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北朝鮮が憲法に韓国を「敵国」と定めた理由とは!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
南北連結道路爆破の瞬間(韓国合同参謀本部配信)

 今朝の北朝鮮の国営通信「朝鮮中央通信」は東・西部の軍事境界線地域で南北を連結していた道路と鉄道を完全に閉鎖したことに関する報道の中で10月7~8日の間に開催された最高人民会議第14期11次会議で南北関係に関する憲法の条項が改正されていたことを伝えていた。

 同通信は南北連結道路の爆破は「大韓民国を徹底的な敵対国家として規制した共和国憲法の要求と敵対勢力の重大な政治的・軍事的挑発策動によって予測不能の戦争の瀬戸際に突っ走っている深刻な安保環境から発した必然的かつ合法的な措置である」と報じていた。

 また、人民軍総参謀部が「朝鮮民主主義人民共和国の主権行使領域と大韓民国の領土を徹底的に分離させる段階別実行の一環として、南部国境の東・西部地域で韓国と連結された我が方の区間の道路と鉄道を物理的に完全に断ち切る措置を取った」として江原道高城郡カムホ里一帯の道路と鉄道60メートル区間と開城市板門区域トンネ里一帯の道路と鉄道60メートル区間を爆破、閉鎖したことも合わせて伝えていた。

 韓国では最高人民会議では12年制義務教育制の実施と公民の労働年齢と選挙年齢の修正が討議されだけで統一問題や南北関係に関する言及がなかったことや金正恩(キム・ジョンウン)総書記も出席しなかったことから南北関係に関する憲法改正はなかったとの見方が支配的だった。その理由については「人民の理解がまだ得られていない」とか「法の整備に時間がかかっている」等の分析がなされていた。

 韓国政府関係者も含め多くの専門家は憲法改正の発表がなかったのは意外と受け止めていた。というのも、金総書記は1月の最高人民会議第14期10次会議で「三千里の錦繍江山」や「8千万同胞」のように北と南を同族にまどわす残滓的な単語を使用しないことや大韓民国を徹頭徹尾、第1の敵対国、不変の主敵と確固と見なす教育を強化することを憲法の条文に明記させ、さらに憲法にある「北半部」「自主、平和統一、民族大団結」という表現を削除することを金総書記が次回の最高人民会議で審議し、憲法を改正することを指示していたからだ。

 「最高尊厳」である金総書記の指示は北朝鮮では絶対化されているので遵守しなければならない。案の定、憲法が改正されていたことが今回の「朝鮮中央通信」の報道によって判明した。

 金正恩体制下では最高人民会議は延べ20回開かれているが、金総書記は半分近く欠席している。直近の4年間だけをみても、9回のうち5回欠席していた。

 実は、金総書記は最高人民会議代議員ではない。今から5年前の2019年3月に行われた選挙で金総書記は代議員には選出されていなかった。選挙直後に開催された最高人民会議第14期2回会議では憲法が改正され、国家首班がそれまでの最高人民会議常任委員長から国務委員長に替わっていたが、金総書記は出席していなかった。

 北朝鮮はこの時も憲法を改正し、金国務委員長が国家首班になったことを即時発表せず、3か月後に労働新聞を通じて伝えていた。

 国務委員長である金総書記は以後、国家元首として最高人民会議に出席し、施政演説を行っているのである。これは韓国の大統領が国会議員ではないのに国会で施政演説するのと一緒である。

 いずれにせよ、憲法に基づけば、北朝鮮は今後、韓国を「敵対国」それも「不変」の「第一」の敵国扱いすることになる。南北関係にとっては、特に南北統一を国是としている韓国にとっては実に不幸なことである。

 北朝鮮は文在寅(ムン・ジェイン)前政権の時は南北関係が進展しないことに苛立ち、晩年は対立していたもののそれでも「韓国は敵ではない」と言っていた。

 例えば、金総書記は2021年10月の国防発展展覧会での演説で「我々の主敵は戦争時代であって、米国と南朝鮮など特定した国家、勢力ではない」と述べ、また、妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長も2022年4月に談話を発表し、「すでに南朝鮮(韓国)は我々の主敵でないことを明らかにしている」と述べていた。

 それが一転したのは2022年3月に韓国で行われた大統領選挙で「平和は対話では実現できない。対話が通じるようにするには確固とした軍事的力量が前提となる」とか「北朝鮮は国民が不安がれば、文政権を支持するだろうと計算し、あのようにミサイルを発射している。私に政府を任せてくれれば、あの者(金正恩)の癖もしっかり治す」と発言していた保守の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が選出されてからである。

 尹大統領は当選すると、2022年5月に米「CNN」や「VOA」とのインタビューで「一時的な挑発と対決を避けるための過去のアプローチは失敗だった。宥和政策を取る時代はもう終わりだ」、「文在寅の対北ビラ禁止法は間違っている。民間次元で行われている人権運動を規制するのは穏当ではない」などと発言し、さらに大統領就任演説では「一時的に戦争を回避する脆弱な平和ではなく力による平和」を連呼したことで北朝鮮の対韓視点が180度変わってしまった。

 金総書記は尹大統領就任から2カ月の7月には「戦勝(停戦協定)記念日」の演説で「尹政権は歴代のどの保守政権よりも極悪非道な同族対決政策」と発言し、8月にも「南朝鮮の傀儡こそが我々の不滅の敵である」と敵意を露わにしていた。

 また、昨年1月の労働党中央委員拡大会議での演説でも「韓国は疑いもなく我々の明白な敵である」と発言したこともあって尹錫悦政権もまた、目には目で、翌2月に「2022年国防白書」を発表し、金正恩政権を「主敵」と規定してしまった。

 従って、昨年12月末に開催された党中央委員会全員会議で金総書記が「我々を「主敵」と宣布して、外部勢力と結託して『政権崩壊』と『吸収統一』の機会だけをうかがう一味を和解と統一の相手に見なすのはこれ以上我々が犯してはならない錯誤と思う。北南関係はこれ以上同族関係、同質関係ではない敵対的な両国関係、戦争中にある両交戦国関係に完全に固着された」と発言していたことから今回の憲法改正はそうした流れの帰着とも言える。

(参考資料:北朝鮮 「さらば韓国!」 「10月7日」は南北「永久分断」の歴史的な日となるか!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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