月謝は東京並み、移籍・退団は自由、練習しすぎない。「トロンコ旭川FC」が目指す世界基準の選手育成。
フットサル日本代表としてW杯に出場した高橋健介と、エスポラーダ北海道で主力として活躍した佐々木洋文。
2人の名選手が、生まれ育った北海道旭川市で立ち上げたのが「トロンコ旭川フットボールクラブU12」だ。
東京並みの月謝、移籍・退団は自由、練習しすぎない……。異例とも言える方針を打ち出したクラブの狙いはどこにあるのか。
旭川から世界を目指す選手を育てる
北海道第二の都市、旭川。ここに世界レベルのメソッドを学べるジュニアチームが立ち上がる。
チームの発起人は、フットサル日本代表としてW杯に2回出場し、スペイン1部リーグでのプレー経験を持つ高橋健介と、Fリーグのエスポラーダ北海道で主力として活躍した佐々木洋文だ。佐々木は2011年に北海道を退団し、高橋は2016年で現役を退いた。引退後、2人は指導者の道に進んだ。
高橋は古巣のバルドラール浦安の監督を経て、2018年にフットサルのインドネシア代表監督に就任。女子代表を率いて初出場のAFCフットサル選手権で5位という快挙を達成すると、男子代表でも東南アジア選手権3位という結果を出して、アジア各国から注目を浴びた。
共に旭川生まれ、旭川育ち。小学生の頃から同じチームでプレーし、お互いを「ケン」「ヒロ」と呼び合う2人にはいつか実現させたい目標があった。
「旭川から世界を目指す選手を育てる」
2人の思いが一つの形になったのが、2016年5月に発足した「トロンコ・フットボール・アカデミー」だ。高橋が監修・アドバイザーに、佐々木が代表と現場のメインコーチを務める。指導スタッフには元Fリーガー、元フットサル日本代表候補など多彩な経験を持つ旭川出身者を揃えた。
ミスをした選手に指導者が「バカヤロー!」と怒鳴る、「俺の言った通りにやれ」と責め立てる--トロンコには“少年サッカーあるある”とも言える、こうした光景は見られない。スペインリーグで世界最先端のフットサルを学んだ高橋がスクールのコンセプトを説明する。
「僕たちが重点的にアプローチしているのは、認知・決断・実行のうちの認知・決断のところ。例えば、パスの狙いは良かったけど、フィジカル的にボールが飛ばなくてミスになったとします。そこでミスを怒るのではなく、子どもが何をしようとしていたのかを読み取って、正しく評価してあげる。そうすれば自信を持ってプレーできる。旭川に限らずですが、ジュニア年代ではシュートが強いとか、足が速いとか、実行のところにフォーカスが当たりやすい。でも2つ先、3つ先のビジョンが描けるのは一つの才能ですし、そういうタレントを持った選手が埋もれるのはもったいない。目に見えにくいけれども、そうした才能を高めることで、旭川から世界に通用する選手が出てくると思っています」(高橋)
東京並みの月謝に設定した理由
スクールの月謝は旭川では異例とも言える金額に設定している。小3〜6年生が対象の「スタンダードクラス」は週2回で月会費8500円。これは東京などで行われているサッカースクールとほとんど変わらない。「高すぎるんじゃないか」という不安もあったが、高橋と佐々木には明確な狙いがあった。
「旭川では僕らが子どものころから変わらず、サッカー少年団でやっているところがほとんど。学校の先生やお父さんコーチがボランティアで教えている。それがダメではありませんが、他の地域はプロの指導者が増えてきている。旭川のフットボールレベルを上げて、良い選手を育てるためにも、質の高いトレーニングができる場所、それを回すための仕組みを作りたかったんです」(高橋)
トロンコには「選手だけでなくスタッフもチャレンジする」という合言葉がある。「学びのないスタッフはうちにはいません」(佐々木)。
常にスタッフミーティングを行い、練習メニューを練習前にコーチ全員に共有する。毎回練習をビデオに撮って練習後に映像で確認して、トレーニングが適切なものだったのか、自分の声かけはどうだったのか、見切れていなかった子どもたちはどんなプレーをしているのか。小さな成長を見つけられないかをフィードバックする。
「正直、自分の指導を見るのは恥ずかしいです。こんな言い方じゃ伝わらないなとか、フリーズしている時間が長いなとか、たくさん出てきますから。でも、ビデオを見ないとわからないところがたくさんある。今後もずっと撮り続けていくつもりです」(佐々木)
質の高い指導と、真摯に取り組む姿勢が評判を呼び、2つのコースから始まったスクールは3倍に拡大し、入会希望者は増加し続けている。
勝利至上主義からの脱却
運営面はおおむね順調だったが、育成面では課題も見えてきた。子どもたちにスクールで教えていることと、それぞれがチームでやっていることの違いだ。
「例えば、うちでは自陣の低い位置で相手にプレッシャーをかけられても、味方がサポートしてパスをつなぐことにトライしています。だけど、チームではプレッシャーをかけられたら『蹴れ』と言われる。幼少年代に習慣化されたものを変えるのは難しい。日常の基準を高めて、自分たちがやろうとしていることを習慣化させることで、さらに成長させられるんじゃないかと思ったんです」(佐々木)
本気で日常を変えるために--。2019年から高橋と佐々木は新たなチャレンジに踏み切った。旭川で活動するクラブチーム「トロンコ旭川フットボールクラブU12」の設立だ。
トロンコ旭川FCは「勝利至上主義からの脱却」を掲げる。
「もちろん、勝利を目指すことは大切だし、競争は必要です。ただ、勝利を最大の目的にするのではなく、あくまでも成長のための手段として勝利を目指すことが重要だと考えています」(高橋)
初年度のセレクションの対象は小学4年生〜1年生。プレーの習慣化に最低2年は必要だと考えているため、1年間しかクラブに在籍できない現5年生はあえて対象から外した。
また、クラブに入った後でも他チームへの移籍や退団は自由にできる。小学生年代では選手の移籍を認めないクラブもあるが、「所属するチームを自分で選択することが重要」と考えている。
プレー機会を確保するために、初年度は1学年10人程度に絞るという。子どもたちの休みの時間も十分に確保するために、すべての大会にエントリーすることもしない。
「僕たちのチームがやることに興味を持ってもらえればぜひチャレンジしてもらいたいですし、チームに入ってみて合わないと感じれば、違うクラブに行くということも自由です。旭川全体で子どもたちが成長できる環境を作りたい、そのための選択肢の一つになることができればと思います」(高橋)
10年後、旭川から世界で戦う選手が出てくるかもしれない。