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混迷の韓国サッカーに警鐘鳴らすレジェンドたちの“勇敢”な発言に“空虚さ”を感じるワケ

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
パク・チソン(写真提供=韓国サッカー協会)

5月間空席だった韓国代表の新監督が決まったことで混迷極める韓国サッカー界へ警鐘を鳴らすレジェンドたちの発言に、韓国国内では賛否が分かれている。

監督選びを進めた技術委員会のひとりだったパク・チュホがその内情を暴露すると、今度はパク・チソンとイ・ヨンピョが、今回の監督人事に苦言を呈して波紋がさらに広がった。

パク・チソンとイ・ヨンピョは韓国サッカーを代表する“レジェンド”だ。いや、「レジェンド」という表現でも足りないほど、偉大な現役時代を送ったのは間違いない。

彼らは韓国代表新監督に就任したホン・ミョンボとともに、2002年日韓W杯で自国をベスト4に導いた英雄たちであり、前者はマンチェスター・ユナイテッド、後者はトッテナムで活躍し、プレミアリーグという大舞台を韓国に紹介した先駆者だった。

(参考記事:「私は私を捨てた」ホン・ミョンボが明かす韓国代表監督就任の苦悩と決断【一問一答全文】

「体系が崩壊」「サッカー人の限界」

だからこそ、彼らが発するメッセージは常に重く、影響力も大きい。パク・チソンとイ・ヨンピョが韓国サッカー協会(KFA)に向けて批判の声をあげれば、大きなニュースになるのはわかっていた。

パク・チソンは7月12日、ソウル国立現代美術館で行われた「MMCAプレー:ジュニアフットサル」のイベント終了後に報道陣の取材に応じ、「“体系を正して前に進むだろう”という期待は5カ月前が最後だった。今は体系そのものが完全に崩れた。戦力強化委員会を構成し、正しい選任手続きを踏むと発表したが、結局はそうすることができなかった」と発言するなど、KFAを痛烈に批判した。

イ・ヨンピョも同月9日、自身が解説を務める『KBSスポーツ』を通じて「私を含め、韓国のサッカー人たちの限界を見た。私を含め、我々は行政をしてはいけない。サッカー関係者たちは行政をしてはならず、文字通り消えるべきだと考えた。さまざまな状況を見て、我々はまだそれだけ(行政に介入するだけ)の資格がない」と、自国サッカー界に向けた踏み込んだ発言をした。

実際のところ、2人の発言に間違った内容はほとんどない。KFAは批判を受けること以上に、「無能力で情けない」という評価から逃れられることはできないだろう。

パク・チソンとイ・ヨンピョの“パンチ”は、KFAとチョン・モンギュ会長にとって明らかなダメージにもなった。2人の立場としても、発言が勇気の必要な行動であることは明らかだ。

ただ、『スポーツソウル』サッカー班のチョン・ダウォ記者は、「韓国サッカー界の事情をよく知る関係者の間では、パク・チソン氏とイ・ヨンピョ氏の“正しい言葉”の裏にある“空虚さ”に注目する人物も多いようです」という。

KFA副会長も務めたイ・ヨンピョだが…

それは、2人の引退後の行動のためだ。

イ・ヨンピョは2021年から2023年まで、KFAの副会長を歴任した。彼が副会長を務めた当時も、KFAは拙速な行政やシステム崩壊などで批判を浴びた。

例えばイ・ヨンピョが主導的にプロジェクトを進めたアジアカップ誘致事業は凄惨に失敗した。

また、在任期間の昨年3月には、Kリーグ八百長事件の関与者など各種不正行為で懲戒を受けているサッカー関係者100人を奇襲的に“赦免”とする決定を下した大きな物議を醸した。イ・ヨンピョは、この不正行為者赦免問題の余波で副会長職の辞任を表明しているが、副会長のひとりとしてチョン・モンギュ会長の“独りよがり”の決断を止められず、反対もできなかったことも事実なのだ。

それにイ・ヨンピョは彼が直接監督選びに加わる機会を得ることもできた。

イ・イムセン技術委員長は「個人的にはイ・ヨンピョのような立派な方が(KFAに)来て、韓国サッカーを輝かせてくれることを望んでいる」とし、イ・ヨンピョがKFAの技術委員会で活動することを望む意思を公に明らかにした。

しかし、イ・ヨンピョはそのラブコールには応えなかった。

イ・ヨンピョ(写真提供=韓国サッカー協会)
イ・ヨンピョ(写真提供=韓国サッカー協会)

パク・チソンの発言に全北関係者は冷めた反応も

パク・チソンも変わらない。

2014年6月に現役引退したパク・チソンは、2017~2018年にKFAのユース戦略本部長を務めた。選手引退後では初めてサッカー組織で務めたが、在任約1年で同職を退いている。

KFA内部で限界を感じたという話もあったが、一部では定住するイギリス滞在問題のため、早期に退いたのではないかという懐疑的な視線が送られたこともあった。

さらに言うと引退以降のパク・チソンはサッカーでは結果を残せていない。テレビ解説者やマンチェスター・ユナイテッドの公式アンバサダー(現在は務めていない)、AFC(アジアサッカー連盟)の委員など、サッカーセレブとしては結果を出しているが、“勝負”では結果を残せていない。

2021年からKリーグの常勝軍団。全北現代(チョンブク・ヒョンデ)モータースのテクニカルディレクターを務め、外国人監督選びにも関与するなどしているが、2022年は準優勝、2023年は4位、今季はKリーグ1(1部)で12チーム中11位の降格圏内に沈んでおり、クラブ初の2部降格の危機にさらされている。クラブ内外ではパク・チソンの「責任論」が出て久しい。

パク・チソンがKFAを批判したように、誰かがパク・チソンに対して声を挙げたならば、彼はどのような答えを出すだろうか。前出のチョン記者によれば、全北と密接な関係にある複数の関係者は、KFAに対するパク・チソンの発言に冷笑的な反応を示したという。

2人と対照的な“暴露者”パク・チュホへの反応

一方で、監督選任過程に関する“暴露”をしたパク・チュホは、KFA国家代表戦力強化委員会の委員として実際に活動しただけに、積極的に意思を表現し、批判する資格があるという反応が多い。

自ら泥のなかに身を投じ、実際に感じた限界を話せば、当然、説得力を得ることができる。パク・チュホがあっという間に韓国サッカーの“英雄”のように伝えられた背景でもある。

「KFAに懐疑的な韓国サッカー界ですが、少なくともパク・チソン氏やイ・ヨンピョ氏ほどの“大物”であれば、口だけで批判するのではなく、韓国サッカーを健全な環境にするためにある程度の役割を果たした後、口を開かなければならないという反応があるようです。

やりたくない監督を任せようということでも、無償で犠牲を強要しようというものでもありません。ただ、彼らが自分たちに与えられた役割を上手く果たせたかどうか、あるいは韓国サッカーのためにもっと積極的に活動に取り組んでいれば、現在の韓国サッカー界を取り巻く環境が少しは変わったのではないかと、残念な思いを吐露する人もなかにはいます」(チョン記者)

2014年ブラジルW杯以来、約10年ぶりに韓国代表を指揮することになったホン・ミョンボ新監督は就任後初のスケジュールとして、欧州出身コーチ選任を目的とした欧州出張のため今月15日に韓国を出国した。帰国は1週間後程度を予定しているというが、その頃にはKFAや韓国代表をめぐる世論に変化はあるだろうか。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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