「障害者差別許さない」女児死亡事故裁判 聴覚障害の弁護士が、手話で意見陳述
「聴覚障害者は、思考力、言語力、学力を獲得するのが難しく、就職自体が難しい。したがって、逸失利益(生涯の収入見込み額)の基礎収入を、聞こえる女性労働者の40パーセントとすべき……」
危険運転によって命を奪われた難聴の女子児童に対して、被告側が民事裁判で突き付けてきたこの主張に、今、多くの批判や疑問の声が寄せられています。
公益社団法人・大阪聴力障害者協会は、
『被告側の主張は、障害のある全ての人に対する侮辱で、聴覚障害者を含めた全ての障害者はひとりの人間として扱われないという、優生思想ともみなされる差別の問題である』
という声明文を掲げ、5月27日、公正な判決を求める以下の緊急署名を開始。わずか4日で、当初の目標だった1万人をはるかに超える署名が集まっています。
<大阪府立生野聴覚支援学校生徒事故の公正な判決を求める要請署名運動へのご協力のお願い | 公益社団法人 大阪聴力障害者協会>
■てんかんを隠して運転。5人死傷の大事故に
本件の概要については、5月6日、以下の記事で取り上げました。
聴覚・視覚障害の弁護士たちが立ち上った! 難聴の11歳女児死亡事故裁判に異議(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース
事故は、2018年2月1日、大阪府立生野聴覚支援学校の前で発生しました。
同校の5年生だった井出安優香さん(当時11)は、先生や友達と下校途中に横断歩道の前で信号待ちをしていたところ、突然暴走してきたホイールローダーに至近距離から突っ込まれたのです。
安優香さんは死亡し、一緒にいた児童2人と教員2人も重傷を負いました。歩行者には何の落ち度もない事故でした。
加害者の男(当時36)は、「難治てんかん」という脳の持病を持っており、意識を失うような発作がいつ起こるかわからないという状態でした。医師からは車を運転しないよう注意されていたにもかかわらず、虚偽の申請をして免許証を取得。仕事で重機の運転を続けていたのです。
こうした行為が極めて悪質だとみなされ、加害者は危険運転致死傷罪で起訴。2019年3月、懲役7年の判決を言い渡され、刑務所に収監されています。
■母が語る、娘と二人三脚で歩んだ11年間
5月26日には、大阪地裁で第7回目の民亊裁判が開かれました。
法廷には手話通訳者が2名配置され、1人は聴覚障害のある弁護人に、もう1人は傍聴席の聴覚障害者に向けて、通訳を行いながら裁判が進められていきました。
まず、原告側の席に立った母親の井出さつ美さん(50)は、娘の安優香さんと歩んだ11年間を振り返りました。
「娘は誕生後すぐに聴覚障害があるとわかり、医師からは『話すことは不可能です』『コミュニケーションは手話のみになります』と言われました。しかし、私たちは、話せるようになってほしいと思い、0歳のときから、早期教育の教室に通い、自宅でも絵日記をつけたりして、親子で頑張ってきました。自宅から遠い生野聴覚支援学校を選んだのも、障害があっても将来の可能性が開かれるようにしたいと考えたからです」
日々の学習成果が表れ、安優香さ上記記事中の動画でも紹介した通り、手話でも音声でも、コミュニケーションが取れるようになっていたそうです。
さつ美さんは、そうした親子の日々の歩みを無視するかのような被告側の主張に、強い憤りを覚えたと言います。
「私は、11年間の娘の努力と、私たち夫婦の愛情が否定されたと思い、悔しくてたまりません。娘は努力家でした。事故がなければ、立派な社会人になっていたに違いありません。どうか、娘の人生を、聴覚障害者だからという理由で、勝手に決めつけないでください。裁判所におかれましては、娘には様々な可能性があったことを、どうかご理解ください」
■聴覚障害の弁護士が、自身の体験をもとに意見陳述
続いて意見陳述を行ったのは、自身も聴覚障害のある2人の原告側弁護士でした。
最初に意見を述べたのは、久保陽奈弁護士です。
久保弁護士は、自身が安優香さんよりも重い感音性難聴であることを述べた上で、
「補聴援助システムや音声認識アプリ等のテクノロジーを利用することによってコミュニケーションをとり、訴訟活動その他弁護士としての業務を行ってきた」
と陳述しました。
父親の努さん(48)は語ります。
「久保弁護士は最後に、はっきりとこう言ってくださいました。まだ11歳だった安優香には、なりたい職業をなんでも選び、目指すことのできる未来があったはずだ。被告らの主張は偏見に基づくものとしか考えられず、容認できるものではない、と……」
次に、手話で意見陳述をした松田崚弁護士は、まず、聾学校でおこなわれている聴覚障害の特性にあわせた教育を、自身の経験を踏まえながら具体的に紹介しました。
その上で、被告側の偏見ともとれる主張に対してこう反論したのです。
「私も今、11歳のときには全く思いもしなかった、弁護士として働いています。業務の時は、手話通訳やメール等を使いながら、依頼者との打ち合わせ、電話、会議や交渉、裁判等に当たっています。その基盤には、聾学校や家庭で養った読み言葉・書き言葉があり、また聴覚障害者が大事にしてきた手話があるからです。
しかしながら、悲しいことに、手話はかつて、聾学校や家庭で禁止され、有害だ、言語ではない等という理由で、蔑視されてきた歴史があります。聴覚障害のある人々は、声で話せない、聞こえないから何もわからない、コミュニケーションがとれないなど劣った人々として、偏見差別を受け、苦しんできた歴史があります。
今回の被告の『聴覚障害者は、思考力・言語力・学力が劣っている』などといった評価・主張は、まさに歴史的な偏見に基づく評価・主張であり、誤りです。このような偏見が聴覚障害者にとって、「障壁」すなわち障害そのものなのです」
■被告側損保会社は障害者雇用の環境作りをアピール
努さんはこの日、安優香さんが最期の日まで使っていた補聴器を胸ポケットに入れ、一緒に意見陳述に耳を傾けていたそうです。
「裁判では、聴覚障害の弁護士さんたちが心からの陳述をしてくださいました。私がこの日驚いたのは、聴覚障害があっても、手話通訳や、新しい機器、アプリ等を使って、裁判の場においても問題なくコミュニケーションをとっておられたことです。その姿を拝見したとき、時代は確実に変わってきているのだということを痛感しました」
(*久保弁護士が実際に使用している音声認識アプリ等については、上記特集番組の画像をご覧ください)
被告側の任意保険会社である三井住友海上は、同社のサイト三井住友海上火災保険 障がい者採用ホームページ に、『全国の職場で働く障がいを持つ社員が、それぞれの職場で「働く喜びを見出し、能力を十分に発揮できる」職場環境づくりを目指し、1987年8月に「チームWITH」を発足しました』と明記しています。
しかし、交通事故の被害者には、なぜこのような理不尽な対応をするのか……。
原告である井出さんの代理人弁護団は、今後、そのあたりの矛盾も追及していくとのことです。
多くの聴覚障害者が社会で活躍できている……、その現実が、法廷の場で当事者によって語られた今、被告側は逸失利益の減額主張を押し通すことができるのか、そして、裁判官はどのような判断を下すのか。
現在、原告である井出さんに協力する弁護団は30名以上となり、この裁判は他の障害者団体からも大きな注目を集めています。