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フランスでなく、スイス?張成沢の妻、金慶喜出国の謎

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

金正恩第1書記の叔母で、昨年12月に処刑された張成沢国防副委員長の妻・金慶喜党書記(政治局員)が、夫の処刑後、北朝鮮を出国し、スイスに滞在していると、「読売新聞」が報じたのが1月30日。

「スクープ」から数日経ったが、「読売」の続報もなければ、大騒ぎしてしかるべき韓国メディアの後追いもない。スイスの病院で治療を受けているのか、それともどこか隠れ屋で静養中なのか、はたまた慶喜氏の異母弟・金平日氏が大使として赴任しているポーランドに移ってしまったのか、足取りが掴めてない。

金慶喜書記の動静は昨年9月9日に人民軍内務軍楽団の公演を甥の正恩夫妻と夫の張成沢氏と共に観覧したのが最後。以後、夫が解任された12月8日の政治局拡大会議にも、12月17日の兄・金正日総書記2周忌の追悼大会にも、12月24日の金正日国防委員長推戴22周年関連の太陽宮殿参拝にも、さらに大晦日の深夜に行われた新年恒例の参拝にも姿を見せなかった。動静不明期間としては2012年の5月1日から7月25日までの85日間を大幅に上回り、過去最長である。

夫処刑の翌日に死去(12月13日)した金国泰政治局員の葬儀では、葬儀委員リストの6番目に名前が載っていたことから政治的には健在が確認されたものの、一向に表に出てこないためその動静が注目されていた。

長期不在の理由の一つとしてアルコール中毒などによる健康悪化説が挙げられている。

重い病気を患っているなら、治療のための海外渡航、滞在はあり得るが、治療先がスイスと言うのは、過去には前例がない。北朝鮮の幹部、要人の多くは、治療先は、友好国ならば、中国かロシア、西欧諸国ならフランスと決まっていた。

例えば、1994年に肺ガンで死去した当時軍No.1の呉振宇人民武力相も、2004年に乳癌で死去した金正日総書記の夫人、高英姫氏(正恩第一書記の実母)も末期までフランスで治療を受けていた。また、金正日総書記もしかりで、2008年に脳卒中で倒れた際にフランスから医者が急派されたのは周知の事実である。

金慶喜氏の「健康悪化説」は今に始まったことではない。以前から健康悪化が噂されていた。しかし、これまでにスイスの病院に入院したとの報道や情報は皆無だ。

例えば、一昨年(2012年)は、9月1日に金正日総書記就任15周年行事に出席した後、10月8日まで不在であったことから、韓国メディアに「9月から10月にかけてシンガポールと推定される第3国の病院で治療を受けていた」と報じられ、昨年もまた9月から10月にかけて「ロシアで治療を受けた」と報じられていた。中央日報(2014年1月9日付)にいたってはロシアではなく、米情報当局者の話として「フランスのパリで手術を受けた」と伝えていた。

病名や病状の深刻度はどうであれ、韓国の国家情報院は「健康は悪化していない」と「健康悪化説」そのものを否定している。国家情報院は今回、いち早く「張成沢失脚」の情報を入手していただけにその情報は無視できない。仮に金慶喜氏のスイスへ出国が病気治療でないならば、静養、もしくは逃避の可能性が考えられる。

金慶喜氏は昨年、元旦の宮殿参拝を皮切りに9月9日まで計19回、金正恩氏と行動を共にした。そのうち、自身が党軽工業部長として長年関わってきた軽工業部門の全国大会(3月18日)を除くすべてに夫の張成沢氏も随行していた。

金慶喜氏は、特に国家体育指導委員会委員長として夫が関与していた体育行事、例えば、教職員体育競技(4月25日)、保健関連勤労者の体育競技(5月1日)、東アジアカップを制した女子サッカー祝勝会(7月31日)にすべて顔を出している。さらに、8月の公式活動はたったの2回だが、それらはいずれもサッカー競技の観戦だった。

それだけではない。昨年5月に平壌の大同江の畔に豪華な鉄板焼き店やショッピングモールを備えた「花海棠館」がオープンしたが、外国からの外資や企業誘致の責任者であった張成沢氏が手掛けたものである。オープン直前(4月27日)にお披露目があったが、ここにも金慶喜氏は顔を出していた。巷間伝えられるように、夫婦仲が犬猿ならば、顔も見たくない筈で、夫と行動を共にすることはあり得ないのではないだろうか。

もしかすると処刑に賛同したのではなく、逆に学生時代にモスクワまで追っかけ、駆け落ちし、40年以上も連れ添った夫を処刑しないよう嘆願したのではないだろうか。それをどうにも止められなかったというのが真相かもしれない。

奸悪な家臣らよって張成沢氏に着せられた罪は国家転覆を企てた反逆罪である。北朝鮮では一家の主が罪を犯せば、連帯責任を取らされ、家族、親族もろとも地方に追放されるか、収容所に送られる。現に、張氏の姉(張桂順)と夫の全英鎮キューバ大使、甥の張勇哲マレーシア大使らは本国に召還され、処刑されている。哀れにも張大使の2人の息子も含めて直系の親族は全員処刑されたとされている。

まして、張成沢氏に科せられた罪は過去に遡っていた。死刑判決文には「ずいぶん前から汚らわしい政治的野心を抱いていた」と書かれていた。

金慶喜氏は本来ならば妻として、あるいは党最高幹部の一人として夫の、あるいは同志の大罪を黙認、見逃したことへの責任を問われてしかるべきだ。ところが、金正日総書記の実妹であり、金正恩氏の血の繋がった叔母であるが故に免罪された。当然、夫を見殺しにしてしまったことへの、あるいは連帯責任を取らされなかったことへの世間の風当たりは強いはずだ。

パリに留学していた一人娘(琴松)を2006年に失い、兄に続き夫まで失った慶喜氏に今の北朝鮮には居場所がないのではないだろうか。仮に夫を死に追いやったその魔手がいずれ自分にも迫ってくるかもしれないとの危機感を抱いているなら国内にはいられないはずだ。

かつて、北朝鮮にいられなくなり、静養を目的に国外に出てスイスに移り住んだ人物がいる。金正恩氏の異母兄、正男氏の実母である成恵琳である。北朝鮮のトップ女優であった成恵琳は正恩氏の実母である踊り子の高英姫に金正日総書記が心を寄せたため、いたたまれなくなり80年に国外に出て、二度と帰らぬ人となった。

ジュネーブには張成沢氏の側近である李秀英元スイス大使(党行政副部長)が80年代に200万ドルで購入した敷地面積2500坪、建坪約500坪の一軒家がある。この家は、レマン湖畔の木立の中にあり、登記上はジュネーブ駐在北朝鮮代表部の所有になっている。また、クロード・メルモンという地区にも大使館名義のマンションがある。

金正日総書記の遺言執行人とされる金慶喜氏がスイスの銀行に隠匿されている兄の資産の一部を相続しているなら海外暮らしに困ることもない。

スイス滞在が静養のための一時的なものか、それとも「第二の成恵琳」となるかは、3月9日の最高人民会議代議員選挙で再選されるかどうかにかかっているといえよう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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