保育園落ちたから自分で作った。専業主婦から経営者へ。5人の子育てを経て画期的な制度に取り組む
1月末に横浜市の認可保育施設の選考結果が配送された。競争は過熱し4417人が1次選考に落ちた。2次選考も行なわれるが、現時点では4人に1人が保留児童になった計算だ。筆者である私も横浜市在住で、この4月に認可保育園に長女を入園させるため苦労した者の一人だ。働き続けたいのに落選した女性たちの声は、悲鳴に近いものがある。
就労中の女性でさえ激戦のため、専業主婦がこれから働き出したいために子どもを預けようと思ったら、認可保育園にはほぼ入れない。
6年間の専業主婦を経て、横浜市都筑区で2つの保育園を経営する女性がいる。社労士の菊地加奈子さんだ。専業主婦で認可保育園に預けられなかった悔しさ、夫がパタハラに遭い会社から不利益を受けた悔しさをバネに、社労士の資格を取得した。そして、5人の子どもを1つの施設で見たいと、自ら保育園を設立した。
どのような経緯でここまでたどり着いたのか。その原動力はなにか。菊地さんに伺った。
参考記事:
●第一子の出産後、6年間専業主婦。夫のパタハラをきっかけに社労士資格の受験へ
1男4女、菊地加奈子さん(現在40歳)は5人の子どものお母さん。子沢山の菊地さんでも、子どもを諦めていた時期があったという。大学卒業後、商社の子会社で人事総務経理の仕事をしていた時にハードワークが祟ったのか、卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ:卵巣に腫瘍ができて腫れてくる病気)に苦しんだ時期があった。これをきっかけに、銀行系の人材開発に転職。26歳で結婚した。
27歳、第一子の妊娠を機に退職の意思表示をするも、会社は「初めての育休取得者になるから取りなさい。1年間休業してゆっくり考えたら」と言ってくれた。しかし、卵巣嚢腫で妊娠が難しいと医師から告げられ諦めていた時期もあったことで、「子どもは自分で育てたい」という思いが強く、育休後に退職。その後、約6年間専業主婦だった。
事件は、第二子出産後に起こった。第二子が高熱で入院し、第一子の面倒をみるため夫が10日間の有給を取得した。すると、夫の会社から「奥さんが専業主婦なのに休むなんて何事だ!」と給与を減給された。徐々に減らされ、最終的には35%もカットされた。夫は一部上場企業の専門商社で財務の仕事をしていて、管理職だった。
この時菊地さんは、これがパタハラに当たり、このようなことを会社が行なうのは法律違反だと知らなかったために、ただ震える日々を過ごしたという。その後、夫婦で労働関連の法律を必死に調べ、会社と個人交渉して和解したが、夫はその後に転職。この出来事をきっかけに、社労士の資格を取得しようと一念発起した。
受験勉強しようにも専業主婦のため、子どもの預け先に苦労した。認可保育園には落ちて、第一子、第二子ともに無認可保育園に預けた。2人で月15万円。投資と思って支払う分、何が何でも受からなきゃとお尻に火がついた。
受験勉強中に第三子を妊娠。臨月に社労士の試験を受け、自己採点で合格が判明したので、すぐに開業準備に着手した。2010年9月に第三子を出産、11月に合格通知が届き、12月に自分でサイトを立ち上げ、フリーランスとして開業を実現した。
第一子は小学校へ、第二子は認可保育園へ転園し、第三子はまた別の認可保育園へ入園。3つ別々の場所に子どもを通わせることとなり大変だったが、ゼロからコツコツ営業を続けて、2年間で取引先は20社。会社員時代の2倍の年収を稼げるようになったという。
●夫が育休取得すると転職先の会社で再度パタハラに。夫婦で会社経営に踏み切った
35歳で上級資格の特定社労士を取得し、さらに仕事の幅を広げようと弾みをつけた頃、今度は第四子を妊娠する。フリーランスとして開業していたので、産休育休もない状態。休業しても、国民健康保険への加入のため産休の手当金(出産手当金)はなく、社会保険料の免除もない。フリーランスは雇用保険に加入できないため、育児休業給付金もない。
そこで、夫が1年間の育休を取得することになった。この頃、夫は上場企業のメーカーに管理職として転職していた。ところが、育休から復帰後に時短勤務の申請をしたら、今までと全く異なる部署である守衛室を打診された。
夫は1社目の商社でも転職した2社目のメーカーでもパタハラに遭うことになった。ともに上場企業にも関わらず、まだまだ男性の育児参加に理解のないことが伺える。
1社目のパタハラの際、夫はかなりの精神的ダメージを受けていた。けれど、その時菊地さんは専業主婦で収入がなかったため、夫に「辞めていいよ」と言ってあげたくても言えず「我慢して」というしかなかった。それがすごく辛かった。今度は言える。「辞めていいよ」と。夫の会社と金銭解決し、夫も会社員を辞めることになった。ここから、夫婦で保育園を立ち上げることとなる。
【菊地加奈子さんの経緯】
・商社の子会社で人事総務経理の仕事
・銀行系の人材開発の仕事に転職
・26歳 結婚
・27歳 第一子妊娠。辞めたい意思表示するも会社から育休取得を促され1年の休業
~退職し専業主婦に~
・第二子出産後、夫が務める会社からパタハラに遭い会社を転職
・第三子妊娠中に社労士の資格試験を勉強
・第三子出産 社労士試験に合格
・2010年12月33歳 自分でサイトを立ち上げフリーランスの社労士として開業
第二子と第三子は別々の認可保育園へ。第一子は小学校に。
・35歳 上級資格の特定社労士を取得
・第四子出産 夫が育休取得するも転職先の会社でも再度パタハラに遭う
・2012年9月35歳 夫が会社を退職し、夫婦で株式会社フェアリーランドを設立
・2013年2月 フェアリーランド保育園を開設
・2014年8月37歳 第五子出産 よこはまビジネスグランプリ女性起業家賞を受賞
・2017年6月40歳 社労士事務所を法人化
・2017年9月 夫婦の会社を「株式会社フェアリーランド(夫・保育園経営事業)」と「株式会社ワーク・イノベーション(加奈子・事業所内保育の運営支援事業)」に分社化
~現在に至る~
現在は、第一子は小学校。第二子は今までの認可保育園に。第三子は幼稚園からフェアリーランドへ転園。第四子と第五子もフェアリーランド。それぞれの学校や園が終わるとみんなフェアリーランド保育園に集まるという。
(取材をもとに筆者作成)
●働き方を自分で作れる存在になりたい!
菊地さんは専業主婦で保活をしたので、それがどれだけ大変かを知った。共働きの大変さも味わった。子どもが熱を出しても菊地さんは仕事でお迎えに行けず、夫が行くことが続いた時期もあった。
フリーランスで妊娠・出産・育児しながら働き続けることがどれだけ大変かも知った。出産当日まで働いて、普通の会社員だったら産後休業で働かない時期にも、病室で仕事をしていた。フリーランスの保活も困難だった。
異なる立場でのいくつもの経験を経て、「これはおかしい!」と思った。女性にここまで負担を強いる社会の仕組みを変えたいと思った。そこで、働き方を自分で作れる存在になりたいと会社経営に踏み切った。
社労士として柔軟な働き方を提案しても、フルタイムしか認可保育園に預けられないという制度に振り回されている。もっと保育が多様化しないと、働き方は多様化しない。そこで、経営するなら保育園だと思い立った。
夫のパタハラでの退職はきっかけに過ぎず、菊地さんのなかではすでに思いが煮詰まっていた。4人の子どもを別々の預け先に送り迎えするのも、もう限界だった。
2012年9月菊地さんが35歳のときに、保育園経営をするための株式会社フェアリーランドを設立した。
●2つの会社の両輪で、保育と会社を変えていく
働き方の多様化を実現するため、保育園フェアリーランドは国の条件の厳しくない無認可保育園で登録し、入園の条件も「就労要件を問わず、週1回の仕事でも入園出来る」とした。これなら申し込みが殺到するだろうと思ったが、それは見込み違いだった。
時給1000円のパートをすると、多くの母親たちがそれと保育料とを天秤にかけて、これしかお金が残らない、子どもの習い事のお金も稼げない、だったら主婦でいると諦めていると、開園して初めて分かった。週3~4日働いてキャリアを積もうというイメージが、女性達の中にない。同時に、会社もそういう女性を上手く活用する仕組みが出来ておらず、保育料と変わらない低い給料になっている。
妊娠・出産でブランクのある女性は、いきなり正社員はハードルが高い。菊地さんも社労士としての開業当初は、月収4000円の時代もあったが、徐々にステップアップした。けれど、会社勤務で週3日の非正規スタートだと、正社員へのステップアップは難しく、教育もしてもらえない。
お母さん達の意識や保育の仕組み、そして会社も変わらないと!両輪で変えて行かないと絶対に変わらないと思った。そこで、会社を2つに分社化した。株式会社フェアリーランドは新たな保育の仕組みを作っていく。株式会社ワーク・イノベーションはその名の通り、会社の仕組みを変えていく。
保育園を経営しているからこそ、今度は保育園の労務管理に強い社労士として注目してもらえ、社労士の仕事も増えていった。両立支援や女性活躍という幅広い分野での仕事も相乗効果で増えた。5人の子どもも自分の仕事場でもある保育園で過ごせ、自分が子どもの環境を作ってあげられているという実感もあった。
大変だがスタッフの力を借りて、すべてが共鳴し合っているという感覚が持てるようになっていった。
●フェアリーランド保育園の画期的な制度
保育園設立当初、自分は4人も子育てしてきているのだから、子育てのプロだと思っていた。働くお母さんの気持ちも分かるし、保育園経営なんて楽勝だと過信していた。しかし、現実は全く違った。保育園は働く親のためのものと思っていたが、その視点がまず違った。自分の子ども、スタッフの子ども、そして預かる子どもを軸に捉えて、そこから自分やスタッフである保育士の働き方を考えていく必要があった。
例えば、フェアリーランド保育園は開園時間を短くした。通常は7時半~18時半の開園を30分早く終わらせた。18時か18時半に終わるか、夕方の30分は子どもの夕飯もあり、母親でもある保育士にとって大きな差になる。何より子どもにとって、その方がいい。長時間労働をなくす工夫をすると業務改善が起こり、採用の際にもいいスタッフが集まった。このように、子どもにとっていい事は何かを考え、それに働き方を合わせていった。
他にも以下の制度を導入した。
1 子連れ出勤制度、授乳のための育児時間付与
2 パートから短時間正社員、正社員への転換制度
3 パート管理職とサポート体制の強化
4 育休中のスキルアップとスムーズな復帰のための支援
5 担任制ではなく職務ごとに担当・責任を置く人員配置
現在、フェアリーランドの保育士は12名、そのうちパートが10名。子連れ出勤が4名。子連れ出勤のスタッフは、給料も貰うけど保育料も支払うというかたちになり、授乳時間は自己申告制で、その時間は無給となる。保育士の配置基準があるため、授乳で欠けたら一人マイナスと厳密に対応している。授乳に入るタイミングも他の保育士の配置を見ながら、お互いでコントロールしている。
子連れ出勤のメリットの1つが、自分の子どもが過ごす園だから、手は抜かないということ。デメリットは、自分の子が後追いして来て、他の園児の世話ができなくなる場合があること。けれど、これも数週間、長い子でも1ヶ月経てば、普通に過ごせるようになる。保育士のエプロンを付けていたら「先生」、エプロンを外したら「ママ」と子どもが理解するようになる。
パート管理職を設けたのは、パートだから保育補助では、今までのキャリアがもったいない。パートは1日4時間、分割で1日2回に分けて出勤する人もいる。シフトパターンは5~6つもあるという。その分、情報漏れがないように、連絡ノートや伝達事項は蜜に行なっている。
子連れ出勤があるから、産休だけで育休を取得しないスタッフもいる。育休を取った場合は、スキルアップのために在宅ワークで保育園だよりや保育計画を作ってもらったりする。(雇用保険法では育休中も月80時間まで給付金の減額がない)園の様子も分かり、ブランクにならない。
また、クラス分けをせず、担任制を敷かないことでシフトが自由に組める。何か活動的なことをするときには、上の子と乳児を分けている。(フェアリーランドでは0~2歳の保育している)
こうした制度でいいスタッフが集まり、保育の質が上がり、はじめはなかなか集まらなかった入園希望者も、徐々に増えて行った。今は、自分たちの子ども、そして預かる子ども一人ひとりに向き合う保育を実現させるよう運営している。
●すべての原動力は、5人の子どものため
保育園設立の際には、第五子を妊娠していたので、大きなお腹を抱えて夫と物件を探し、役所に保育園の運営方法を教わり、設計確認や備品の購入、人材確保に融資の取り付けと、産む日の朝まで作業を続けた。設立後も画期的な制度を次々に導入し、それを運営していった。その凄まじいエネルギーはどこから来るのか。
すべての原動力は、5人の子どものためと菊地さんはいう。今やっていることが、子どもたちの未来の社会ためになるなら、という思いもある。子どもにとって最高の場所を大人たちが保証してあげるのが保育園の役割でもあるし、お母さん一人ひとりにも課されていると思っている。
つい最近、保育士さんが面接に来た。その女性は別の保育園に就労中だったのだが「夜中の24時まで働かされています」と言った。保育士が子どものためと自己犠牲で保育をやったら、それは保育園の失敗だ。お母さんの自己犠牲の育児も同様に成り立たない。
親だったり、子どもだったり、保育士だったり、それぞれみんなが主役になって欲しい。みんなにとって主役になり得る環境を作ることが、育児と仕事の両立や、働きやすい職場や、全ての問題解決に繋がっている、と菊地さんはいう。
菊地さん、ありがとうございました。
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【雇用関係によらない働き方と子育て研究会は、皆さんのご賛同と共に政府に政策提言をします】
フリーランスや女性経営者など、雇用関係にない女性でも、会社員と同等の労働時間であれば、すべて女性が妊娠・出産・子育てしながら働き続けられるよう、法改正を政府に求めたいと思います。
要望内容は以下です。
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法改正をして雇用関係によらない働き方に従事する女性も出産・子育てと仕事を両立できるよう整備してください!
◆被雇用者の産前産後休業期間と同等の一定期間中は、社会保険料を免除してください。
◆出産手当金(出産に伴う休業期間中の所得補償)は、国民健康保険では任意給付となっていますが、一定以上の保険料を納付している女性には支給してください。
◆会社員と同様かそれ以上の労働時間であれば、保育園の利用調整においてどの自治体においても被雇用者と同等の扱いをしてください。
◆認可保育園の利用料を超える分は、国や自治体の補助が受けられるようしてください。それが難しければ、ベビーシッター代を必要経費もしくは税控除の対象として下さい。
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