的な被害だけでなく、建物、工場、インフラなど破壊ははるかに悪化しています。180日間に、破壊された地域はさらに増加しました。大半の建物は破壊され、瓦礫の山になっています。

私が最初に「ガザは終わった」と報告した去年の10月下旬には、イスラエル軍はまだハンユニス市(ガザ地区南部最大の街)に侵攻していませんでした。あれから半年後、イスラエル軍はガザの多くの地区に侵攻し、状況はさらに悪化しています。

今の状況があまりにひどいので、多くの若者は「ガザ脱出」を考えていて、それが若者の大きな夢になっています。あまりにも酷い状態だからです。将来を考えると、まったく希望がないのです。ガザ脱出の動機は以前よりもっと強くなっています。

(Q・当時でさえ「ガザは終わった」と言っていましたが、今はもっと酷い状態だということですね?)

街を歩くと、膨大な破壊を目にします。ほとんどの建物、インフラは破壊されています。電気も水道もほとんどのインターネット回線もです。とても深刻な状況です。楽観的に見ても、ガザが再建されることは予想もできません。10年以内では再建はできないと思います。少なくても20~30年はかかるでしょう。

ただ、「ガザは終わった」けど、ハマスは終ってはいません。

(Q・「人間の内部が破壊されている」とあなたは報告してきましたが、今はもっと深刻な状態ですか?)

 ガザの人びとの精神状態は、さらに悪化しています。精神状態は“鏡”です。生活状況を映し出します。生活の危機に直面すると、平穏ではいられません。深刻なフラストレーションに陥ります。人びとはホームレスの状態になり、避難生活で、7ヵ月も食料や生活サービスの不足に苦しんでいるんです。それら全てがガザの人びとの精神状態に反映します。

 この戦争がこんなに長引くとは誰も予想していませんでした。長くても2~3ヵ月だと思っていたのです。それが7ヵ月以上になるとは。今はまったく希望がありません。停戦の希望も、です。この戦争の長期化が人びとの精神状態に非常に悪い影響を及ぼしています。希望のない状態が続くこの戦争の長期化はとても危険です。

【猛暑と感染症】

(Q・これまでのインタビューで、あなたはテント生活について、暑さ、下水の問題などを語ってくれました。現在の状況下のテント生活はどういう影響を及ぼしていますか?)

 今は初夏です。気温は上昇しています。テント生活はとても過酷な生活です。テントは日光の熱を吸収します。暑さでテントの中は煮られるような気分です。下水が溢れ、テントの周りに広がります。テントの床にまで侵入してきます。

 たくさんの人が蛇やさそりにかまれ、死んだり負傷したりしています。ひどい害虫もいます。毒を持つ蟻など危ない昆虫などです。蚊や蠅にも悩まされています。それに加えパンデミック(感染爆発)があります。肝炎などたくさんの病気がテント暮らしをする人びとの間に広まっています。とても人間らしい生活ではありません。住民はとても苦しんでいます。

(Q・感染症についてどのように広まったのか教えてください)

 感染症は急速に広がっています。テント暮らしをする人びとに間にです。汚染があるからです。テント暮らしは汚染の中の生活です。下水があちこちにあり、テントの中にも流れ込んでくる。またゴミです。ガザは収集されません。テントの地域からです。地方自治体が機能していないからです。この汚染がテント生活をしている人たちに感染爆発が起こっている主な理由です。

(Q・瓦礫の下の遺体が腐乱しているという話でしたが?)

 環境汚染に加え、数多くの遺体が埋葬されていません。多くの破壊された建物の瓦礫の下にたくさんの遺体が放置されているのです。この遺体が多くの問題を生み出しています。この放置された遺体のために汚染、病気の感染爆発が起こっています。

(テント暮らしの少女たち/撮影・ガザ住民)
(テント暮らしの少女たち/撮影・ガザ住民)

【停戦交渉への期待と失望】

(Q・今イスラエル軍はラファに侵攻を開始しました。最初、住民はすぐに休戦になると大喜びしていましたが、それは実現しませんでした。このような動きに対する住民の反応はどうですか?)

 3日前の午後7時から7時半にかけて、ハニーヤが停戦の条件を受け入れると地元メディアが伝えたため、住民は踊って喜びを表現し、祝いました。しかし2、3時間後にそれが虚報だったことを知り人びとは驚き、衝撃を受けました。その日のうちにイスラエル軍がラファ市(ガザ地区最南端の街)東部に侵攻し、夜中にイスラエル軍の戦車がラファ検問所を占拠しました。

(Q・民衆はとても失望し怒ったんですか?)

 もちろんとても怒りました。

(Q・誰に対する怒りですか?)

 イスラエルとハマスの両方に対してです。人びとはネタニヤフ首相は戦争を終わらせることを望んでおらず、さらに数週間、数ヵ月続けるつもりだということがわかりました。イスラエル国内で内部闘争があるからです。アメリカの大統領選挙が近づくまで戦争を続け、国内での政治問題を解決しようと考えています。だから今戦争を終えたくないのです。

 またハマスにも怒っています。ハマスが民衆を騙しているからです。ハマスはイスラエルの提案を受け入れないのです。提案のポイントのいくつを変え、国際メディアに「提案を受け入れる」と発表しました。ハニーヤは誠実ではありません。イスラエルの提案を受け入れていないのですから。彼は「ハマスは提案を受け入れたが、イスラエルは拒否した」と騙し、世界がイスラエルを批判するようにしようとしています。実際は、ハニーヤは(元々の提案に)同意していません。この提案はエジプトとカタールとアメリカの監督下にあります。ハニーヤは受け入れたと言ったが、しかし彼はごまかしています。イスラエル提案のたくさんの部分を受け入れないのです。ガザ住民は、シンワールなどハマスを罵っています。なぜならハニーヤは世界を騙すためにごまかしているからです。

(Q・とても多くの人がうつ状態にあるとあなたは伝えてきましたが、自殺する者もいるのではないですか?この絶望的な状況は人びとにどんな影響を与えるのか?)

 ガザ住民の精神的な状態は悪化の一途をたどっています。この戦争は地球規模のゲームになっています。これは「パレスチナの解放」のための戦争ではありません。この戦争が続くことで、世界の国々が影響力を行使し利権を求めています。イラン、エジプト、カタール、アメリカ、ロシアなどです。プーチンはこの戦争が何ヵ月も続くことで、これを有利に利用しようとしています。この戦争が、ウクライナとの戦争でロシアに対する世界の圧力を弱めることになるからです。イランもこの戦争が長引くことを望んでいます。

(Q・一般の人びとの心理状態について教えてください)

 ガザ住民の心理状態はとてもひどい状態にあり、さらに悪化しています。すでに7ヵ月、まもなく1年になろうとしています。多くの住民はホームレスです。ホームレスの人びとがどういう心理状態か想像してみてください。家を失い、息子、娘、父親を失い、仕事も収入もなくなった。すべてを失った時、どういう心理になるでしょうか。精神が破壊され、崩壊します。突然、家を失い、家族を失い、失業し収入を失う。この危険な状況を想像してみてください。収入がないのに、一方で物価が急騰する。家計をどうやって維持するのか。食料や必需品をどうやって確保するのか。それらの問題が人を壊していくのです。

とりわけ子どもの親たちです。彼らは子どもたちや家族に責任があります。子どもの話をすると、彼らもとても苦悩しています。落ち込み、トラウマを抱えています。衝撃を抱えています。たくさんの急襲、爆発、すべてに大きな不安を抱え、夜眠れない深刻な問題を抱えているのです。眠っているとき悪夢に悩まされています。普通の生活ができないのですから。

祖父母、両親、子どもなどガザのすべての人びとは、心理的な問題を抱えています。うつ、フラストレーション、希望喪失、恐怖、トラウマ・・・すべてのパレスチナ人がこの精神的な異常をかかえているのです。すべての人が精神科医の治療を受けるべきです。

【遠のくパレスチナ国家への希望】

(Q・前回、あなたはモラル、倫理の崩壊(とくに若者たちが遺体から盗むなど)について語ったが、もう一度語ってくれませんか?)

 この戦争によるガザの崩壊は、いろいろな面に現れています。モラル、倫理の崩壊もそうです。老人たちがよく話をしているのを私は聞いています。「この戦争はガザのパレスチナ人の真の“顔”を露わにした」、つまりガザ住民の現実の普通の姿を露わにしたというのです。

今日、盗賊団によって住民が避難した何千という家から私財が盗まれています。瓦礫の中から家具や服やお金や貴金属などもです。

 もっと危険な現象は、遺体から盗んでいることです。路上や病院の中で、たくさんの遺体から。最近、遺冷凍庫に収容されている遺体からも盗んでいる例もあると聞きました。靴やジャケットやお金の入った財布や携帯電話もです。このような盗難はとても危険な現象です。

 また商人たちも客を騙しています。砂糖はとても高価です。2ヵ月前には1キロの砂糖が70~80シェケル(2800~3200円)に跳ね上がりました。25ドルです。商人の中には砂糖の中に塩や他の物質を混ぜて売っている者もいます。コーヒーもそうです。コーヒーの中に小麦粉を入れていた。1キロのコーヒーが270シェケル、80ドルにも達した。そのとき、商人の中には、コーヒーの中に小麦粉などを混ぜて売っていました。

 このように詐欺、窃盗などひどいモラルの崩壊がガザの住民の中に広がっています。しかし世界のメディアはそのことに触れないし、関心もありません。しかしそれがガザで日常的に起こっていることです。モラルの崩壊が起こっているのです。

(Q・ガザでは希望が失われたということですか?)

 現実的な話をすれば、ガザは現実に破壊されました。何ヵ月も前にあなたに言いました。(復興のために)何十年もかかると。しかしこの戦争が終わると、何十万という人がガザから脱出するでしょう。ここに留まるつもりはありません。残る人もいるでしょう。ここで生活を再建しようとするでしょう。しかしハマスはイスラエルとネタニヤフ首相に、「ガザを破壊し、パレスチナの夢、パレスチナの独立国家の夢」を破壊する“黄金の機会”を与えました。

(Q・ということはパレスチナの独立国家の希望は失われたということですか?)

 もちろんそうです。それは終わってしまった。ヨルダン川西岸でも不可能になりつつあります。西岸でもイスラエルはパレスチナ国家のための試みを妨害し阻止しようとしています。

 以前はガザは西岸より力がありました。ガザには強力な団結がありました。それは地理的な一体化もありました。西岸のようにバラバラではありません。論理的にガザは「パレスチナ国家」を作る理想的な地域でした。しかし不幸にもハマスが全てを破壊しました。ガザの強固な団結は終わりした。今やガザはイスラエルに占領され、ネツァリーム回廊(ガザ地区を北部と南部に分断するためにイスラエル軍が設置した緩衝地帯)によって分断されました。イスラエルが半永久的にネツァリーム回廊を占拠することはないと保証はできません。彼らはネツァリーム回廊にユダヤ人入植地を再建するかもしれません。

 だからパレスチナの独立国家の夢は終わったと言えます。このガザの破壊によって、ガザ地区もヨルダン川西岸弱体化しました。だから「国家」など創れないでしょう。(続)

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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