アジア最強決定戦に挑むフットサル日本代表。「異常に強い」イラン代表に勝ち目はあるのか?
合言葉はリベンジ
台湾で開催中のAFCフットサル選手権(アジア選手権)に出場しているフットサル日本代表。このチームには合言葉がある。
リベンジ--。
2年前の2016年、ワールドカップのアジア予選を兼ねた同大会で、日本代表チームは歴史に残る「失敗」を犯した。アジアの出場枠は5。これまで3回の優勝を誇り、なおかつ2012、2014と2大会連続で優勝している日本が出場枠を逃すなんてことは考えられなかった。
まさかは、起こった。起こってしまった。
準々決勝のベトナム戦。ここで勝てばベスト4、つまり出場権が得られる。そんな重要な試合を日本は落としてしまう。ほとんどボールを支配しながらもカウンターから失点を重ねる。PK戦の末に日本の3連覇の可能性は潰えた。それでも、ワールドカップ出場の望みまで断たれたわけではない。準々決勝で負けた4チームによる敗者復活戦(プレーオフ)で2回勝てば最後の1枠に滑り込めるからだ。だが、日本はプレーオフの初戦でキルギスに2ー6で惨敗を喫する。
日本のワールドカップ出場は途切れた。
開催地ウズベキスタンから日本へのフライト本数は限られている。そのため、敗戦後すぐに帰国することができず、タシケントに残された日本の選手たちは、抜け殻のような状態で過ごしたという。
引退も考えたエース森岡薫
「あの時は……引退することも考えた」
エース・森岡薫は本気で引退しようと思っていたという。2012年にペルーからの帰化申請が認められ、同年に代表デビュー。それから4年、森岡には「Fリーグナンバーワン選手」に加えて「日本のエース」の称号もつくようになった。チームを牽引する立場にありながら、ワールドカップ出場にすら導くことができなかった事実は、森岡を苦しめた。
もちろん、苦しんだのは森岡だけではない。サッカーなどのメジャースポーツに比べて、フットサルはまだまだマイナーな域を出ない。Fリーグの観客動員も低迷する中で、ワールドカップで日本代表が活躍することは、フットサル界を盛り上げるためのチャンス。4年に1回しかない、そんな貴重なチャンスを失ったのだ。
「日本フットサルの時計の針を止めてしまったと思っている」
ある選手が自責の念にかられた表情で、そんな言葉を吐き出していたことを思い出す。記憶から消してしまいたくなるような出来事と向き合いながら、日本代表選手たちはそれぞれのチームでプレーしてきた。そして2年後のアジア選手権。14名のメンバーリストには“ウズベキスタン組”が実に10人も名を連ねていた。これは多くの選手が30代を迎える中で、日本代表に選ばれるだけのトップパフォーマンスを保ち続けた証でもある。
「2016年に起きたことを取り返すということが重要だと思っている」(ブルーノ・ガルシア監督)
前回大会後に就任したスペイン人監督は、「世代交代をするべきだ」という意見もある一方で、現時点でのベストメンバーにこだわった。それはアジア選手権で優勝すること、そして日本フットサルがプライドを取り戻すことが、何よりも必要だと感じたからに他ならない。そして台湾の地に乗り込んだチームはグループステージを3連勝、準々決勝、準決勝と勝ち上がってきた。
イランという最大のライバル
決勝の相手であるイランは、アジアの中では別格とも言える強さを誇る。どれほど強いのかは、準決勝までの5試合のスコアが示している。
日本代表
4-2 vsタジキスタン
5-2 vs韓国
4-2 vsウズベキスタン
2-0 vsバーレーン
3-0 vsイラク
5試合18得点6失点/1試合平均3得点
イラン代表
14-0 vsミャンマー
11-1 vs中国
5-3 vsイラク
9-1 vsタイ
7-1 vsウズベキスタン
5試合46得点6失点/1試合平均9.2得点
アジア選手権はこれまで14回行われているが、その中でイランが優勝できなかったのはたった3回しかない。イラン以外で優勝したことがあるのは、日本だけである。とはいえ、「ライバル」という表現が適切なのか悩むほど、その実力は突出している。
「現時点で10回やって10回勝てるかと言われたら間違いなく違う相手だし、10回やって5回勝てるかもわからない。五分五分がいいところだと思う。自分たちの100%以上のパフォーマンスを出さないと難しい試合になってくると思います」
今大会、FP(フィールドプレーヤー)の中で最も長い出場時間を誇る、吉川智貴は言う。イランという強豪に勝つためには、どんな戦い方をするべきなのか。例えば、自陣にべったりと引いて、守りを固めるということもありえるのか。そんな質問をすると、吉川にきっぱりと否定された。
「いや、前から行くと思うし、行かないといけない。押し込まれたら押し込まれるだけ、自分たちのリスクが上がるのかなと。できるだけ前から行って、自分たちのコートに入らせないのが一番大事になってくる。1対1の力強さも他の相手とは比べ物にならない。14人中10人ぐらいが1対1で勝負できると思うので」
前から行くことは、ブルーノ・ガルシア監督が最も強調するポイントでもある。相手がボールを持った時は、素早く寄せて行って、高い位置でボールを奪ってショートカウンターを狙う。今大会でも、同様の形から何度もゴールが生まれている。
「日本のアイデンティティを象徴する戦い方が一つ決まっていて、それを軸に微調整していくことになる。どことやるにしても、全く違う色になったり、全く違う発想を導入することはない。自分たちが示すフットサルを見せたい」
準決勝終了後、ブルーノ・ガルシア監督が語っていた通り、イランとの決勝は「アグレッシブに高い位置からプレスをかけに行く」日本のフットサルがどれだけできるかが最大のポイントになるだろう。
決勝戦で勝敗を分けるもの
ただし、イランは戦術がうまくハマったから勝てるような相手ではない。勝つために最も必要なのは「気持ち」だろう。2年前のウズベキスタンで、上を見すぎて足元をすくわれてしまった経験は、日本代表の選手たちにとって何よりの教訓になっている。
「6試合目が一番厳しい試合になるだろうけど、そこでやるしかないというか、次の試合もないですし、全部出して優勝したいです」(森岡)
印象的なシーンがある。イラク戦の後半、日本がゴール前に人数をかけて押し込んでいるところでボールを失ってカウンターを食らってしまう。攻撃から守備になった場面で、誰よりも素早く切り替え、30メートルほどを全力で戻ったのが森岡だった。今大会7ゴールを挙げてチームを牽引してきた森岡の、スコアシートに記されることはない献身的なプレーこそ、2年前の日本に最も足りなかったものだったと思う。
「僕たちはここにフットサルをやりにきたわけじゃない」(森岡)
美しいパスワークも、大量得点もいらない。自分たちの100%を出すこと。40分間、出し続けること。そしてイランという最強の相手に勝利すること。それができたとき初めて、日本フットサルは「プライド」を取り戻すことができるはずだ。
AFCフットサル選手権の決勝イラン戦はNHKーBS1で19時55分から生中継される。