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温泉旅館で何が起きているのか?~このままでは絶滅危惧種入り

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
温泉旅館について残念なニュースが相次いでいる。(写真:イメージマート)

・ドラマ「温泉へ行こう」

 「懐かしいなあ。今はもう、あんな温泉旅館はほとんどないよなあ。」

 先日、60代の人たちが集まった時に、TVerなどで再放送されているTBSのドラマ「温泉へ行こう」が話題になった。

 昼の帯ドラマとして、1999年の第1弾から、2004年の第5弾まで放送された超人気ドラマだ。伊豆の老舗旅館「蔵原」は、赤字続きの上、後継者になると思われた主人公の兄は、多額の借金を作ったあげく失踪する。主人公が亡母の遺志を引き継いで、経営立て直しに奔走するのだが、銀行から融資の継続の条件として経営管理をするための人材が送り込まれる。さらにアメリカの巨大ホテルグループの買収と旅館廃業の提案を受ける。

 主人公は、銀行から派遣されてきた担当者とことごとく対立する。効率の悪い古くからの旅館の接客方法などを改善しようとする銀行員と、「お客様も家族」、「誠心誠意のおもてなし」、「お金儲けよりも大切なものがある」と主張する主人公は、相容れないものとして描かれている。もちろん、ドラマであるから、効率性を主張する銀行員も、収益性を重視するアメリカの企業も、最終的には主人公に説得されるという大団円を迎えることになっている。

 しかし、主人公たちの恋のさや当てはともかく、20年前の段階で、温泉旅館の経営は改善しないままに描かれている。それほど、問題が深刻化していたのである。一体、何が問題となっていたのだろうか。

・家族経営が中心で、低収益な体質

 宿泊業者の6割以上は資本金1千万円未満の小規模事業者になっている。家族経営が中心の家業として経営をおこなっている旅館が多い。

 こうした経営体質は、経営の近代化を遅らせ、低収益に陥らせてきた。売上高経常利益率を他業種と比較しても、宿泊業の低さが目立つ。特に、資本金1千万円未満では、コロナ禍前から危機的な経営状況が続いていたことが判る。

 「旅館の場合、その維持管理には多額の費用が掛かる。温泉の場合、その成分によっては浴場、配管などだけではなく、他の設備の腐食も引き起こすこともあり、それらの整備や補修の費用負担は非常に重い」と、ある温泉旅館の経営者は話す。

宿泊業の経営状態は非常に悪い
宿泊業の経営状態は非常に悪い

・バブル期の過剰投資が負の遺産に

 1980年代後半、バブル景気に沸いていた日本では、企業が社員旅行を盛んに行っていた。ところが、バブル景気の終焉と、その後の長期不況。さらには、働き方への考え方の変化などから、社員旅行は大幅に減少していった。

 社員旅行の実施率は、20年間でほぼ半減し、大型化した旅館は期待した団体旅行の需要を失うことになる。中部地方の温泉旅館の運営を引き継いだホテルチェーンの社員は、「1980年代に建築されたもので、宴会場が沢山あるのですが、今では使われないままになっています。何か良い使い道はないですかねえ」と言う。この温泉旅館も、経営に行き詰まり、ホテルチェーンが経営を引き継いだものだ。

 1980年代に施設の大型化を図った旅館は、巨額の借入を行った。このことが、その後に大きな禍根を残すことになる。

社員旅行は大幅減
社員旅行は大幅減

・「親子三代かけても返しきれない借金がある」

 ある有名温泉地を訪れて、老舗旅館の女将と話をした時のことである。女将から「この温泉地を歩かれて、お気づきになりましたか。お土産物店は廃業しているところがほとんどでしょ。しかし、温泉旅館は、大半が後継者がいるのですよ。なぜだか判りますか」と尋ねられた。

 筆者が、「後継者不足で困っているところが多いのに、結構なことではないですか」と答えると、女将は苦笑いし、「違うんですよ。親子三代かけても返しきれない借金があるんですよ。後継者がいなければ、旅館どころか、担保に入っている家屋敷も無くしてしまうというと、息子も帰ってきます」と言った。

 さらに続けて、このように言った。「老舗の温泉旅館というと、華やかな印象があると思いますが、それはお客様をお迎えする部分、実際は非常に厳しい経営状況です。」

・借入金依存度95%

 ある温泉地の商工団体の幹部は、「息子や娘で旅館経営に関心があって後継者に名乗りを上げているなら別だが、億単位の借金があり、老朽化した施設の更新問題や、求人難などに直面しており、どこか買収してくれるなら、手放したいという気持ちを持つ経営者がいるのも当然だ」と言う。

 実は、宿泊業の借入金依存度は、他業種に比較して高い。借入金依存度は、60%を超えると要注意、70%を超えれば要警戒とされる。その中で、特に全体の6割を占める資本金1千万円未満の宿泊業では、何と95%という非常に高い割合になっている。

宿泊業は借入金依存度が非常に高い
宿泊業は借入金依存度が非常に高い

・人気のある高級旅館も例外ではない

 1990年に旬刊旅行新聞が「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」として発表したうち、上位10軒のその後を見ると、旅館経営の厳しさが理解できる。

 上位10軒のうち、4軒で経営が行き詰まり、売却や外部からの資金導入などを行っている。こうした有名老舗旅館の場合、ブランド力もあることから、企業やファンドが名乗りを上げ、買収したり、投資し、経営が継続されるケースが多い。ある地方銀行の関係者は、「これまで老舗旅館に対して、地域の金融機関などが支援してきたことが多い。そのため、巨額の借入が可能だったが、金融機関の力も落ちてきており、域内の他の金融機関との合併も視野に入ってくるなど、状況が大きく変わっている」と説明する。金融機関同士の合併の際には、不良債権化しそうな融資は事前に整理しておく動きに出る。そのため、「老舗企業であっても、支援を打ち切り、大手企業やファンドへの売却を金融機関が求めることも増える」と言う。

 一方で、倒産や廃業、休業したまま、廃墟旅館や廃墟ホテルなどとなって、問題となるケースも多い。撤去するにしても数億円単位の資金が必要であり、自治体が負担せざるを得なくなる事例も出ている。

1990年のベストテンも困難な局面に直面している
1990年のベストテンも困難な局面に直面している

・生き残れるのは約2割だけ

 2020年7月に公表した「地域旅館へ旅館の投資の活性化による『負のスパイラルの解消』に向けて」の中で、観光庁は地域の旅館を次の三つに分類している。

 全体の約3割は、赤字で借入金返済も困難な「衰退旅館群」。約5割は、積極的な資金調達意欲が乏しかったり、すでに新規借り入れが困難になっている「成熟旅館群」。そして、問題なく経営が行われている「成長・新興旅館群」は。わずか約2割としている。

 実際に旅館の軒数は、1990年代以降、減少傾向にあり、25年間でほぼ半減している。

旅館の軒数は、この25年間でほぼ半分に
旅館の軒数は、この25年間でほぼ半分に

・コロナ禍が終わっても

 「昔は、地元で高校を卒業した女性たちが、行儀作法を学べると、嫁入り修業に良いと旅館の仲居になってくれたものです」と、旅館経営者の一人はそう話す。

 宿泊業の賃金は全産業平均に比べ低水準であり、コロナ禍前の2017年の全産業平均の有効求人倍率が1.38だったのに対して、宿泊分野では6.15と深刻な人手不足状況にあった。その中でも、特に飲食物給仕係つまり仲居に当たる職種だと7.16と突出して深刻な状況になっていた。

 宿泊業の就業者を年齢別に見ると、60代以上の高齢者が3割を占めており、他業種に比較して高齢化している。就業者だけではなく、経営者も後継者不足から、経営の継続困難に陥っていることが理解できる。

 「借入金の返済が重くのしかかっている上に、かつてのように従業員を集められず、接客サービスを低下させてしまう。大規模改修などは補助金などが活用できるが、什器や部屋の内装などを新しくしたり修繕したりする費用が充分に確保できなくなり、老朽化が宿泊客の目についてしまうようになる。」

 別の旅館の女将も、このように経営の難しさを嘆く。「接客業は好きだという元気な若手が一人いてくれるだけで、雰囲気はずいぶんと変わるのですが、なかなかそういう人材に巡り逢えないですから」とも言う。本来ならば、大女将となり、女将と若手の仲居頭でお客を迎えたいが、「このような経営状況では、息子や娘にも、無理も言えません」と言う。

超高齢化が進む宿泊業
超高齢化が進む宿泊業

・このままでは絶滅危惧種入り

 海外からの観光客だけではなく、日本の若い世代の中でも、古くからの温泉旅館の価値を再評価する動きもある。廃業した温泉旅館を、若手の経営者が伝統的なスタイルと新たなサービスを組み合わせて、地域の集客施設として再興させている事例も出ている。

 「規模を拡大せず、家族と少数の従業員で個性的な旅館経営をしているところもある。借入金問題も、まだまだ利益を生み出せる余裕があるはず。諦める前に、家業を脱して、旧態依然とした経営から企業経営に転換する必要がある」と、ある旅館経営者は話す。

 一方で、「旅館が好きで、あちこちの老舗旅館に泊まるが、次々とグループ化されて、個性が無くなっておもしろくない。個人経営の旅館に頑張って欲しい。応援の意味でも、温泉旅館に泊まりに行きたい」と、ある中小企業経営者は話す。さらに、同じ経営者としてみても、「こうした厳しい状況の中で、不祥事を起こせば、業界全体に不信感を持たれ、老舗旅館としてのブランド力も低下させる」と懸念する。

 地域旅館の経営が全国チェーンや外資系ファンドに移るという救済策は、ある程度は仕方がないものの、全てをそれに頼るのでは、中長期的な地域経済再興には繋がりにくい。

 苦しい経営に直面している経営者の立場も判るが、このまま旅館を「絶滅危惧種」に陥らせてしまってよいのか。旅館ファンも多い。将来的なインバウンド観光を高付加価値化していくためにも、地域に根差した旅館の存在は不可欠となる。宿泊業界だけではなく、地域社会全体で旅館復興に向けて取り組むべき時期が来ているのではないか。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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