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韓国軍が無人機を平壌上空に飛ばしたのは北朝鮮の軍事挑発を誘導し、戒厳令を敷くためとは驚いた!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
国軍の日の軍事パレードで金龍顯前国防相と尹錫悦大統領(大統領室記者団)

 挑発は北朝鮮の専売特許と思いきや、韓国も負けじと北朝鮮を挑発していた。それも驚いたことに局地戦を誘導するための挑発だった。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の非常戒厳令の内幕を追及している国防委員会所属の最大野党「共に民主党」(民主党)の朴範界(パク・ポンゲ)議員が軍関係筋から得た情報によると、戒厳令の計画を練った金龍顯(キム・ヨンヒョン)前国防部長官は軍合同参謀本部を訪れ、「なぜ、北朝鮮のビラ風船に警告射撃をしないのか、風船を飛ばしている原点(地点)をなぜ攻撃しないのか」と、金明秀(キム・ミョンス)合同参謀本部議長を叱責していたようだ。

 金議長が指示に従わないため側近の呂寅兄(ヨ・インヒョン)国軍防諜司令官に指示し、10月3日に平壌に無人機を飛ばしたと、朴議員は韓国のメディアに語っている。不思議なことに今回、戒厳軍司令官に制服組トップの金議長ではなく、朴安洙(パク・アンス)陸軍総参謀長を任命したのはこうした背景があったようだ。

韓国が平壌に侵入させたとされる無人機(朝鮮中央通信から)
韓国が平壌に侵入させたとされる無人機(朝鮮中央通信から)

 

 それにしても恐ろしい話だ。仮に、北朝鮮が挑発に乗り、手を出せば、局地戦争、へたをすると全面戦争に発展したかもしれない。

 無人機が首都に侵入した際、北朝鮮の人民軍総参謀部は国境線付近の各砲兵連合部隊に完全射撃準備態勢を整えることに関する作戦予備指示を12日に下達し、13日には国防省スポークスマンが「無人機が再飛来すれば、宣戦布告とみなす」と警告していた。

 翌日には金正恩(キム・ジョンウン)総書記が初めて、国防・安全分野に関する協議会を招集し、無人機侵入に関する李昌虎(リ・チャンホ)偵察総局長からの報告と対応軍事行動計画に関する報告を李永吉(リ・ヨンギル)総参謀長から受けていた。

 北朝鮮は「忍耐の限界線を越えた大韓民国軍事ごろの危険で無分別な政治的・軍事的挑発行為に対する最後の警告はすでに下された」と、言葉は強烈だったが、あくまでも「我が共和国に対する主権侵害行為が再発する場合、あらゆる災難の根源地、挑発の原点は我々の過酷な攻勢的行動によって永遠に消え去るようになるであろう」と、「今度またやったら」の条件付きだった。現実には牽制、威嚇しただけで以降もビラ風船だけをひたすら飛ばしていた。

 それにしても尹大統領はいつ頃から戒厳令を画策していたのだろうか?おそらく、その時期は7月頃からではないだろうか。支持率の急落と同時に国会に尹大統領の弾劾訴追発議を要求する嘆願が7月3日に100万人を突破したことから危機感を感じ始めたのではないだろうか。

 弾劾の理由として▲海兵隊員の殉職事故への職権を乱用▲金建希(キム・ゴンヒ)夫人の不正疑惑▲南北関係の悪化などが挙げられていたが、何と言っても最大の理由は夫人にあった。

 「民主党」など野党6党は金夫人に国会召還や国会が指名した特別検察官による捜査を可能とする「特権法」を押し通そうとしていた。株操作など夫人の様々な疑惑が追及されれば、いずれ大統領も火の粉をかぶることは目に見えていた。

 従って、野党の動きを封じ込めるには憲法で保障された大統領固有の権利である戒厳令のカードを切るほかないと思っても不思議ではない。しかし、大義名分がなければそう簡単には切れないし、また国民の支持も得られない。

 戒厳令に関する憲法第77条には「大統領は戦時・事変またはこれに準ずる国家非常事態において、兵力をもって軍事上の必要に応じまたは公共の安全秩序を維持する必要がある時には、法律が定めるところにより戒厳を宣布できる」となっているからである。大義名分に最適なのは北朝鮮の軍事的挑発である。

 米韓連合軍副司令官を務めたこともある元陸軍大将の金炳周(キム・ビョンジュ)民主党議員は8月19日に国会国防委員会で「尹大統領は弾劾されそうになれば、戒厳令を宣布するのでは」と質したことがあった。また同じく国防委員の金民錫(キム・ミンソク)議員も8月21日に今回の内乱の首謀者である金龍顯氏が8月12日に国防長官に任命されたことについて「(北朝鮮との)局地戦と『北風』(北朝鮮の脅威)醸成を念頭に置いた戒厳令準備のための作戦なのでは」と、尹大統領の国防・安保関連の人事を戒厳令と結び付けて質していたことがあった。

 蓋を開けてみると、いずれも事実だった。金龍顯前国防長官は北朝鮮を挑発して、「北風」を起そうとしたのである。

 北朝鮮は5月から脱北団体の対北ビラ散布に対抗して「汚物風船」や「ゴミ風船」を韓国に向け飛ばし始めたが、これに対して韓国軍が「北朝鮮が耐えられないような措置を取る」として拡声器放送に踏み切ったのは周知の事実である。

 また、韓国軍は9月5日、1時間にわたって海の軍事境界線と称されている北方限界線(NLL)上にある延坪島とペクリョン島から自走砲と多連装ロケットを使って射撃訓練を実施し、計390発の砲弾を海上に放っていた。韓国軍のこのエリアでの海上射撃訓練は6月26日以来、実に70日ぶりのことであった。それでも北朝鮮は手を出さなかった。

 また、合同参謀本部は「国民の安全に深刻な危害が及ぶか、レッドラインを越えたと判断した場合、断固たる軍事措置を取る」と北朝鮮を牽制していたが、北朝鮮がレッドラインを越えることはなかった。

 業を煮やした金前国防長官は無人機が平壌に飛来し、金総書記の執務室のある労働党庁舎の上空から金総書記を扱き下ろすビラを散布すれば、北朝鮮は過去の例からして間違いなく、無人機を飛ばしてくるか、韓国が実効支配しているNLL上の島に砲弾を撃ち込んでくるとのシナリオを描き、呂防諜司令官に無人機を平壌に飛ばすように命じたものと推察される。

 実際にかつて北朝鮮は金正日(キム・ジョンイル)時代の2009年に脱北団体の対北ビラ散布に対して10月28日に「軍が実践行動を取る」と警告し、11月23日には延坪島を砲撃したことがあった。また、金正恩政権下でも2014年1月に京畿道蓮川からのビラに向け対空機関銃を10数発発射したこともあった。

 結局、待てど暮らせど、北朝鮮が軍事行動を起こさなかったことから止むを得ず、「私は北韓(北朝鮮)共産勢力の脅威から自由大韓民国を守り、韓国国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北反国家勢力を一挙に撲滅し、自由憲政秩序を守るために非常戒厳を宣布する」と、野党を従北反対国家勢力と位置づけ、戒厳令を布告したものとみられる。

 無人機の侵入に北朝鮮が対抗措置を取り、局地戦となれば、それを理由に戒厳令を発令する筈だったのに狂いが生じたことで尹大統領は墓穴を掘ってしまったようだ。

 

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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