インドのオンライン診療の最前線:PractoとMediBuddyの事例研究
私のインド人の友人の中には、オンライン診療を使っている人が何人もいる。調べてみると日本よりインドの方がオンライン医療が浸透しているようだ。インドのオンライン診療事情はどのようになっているのだろうか。
インドの有名なオンライン診療アプリ2つ(PractoとMediBuddy)をインド在住の筆者が実際に使い、またインドのユーザにインタビューをして見えてきたことを解説する。
インドの医療とオンライン診療の状況
インドの医療制度の最大の特徴は、公的医療機関では無料で受診できる点だ。ただ、公的医療機関は多くなく(およそ25%程度)、長い順番待ちが発生することも多い(参考)。
また人口1万人当たりの医師数は日本が約27人なのに対し、インドは約8人と医師不足が深刻だ(参考)。とくに農村部での医療アクセスは乏しい。
そんなインドだが、オンライン診療は日本より浸透が進んでいると言えそうだ。
インドのオンライン診療市場は2022年時点で11億ドル(約1649億円)と推定されている(参考)。
一方の日本は2021年時点で41億円程度であり(参考)、その差は約40倍。人口比を加味しても大きく差がつけられている。
また、日本では、2021年時点では「オンライン診療可能」な医療機関は15.2%。「初診からオンライン診療可能」な医療機関は6.45%に止まる(参考)。
※また「オンライン対応可能な診療機関」が実際にどの程度オンライン診療を行っているかは、データがないため不明である。
インドには上記に対応するデータはないが、インドのオンライン医療の伸びは特にコロナ禍において目覚ましかったと言われている。
例えば、インドの大手の医療アプリ「Practo(プラクト)」のレポートによると、「Practo」を通したオンライン医療相談は2020年3月1日から5月31日までに500パーセント増加し、期間中、約5,000万人のインド人がオンラインで医療サービスを利用したという。
インドの有名オンライン診療アプリはどんなUIUXでどう使われているのか?
ここでは、インドの医療アプリ「MediBuddy(メディバディ)」「Practo(プラクト)」のUIUXとユーザの使い方を簡単に紹介していく。
インドには多くの医療系のアプリがあるが、その中でこの二つを選んだのは、多くの記事で「有名な医療アプリ」として紹介されていたからだ。
MediBuddyは2000年に創業した企業、Practoは、2008年に創業した企業が運営するサービスだ。それぞれの本社はいずれもインドのバンガロールにある。
アプリが具備している機能はほぼ同じで、医師の予約、オンライン診療、薬の配送などのサービスなどだ。
どんなアプリなのか?
MediBuddyとPractoの利用フローや機能は大まかには同じ流れだったため、以下ではMediBuddyをベースとしつつ、特に異なるところがあればPractoのUIUXも解説する。
オンライン診療を受診したい場合は、まず最初に診療カテゴリを選ぶ。
MediBuddyは「皮膚科」「内科」などの診療科を選択させるのではなく、「皮膚の問題」「女性の問題」「風邪、咳と熱」のように「あなたの健康の問題("Your Health Problem")」を選択させる形になっているため、専門知識がないユーザにとってもわかりやすい。
患者側は医療に詳しいわけではないため、自分の困りごとがどの診療科に分類されるかわからないこともあるだろう。
ユーザ目線に立った、親切なカテゴリ表示だと感じた。
またMediBuddyが少しユニークなのは、診察が始まる前にチャットbotを用いて基本的な質問がなされることだ。
多くは選択式で、症状に関することを深掘りされる。
私は自分の健康問題として「風邪、咳と熱」を選択したため、具体的にどのような症状があるかなどを質問された。
事前に回答した情報はオンライン診療開始前に医師に伝達される。これにより、より効率的に診療ができるというわけだ。Practoにはこのような機能はない。
数問の質問に回答し終わると支払い画面になり、どの医師がアサインされたかの情報が表示される。何らかの理由で別の医師に診て欲しいと思う場合は、この画面の「Change Doctor」から変更することも可能だ。
Practoの場合は電話が繋がるまでどの医師なのかはわからないので、この点は少し異なる。
その後数分後に医師から着信があり、オンラインでの問診が行われた。
ちなみに、オンライン問診後でも、3日以内に「フォローアップ」をリクエストすると、無料で再度医師とコミュニケーションを取ることが可能である。
この後チャットで医師から処方箋が送られてくるが、MediBuddyは自分で処方箋を見ながら薬を探す必要がありやや煩雑であった。
以下に画像を掲載するPractoの方は、チャット内の「Buy Medicines」をタップすると、処方された全ての薬が入った状態のカート画面に遷移し、住所設定と支払いをすれば薬の購入・配送が完了するため、MediBuddyと比較すると気の利いた良いUXだと感じた。
インドのユーザのアプリの使い方
PractoとMediBuddy、それぞれを利用しているユーザに「なぜそのアプリを使っているのか」を聞くと、「他と比較検討して良い点があったから使い始めた」というよりも「知名度が高いから」「ネット広告で見たから」「周りからのおすすめ」、という声が多く聞かれた。
Practoユーザでバンガロール在住のAさん(38歳・男性)はこう語る。
オンライン診療は、過去に利用したことがある人以外にとっては新しいものであるため、価格以外に明確な比較軸を持っていることは少ないと思われる。
また仮に「診療の質」を気にするとしても、それも「使ってみないとわからない」ものであり、利用前の比較検討は難しいだろう。
知人や家族の勧めやCM等で最初に出会ったものに懸念点がなければ、まず使ってみて良さそうであれば使い続けるという行動が一般的だと思われる。
また利用シーンとしては、自分で「深刻ではない」とわかっている疾患の時に利用するという場合が多かった。
MediBuddyを利用するムンバイ在住のBさん(33歳女性)はこう語る。
このような意見は他にも何人かから挙がった。特に都会で忙しく働くビジネスパーソンにとっては、隙間時間にオンラインですぐに診療してもらえるメリットは大きいようだった。
ただ、全員がオンライン診療を信用しヘビーに使っているわけではない。
「基本的には対面での診療が望ましく、オンライン診療はあくまで補助的に使うもの」と捉えている方も何人かいらっしゃった。
例えば、MediBuddyを利用するデリー在住のCさん(32歳・男性)はこう語る。
ここまでいくつかユーザの声を取り上げたが、留意したいのは、今回インタビューを行った方は、全員デリー・ムンバイ・バンガロールなど、オフラインの病院も充実している大都市に住んでいる方であることである。
医療が不足しているような地方に住んでいる方にどのように受け止められ、どのように使われているかについては、機会があれば別途調査したい。
日本のオンライン診療サービスとの比較で見えてきたUXの違い
インドと日本のオンライン診療アプリ両方を使ってみて、気づいたことがある。
インドのオンライン診療アプリは、自分の健康問題や診療科を入力したら、病院や医師選択の必要なく、その問題を解決できる医師が自動的にアサインされるというものが多い。
※PractoとMediBuddy以外の主要オンライン診療アプリでも確認済
一方で、日本のオンライン診療アプリは、診療科などで絞り込むことはできるが、最終的には「病院から選ぶ」という手順のものが主流なのだ。
よく調べてみると日本の多くのアプリが「かかりつけ医の診察をオンラインでも受けられる」というコンセプトで運営しているようなのだ。
現時点においては、日本のオンライン診療アプリは「いつもの病院のいつもの先生」に診てもらうというニーズが重視され、「オフラインをオンラインに置き換えた」体験設計になっているものが多いと思われる。
一方でPractoやMediBuddyを始めとするインドのアプリは、オンライン診療に際して「病院を選ぶ」という概念がないものが多い。
病院は関係なく、「ユーザの問題を解決できる医師」をアサインするという形なのだ。
医療機関の場所に関係なく適切な医者をアサインできる、というオンラインの強みを活かした体験設計だと言える。
日本のものが良くない、と一刀両断に批判したいわけではない。
現時点の日本のオンライン診療においては、「かかりつけ医がいる方の再受診」のニーズが高いため、その方々をターゲットとしたサービス設計になっているのだろう。
また、厚生労働省によるオンライン診療に関する指針が「かかりつけ病院と患者をつなぐ」ことに主眼を置かれているため、それに沿った形としている/せざるを得ないという側面もあるのかもしれない(参考)。
医者の友人にヒアリングしたところ、いわゆる「患者紹介ビジネス」とされることを懸念しているのではないかとの意見もあった(参考)。
ただユーザ目線で考えると、オンライン診療を使う際は、オンラインだからこそ「どこの病院のどの先生でも良いから、自分の問題を解決してほしい」というニーズも十分に多くありうるのではないだろうか。
例えば風邪をひき、「早く診断をしてもらって風邪薬が欲しいな」と思ってアプリを開いた時に「どこの病院にかかりたいですか」と聞かれるのは、筆者としては正直なところ違和感がある。
現時点では日本のオンライン診療は「かかりつけ医にオンラインでもかかるサービス」が主流だ。
ただ今後は「オフラインのオンラインへの置き換え」のみではなく、インドのオンライン診療アプリのようなオンラインの強みをより活かした診療スタイルが広がることを期待する。