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プログラミングの力で貧困の連鎖を止める・・・恵比寿Unity部の活動とは

小野憲史ゲーム教育ジャーナリスト
恵比寿Unity部の「部室」全景(写真は全て著者撮影)

ゲーム開発ツール「Unity」で子どもの社会格差を是正する

2020年度から公立小学校でプログラミング教育の必修化が始まるのに先駆け、全国でさまざまな取り組みが始まっている。企業やコミュニティが主体となって、ビジュアルプログラミング言語のScratchを教えたり、模型のロボットを制御したりする教室などが好例だ。もっとも、首都圏と地方で内容や開催頻度の二極化が進んだり、参加者層が世帯年収の高い家庭の子どもに偏ったり、ボランティアベースでの活動に限界があったりと、さまざまな課題も見られる。

こうした中、「プログラミングの力で貧困の連鎖を止める」ことをビジョンに掲げ、ゲーム開発エンジンの「Unity」を用いて、独自の活動を進めているのが「恵比寿Unity部」だ。ゲームの受託開発やコンサルタントなどを手がける株式会社オーナカ(東京都渋谷区)が運営する私塾で、2018年4月にスタート。引きこもりなどの様々な事情を抱える子ども達を対象に、毎週月曜日の午後に施設を無料解放している。この全国でも珍しい取り組みについて、見学に訪れた。

エデュケーションマネージャーの澤口奨吾氏(左)と代表の伊藤周氏(右)
エデュケーションマネージャーの澤口奨吾氏(左)と代表の伊藤周氏(右)

家庭の事情でプログラマーになれないのはおかしい

恵比寿Unity部が入居しているのはJR恵比寿駅にほど近いマンションの一室だ。室内の一角には畳じきのスペースがあり、ちゃぶ台に向かってプログラムをしたり、疲れたら寝転がって本を読んだりすることもできる。代表取締役社長の伊藤周氏としばらく歓談していると、数名の参加者が顔を見せ始めた。備え付けのノートPCを開くと、書籍を片手にUnityでゲームを作ったり、3DCGのキャラクターを作ったりと、みな思い思いの時間を過ごしている。特に決まったカリキュラムなどはなく、子ども達のやりたいことにあわせて、必要に応じてボランティアスタッフがサポートするのだという。

恵比寿Unity部を立ち上げた伊藤周氏はゲーム業界では知る人ぞ知る実力派エンジニアだ。大手ゲーム会社でプログラマーとして働いていたが、Unityの存在を知ると独学で勉強を始め、Unityを国内で展開するユニティ・テクノロジーズ・ジャパンに転職。エヴァンジェリストとしてUnityの普及と啓蒙に携わった。もっとも、次第にプログラムを学ぶのにPCを購入したり、家庭にインターネット回線を引いたりと、少なくない投資が必要になることに対して、疑問を感じるようになったという。

1973年生まれで、子どもの頃にホビーパソコンでゲーム作りを楽しんだ伊藤氏。この世代にとってプログラムは、それほど縁遠い遊びではなかった。実際に今、ゲーム業界の第一線で活躍しているプログラマーは、多かれ少なかれ似たような原体験を有している。しかし、ゲーム作りが産業化されるにつれて、次第にプログラムは一般の人々には縁遠い存在になっていった。本当に支援を求めている子ども達にとっては、なおさらだ。

「家庭が裕福でなければプログラマーになれないのでは、機会の平等に反しています。だからこそ、さまざまな問題を抱えている子ども達がUnityを学んで、社会に羽ばたける場所を作りたかったんです。自分自身振り返ってみても、中学・高校の6年間で好きなことを好きなだけを追求できたら、どんな大人になったんだろうと思います。Unity恵比寿部に通ってくる子ども達も、すぐに僕なんかを追い越してしまうんじゃないか・・・そんな風に期待しています」と伊藤氏は語る。

ボランティアスタッフを通してUnityでゲーム作りを学ぶ参加者
ボランティアスタッフを通してUnityでゲーム作りを学ぶ参加者
3Dキャラ作成ツール「VRoid Studio」を学ぶ参加者も見られた
3Dキャラ作成ツール「VRoid Studio」を学ぶ参加者も見られた

このように恵比寿Unity部の取り組みがユニークなのは、当初から就業対策を意識している点だ。日本では雇用問題が貧困問題と結びつきやすい。しかしプログラムのスキルを磨けば、就業にも有利になる。その時に伊藤氏が選んだのが、勝手知ったるUnityだった。Unityはプロのゲーム開発現場で広く使われており、Unityに習熟すれば、ゲーム業界に就職する道も開ける。こうした理由からゲームの受託開発などと並行して、「Unityを用いたプログラミング教室」を始めるに至ったのだという。

一連の取り組みは徐々に成果を出し始めている。2018年10月に開催された地域イベント「恵比寿文化祭2018」では、参加者が協同で『恵比寿VRシティ』を制作・出展した。恵比寿ガーデンプレイスからJR恵比寿駅に続く坂道を、高速で跳び回る体験ができるVRコンテンツで、イベントの参加者から喜ばれたという。2018年12月には恵比寿Unity部として初のゲームアプリとなる『わくわく!ぴっきんぐあっぷる』もAndroid向けにリリースした。画面上の少女をタップして、時間内に上から落下するリンゴを回収するもので、中学生の女の子が一人で作り上げたゲームとなる。

『わくわく!ぴっきんぐあっぷる』はGoogle Playで無料配信中だ
『わくわく!ぴっきんぐあっぷる』はGoogle Playで無料配信中だ

子ども達の居場所作りを通して癒される日々

もっとも現状では、子どもの貧困問題にうまく手を差し伸べられない課題も抱えている。地域に活動を知らしめるには行政との協業が不可欠だが、行政側にはプライバシー保護の問題や、貧困ビジネスから子ども達を守るなどの責任もある。運営元のオーナカが民間企業である点も課題となり、当初は取り組みについて理解が得にくかったという。その後、伊藤氏らの継続的な取り組みが実を結び、最近では行政側とも情報共有が計れてきた。現在では中学生から社会人まで5~6名の常連が集う場になりつつある。参加者が増えれば、週1回ではなく2回、3回と回数も増やしていく予定だ。

ただし伊藤氏は「ことさらに社会正義をふりかざすつもりはない。むしろ子ども達の居場所を作ることで、自分自身が癒されているのが実情」とも補足する。「恵比寿Unity部の活動はすべて、弊社の持ち出しでやっています。最初は仕事をしながら、平日に子ども達の居場所を作るなんて、できるのかなとも思いましたが、やってみたら意外とできました。参加者が少ない時はリモートワークで業務もできますしね。それに、誰だって良い人になりたいじゃないですか。それが、自分の時間や能力を少しだけ提供することで、達成できるんです。恵比寿Unity部を始めたことで、そのことを実感しました」

実際、恵比寿Unity部を始めたことで、同じようにボランティアに関心があるという声も寄せられるようになったという。最近では大手企業のエンジニアがボランティアで子ども達の面倒を見に来てくれるようにもなった。「働き方改革の一環で、企業が副業を認める方向に進んでいますが、その時にボランティアも視野に入れてみて欲しいんです。副業をするようなイメージで、社会貢献や地域貢献に取り組んでみるのも、悪くないんじゃないでしょうか」。人から強制されると途端に辛くなるのは、遊びもボランティアも同じだ。子どもの居場所作りは、大人の居場所作りに繋がるのかもしれない。

ゲーム教育ジャーナリスト

1971年生まれ。関西大学社会学部卒。雑誌「ゲーム批評」編集長などを経て2000年よりフリーのゲーム教育ジャーナリストとして活動中。他にNPO法人国際ゲーム開発者協会名誉理事・事務局長。東京国際工科専門職大学専任講師、ヒューマンアカデミー秋葉原校非常勤講師など。「産官学連携」「ゲーム教育」「テクノロジー」を主要テーマに取材している。

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