Yahoo!ニュース

感染症と人類の歴史 これまで人類は感染症とどのように戦ってきたのか

忽那賢志感染症専門医
Antoine-Jean Gros. ヤッファのペスト患者を見舞うナポレオン

新型コロナは100年に一度のパンデミックとも言われる、社会に大きな影響を与えた感染症となりました。

これまでに人類は他にどのような感染症と戦ってきたのでしょうか。

感染症と人類の戦いの歴史を振り返りたいと思います。

天然痘の流行

人類を最も苦しめてきた感染症の一つに天然痘があります。

古代エジプトの王様であったラムセス5世のミイラには、天然痘によると思われる痣が残っており、紀元前から天然痘という感染症が存在していたことが分かっています。

東大寺の大仏の開眼供養の様子
東大寺の大仏の開眼供養の様子

日本でも天然痘は長らく大きな脅威であり、東大寺の大仏は当時流行していた天然痘の流行が収まることを願って作られたとも言われています。

また、16世紀には、新大陸に持ち込まれた天然痘がアステカ帝国やインカ帝国の滅亡につながったとされています。このように感染症は、文明の興亡に大きな影響を与えてきました。

ペストの流行

ペストがガイコツとして描かれ、あらゆる階級の生者へと襲いかかり、容赦なく蹂躙する様子が描かれている(Pieter Bruegel 死の勝利)
ペストがガイコツとして描かれ、あらゆる階級の生者へと襲いかかり、容赦なく蹂躙する様子が描かれている(Pieter Bruegel 死の勝利)

古代ローマや中世ヨーロッパでは、「黒死病」と呼ばれたペストが大流行し、多くの人々が犠牲となりました。14世紀のヨーロッパでは、ペストによって人口のおよそ3分の1が失われたとされています。

「死の勝利」はペストについて描かれた絵画であり、ガイコツの姿をしたペストが多くの人達を襲っている様子が描かれています。この絵画では、老若男女を問わずみなペストに蹂躙されてしまっています。

抗菌薬もなかったこの時代では、ペストに対して人類は為す術もなかったことが分かります。

ペスト医 
ペスト医 

ペストが流行していた時代、まだペストの病原菌は見つかっていませんでしたが、医師は図のような服装でペスト患者の診療をしていたという記録が残っています。

当時は病原体であるペスト菌が見つかっていたわけではなく、飛沫感染という経路が意識されていたわけではありませんが、瘴気という悪い空気を吸わないようにということでマスクも着けられていたようです。実際にペストには肺ペストという病型があり、肺ペストでは飛沫感染によって人から人に感染します。いわば、最初の個人防護具のようなものとも言えるでしょう。

また、ペストが流行していた時代、検疫という考え方が生まれました。当時、船舶からのペストの侵入を阻止するため、アドリア海のドブロブニク(現クロアチア)の港に接岸する前、40日間を港外に隔離されました。この「40日間(イタリア語で「Quarantine」)」が検疫(quarantine)の名の由来になっています。ここでも病原菌は分かっていないにも関わらず感染症の「潜伏期」が意識されていたことになります。

ペストはノミから感染することから、不衛生な環境がペストの温床になっていました。衛生環境を改善することでペストを減らすことに成功しました。

ペストによる被害は甚大であり、文明を大きく揺るがせた感染症でしたが、当時の人々の叡智によって感染症対策が行われました。

ワクチンの発明と微生物の発見

ジェンナーが8歳の少年ジェームズ・フィップスに最初のワクチン接種を行う様子 1796年5月14日(Wikipediaより)
ジェンナーが8歳の少年ジェームズ・フィップスに最初のワクチン接種を行う様子 1796年5月14日(Wikipediaより)

18世紀には、エドワード・ジェンナーによる天然痘ワクチンの開発が行われ、ワクチンの先駆けとなりました。

ジェンナーは、牧場で乳搾りをしている人が天然痘にかからないことに注目しました。牛から人に感染する種痘に罹った人は天然痘に対する免疫を持つようになるのではないかという仮説のもと、ジェンナーは種痘に感染した牛から採取した痂皮を接種し、その後被接種者が天然痘に感染しないことを証明しました。

19世紀に入ると、19世紀末には、ロバート・コッホらの研究によって細菌学が発展し、さらには医学の進歩により感染症の原因がウイルスや細菌であることが明らかになってきました。

20世紀には、ワクチンの開発・進歩によって1980年には天然痘が根絶され、またポリオや麻しんなどの感染症の流行を大きく抑えることに成功しています。

また、ワクチンは天然痘だけでなく、ポリオや麻疹などの感染症の予防にも成功し、大規模な流行が抑えられるようになりました。

スペインかぜの流行 

1918年にジョージア工科大学のフットボールの試合を観戦する観客の様子(PMID: 32737790より)
1918年にジョージア工科大学のフットボールの試合を観戦する観客の様子(PMID: 32737790より)

1918年から1919年にかけて、スペインかぜと呼ばれるインフルエンザが世界中で大流行し、多くの死者が出ました。この感染症は、第一次世界大戦中の兵士の移動や人の往来によって急速に拡大し、最終的には約5000万人の命が奪われたと言われています。スペインかぜは、インフルエンザAであったことが分かっていますが、当時はまだインフルエンザワクチンは開発されておらず、またオセルタミビル(タミフル)などの抗ウイルス薬もなかったことから、大きな被害を生みました。

スペインかぜで亡くなった方の多くは、インフルエンザに続けて起こる細菌性肺炎が原因で亡くなったのではないかと言われています。

当時はまだ抗生物質のない時代であり、肺炎などの細菌感染症にかかると多くの方が亡くなりました。

路面電車の運転手がマスクを着けていない人の乗車を断る様子(The WWII Museum New Orleansより)
路面電車の運転手がマスクを着けていない人の乗車を断る様子(The WWII Museum New Orleansより)

当時の様子が写真や絵画として記録に残っていますが、当時も今回のCOVID-19の流行と同じように(おそらく症状がない人も含めて)マスクを着用していたことが分かります。

また、体育館のような広い場所で患者を隔離して治療を行うということも、このスペインかぜの時期から行われており、今回のCOVID-19の診療でも行われました。

抗生物質の発見

1943年、研究室でのフレミング博士(Wikipediaより)
1943年、研究室でのフレミング博士(Wikipediaより)

アレクサンダー・フレミングが抗生物質を発見したのは1928年のことです。

ある日、フレミングは数日間の休暇から実験室に戻ると、彼が放置していたペトリ皿の中には多くの細菌が繁殖していました。その皿には、黄色ブドウ球菌という細菌が培養されていましたが、皿のある部分にペニシリウム属というカビが生えており、そのカビの周囲では黄色ブドウ球菌が死んでいることに気づきました。これが、ペニシリンが細菌の成長を抑えることを発見した瞬間でした。この物質が後にペニシリンと名付けられ、抗生物質の歴史の幕開けとなりました。1940年代には、ペニシリンが大量生産され、第二次世界大戦中の傷病兵の治療に使用されました。

また、ペニシリンやストレプトマイシンなどの抗生物質は、ペストや結核などの細菌感染症に効果的であり、人類の命を救う薬として大きな貢献を果たしています。

抗生物質は今も細菌感染症の治療薬として非常に大きな役割を果たしており、人類の歴史の中で最も偉大な発明の一つとも言われています。

一方で、フレミング博士は1945年のノーベル賞の受賞講演で、抗生物質の乱用が細菌の耐性を引き起こすことについての懸念を表明していました。これは、後に現実となり、現在は薬剤耐性菌による感染症が世界における大きな課題となっています。

このように過去の感染症の歴史で得られた知見は、今回のCOVID-19の流行において、ワクチン開発、抗ウイルス薬の開発、感染予防策(手指衛生、マスク着用など)の実践や効果的な対策の策定に大きく貢献しています。

COVID-19のパンデミックに対して行われた対策は、これまで人類が長い歴史の中で感染症と対峙し、培われてきた経験が礎となっていることを忘れてはなりません。

今回のCOVID-19のパンデミックでも私達は多くのことを学び、たくさんの反省点が見つかりました。mRNAワクチンの導入、抗ウイルス薬の開発、下水サーベイランスによる流行状況の把握、核酸検出などの診断技術の向上など科学的にも多くの進歩がありました。

5月8日から新型コロナは5類感染症となり、日本国内でも関心が薄れていくかもしれませんが、大事なことは、こうした培われた経験を形として残し、反省すべき点を改善し、次の感染症のパンデミック対策に活かすことでしょう。

参考文献:

「感染症の歴史」リチャード・ガンダーマン

「感染症の世界史」石 弘之

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

忽那賢志の最近の記事