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朴槿恵前大統領罷免から1年。"3人の大統領"から見る韓国の現在

昨年の3月10日、朴槿恵弾劾後に「勝利」した革新系市民団体がソウル市内を行進した

ちょうど1年前のことだ。

韓国で現地取材をしたものの、日本メディアに掲載できなかった風景がある。

2017年3月10日、朴槿恵大統領罷免。この際に"勝利"した反朴槿恵派・革新系市民団体の行進風景を掲載することが出来なかった。

その日、朝は冷え込んだが、正午近くには小春日和になっていた。韓国の運命を決める現場となった憲法裁判所で「弾劾案可決」が宣告されたのが午前11時すぎ。そこからしばらくして、韓国では「進歩系」と呼ばれる革新派による行進が始まった。ソウル市安国洞から景福宮前を通り過ぎ右折。青瓦台(大統領官邸)まで緩やかな坂道を登っていった。

歩みはゆったりとしていた。旗を振り、シュプレヒコールを続けながら歩く。雰囲気は穏やかだったが、主張する内容は鋭利なものだった。

「朴槿恵を監獄に!」

クライマックスでは大統領官邸青瓦台の門の前まで行き、「監獄に!」というコールが繰り返された。罷免の次は、監獄へ。徹底的に相手陣営を追い詰める、という考えが現れていた。

監獄の模型を持ち出してパフォーマンスする参加者も。本稿写真全て筆者撮影
監獄の模型を持ち出してパフォーマンスする参加者も。本稿写真全て筆者撮影

2016年10月24日の中央日報系テレビ局「JTBC」のスクープから始まった、朴槿恵元大統領関連の一大スキャンダル(友人が国政の判断に介入していた)は、同国史上初の任期中の”解任”で決着がついた。

韓国ではこれを「ロウソク革命」という言葉でも表現する。ロウソク、とは革新系の市民団体が集会で用いてきた思想の象徴だ。2016年12月3日夜にはソウル市内で警察推定43万人が参加した大集会も行われ、朴槿恵訴追の運動が一気に高まっていった。

その言葉を借りるのなら、現場の雰囲気は「革命の後」だったのだろう。実際に革命など見たことないが、強い権限を持つ国の大統領が、その国の歴史上初めて任期中の「解任」となったのだ。実際には韓国国会が弾劾案を憲法裁判所に提出し、これが可決されたことによる罷免だったが、革新系の市民団体が世論を喚起したことは確かだ。

ひとときの安堵の表情を浮かべる革新系市民団体の参加者。セウォル号惨事の真相究明を求めるカードを掲げる。裁判官の多数決によって決められた判決は”罷免”が8-0で勝つという”圧勝”だった
ひとときの安堵の表情を浮かべる革新系市民団体の参加者。セウォル号惨事の真相究明を求めるカードを掲げる。裁判官の多数決によって決められた判決は”罷免”が8-0で勝つという”圧勝”だった

09年の李明博時代から始まる保守系政権が事実上終わりを告げ、政権交代が起きることは察しがついた。

時代が変わった。そして変わっていく。そういう予感に包まれた空間だった。

しかし日本の週刊誌に記事として望まれたのは、同じ日、負けたほうの支持派(保守系)が、韓国法律裁判所前で暴徒化した風景の方だった。バスを破壊し、火炎瓶に火をつけ警察と揉み合った。死者も出た。そちらのほうが確かに分かりやすかった。

2017年3月10日は韓国史にとって大きな分岐点となる一日だった。1年後の韓国社会の雰囲気はどういったものか。くしくも2日後には李明博元大統領のソウル特別検察による召喚が控える。現職文在寅大統領を含めた”3人の大統領”に注目しつつ、現地メディアの報道から見ていきたい。

"もともとは左右半々"。98年からの20年間スパンの大統領選挙結果で見てみる

本題に入る前に、情報の整理が必要だろう。いったい何の話なのか、と。

韓国社会の左右(保守と革新)対立の話だ。

なにせ筆者自身も、周囲から「韓国社会、いったいどうなってんだ? デモばっかりやってて」という話をよく聞く。

よく、このデータを引き合いに話をしている。

「2012年12月、大統領選挙時の得票率

保守系 朴槿恵51.6%:革新系 文在寅48.0%

(投票率75.8%)」

左右がもともとは半々なのだ。あるいは、”半分は反対派”とすれば理解しやすい。それは対立が激しくなる。日本では意外とこのデータが紹介されることが少ない。実際の得票数は100万票近い差はあったが、分かりやすさからこの話をよくする。

筆者自身、6年前に朴槿恵が勝った2012年の大統領選挙日に韓国で現地取材を行ったが、「国会でも政党が優位に立つ革新系・文在寅が勝つ」との雰囲気があった。実際に原稿もそちらの視点で準備を進めていた。それほどに熾烈な戦いだった。

左右対立こそ、ここ数年の韓国社会を読み解く重要なキーワードだ。この朴槿恵罷免もそう。3月14日のソウル中央検察による事情聴取が決まった李明博元大統領の問題もそうだ。

ちなみに日本関連の問題でも大きな動きを見せるのも左右の強い思想を持つ市民団体だ。慰安婦問題に大きな声を上げるのは革新系の市民団体。竹島問題、安倍首相への抗議運動は保守系というふうに。

1年前の「週刊文春」に白黒で採用された写真のカラー版。朴槿恵前大統領罷免決定時に現場近くに集まった人数は、バリケードの奥にいる保守系の方が多かった
1年前の「週刊文春」に白黒で採用された写真のカラー版。朴槿恵前大統領罷免決定時に現場近くに集まった人数は、バリケードの奥にいる保守系の方が多かった

韓国の大統領の任期は5年1期だ。1998年以降を10年ごとに分けて考えると大きな流れがつかめる。

98年2月―03年2月 金大中政権 (史上初の革新系)

03年2月―08年2月 盧武鉉政権 (革新系)※途中、約2ヶ月の職務停止期間含む

――――――政権交代―――――

08年2月―13年2月 李明博政権 (保守系)

13年2月―17年3月 朴槿恵政権 (保守系)

 

98年に金大中政権が生まれ、大韓民国史上初めて政権交代が起きた。以降10年は革新系が政権を握った(盧武鉉大統領時代まで)。

09年に再び保守系が政権を取り返す。李明博政権が5年続き、さらに2013年から朴槿恵政権が5年続くはずだったが、4年1ヶ月でこれが終わった。3月10日に罷免されたからだ。

お互い10年やってみて、どうだったのか。本来その結果は、2017年12月に大統領選挙として問われるはずだった。しかし朴槿恵罷免により約9ヶ月早まったのだ。

その罷免直後に現地で取材していた際、冒頭の行進のなかにいた40代後半の男性がこんなことを言っていた。

「2014年セウォル号事件時の「空白の7時間(事故が起きた直後7時間の朴槿恵前大統領の行動が明らかにされていない)」ですでに我慢が限界にきていた。2017年末の大統領選挙で決着がつく、と思っていたが、2016年10月に発覚した国政スキャンダルで一気に世論に訴えて、早く政府を倒したいと考えるようになった」

朴槿恵は罷免後の2017年3月12日に「大統領としての最後の一言」として党の代弁人を通じてコメントを発表した。

「事実はいつか必ず明らかになる」

これに対し、筆者のSNSでは韓国人の友人たちが大ブーイングを浴びせていた。なぜ「左右対立を深刻にして申し訳なかった」「ここからは融合してほしい」と一言言えなかったのかと。

罷免を受け、5月9日に行われた大統領選挙の結果は次のとおりだった。

革新系 文在寅 41.08%:保守系 洪準杓24.03%:中道 安哲秀21.41%

投票率77.2%

保守系が大きく票を失ったいっぽう、中道政党の候補が一気に票を伸ばした。内外に対し過激な主張をする左右陣営に対し、もう、「ケンカをやめて」という考えの層が確かに存在するということだ。

文在寅 支持率低下は”第一公約”によるもの

この前任大統領の弾劾劇から1年、就任から約9ヶ月。文在寅大統領の支持率は「65%前後」といったところだ。

今年2月末の支持率(韓国の世論調査会社『リアルメーター』調べ)は、「63.5%」と報じられた。また1月第3週時点での別の世論調査会社「韓国ギャラップ」の調査では「67%」。就任から数ヶ月は各社平均で平均80%に迫る勢いもあった頃と比べると、低下傾向は確かだ。

 

韓国ギャラップ社はまた、1月第3週の発表で、調査対象者が「文在寅支持を取りやめた理由」を掲載している。1位はこの点だった。

「過去の出来事の暴露/報復政治 21%」

この点が、3月10日に大きく注目された点と関わりがある。韓国最大の通信社「聯合ニュース」は罷免1周年としてこんな記事を配信した。

「”朴槿恵を罷免する”から幕を開けた積弊清算」

積弊清算。韓国語で「チョクペ・チョンサン」という。「左右対立」とつながりのあるこの言葉、韓国の2017年3月10日以降の1年での重要用語のひとつだ。

 

言葉の主は他ならぬ文在寅大統領。就任後、自身の公約を「国を国らしく」というタイトルの文書で発表している。この1ページ目にこう記されている。

「朴槿恵、崔順実の国政壟断積弊を清算します」

いわば、大統領が一番最初に記した公約。「積弊(チョクペ)」の処分が「ロウソク革命」がさらに完成していく大きなテーマだとも捉えられている。

「積弊」。日本語では「せきへい」。聞き慣れない漢字の言葉だろうが、日本語の辞書にも意味は掲載されている。

長い間に積もり重なった弊害。また、積年の疲れ。「積弊を除去する」

――デジタル大辞泉(小学館)

韓国ではこれが転じて、(ざっくりと言えば)「年配の保守系層。既得権益を欲しいがままにしてきた層」を指す。「壟断」も聞き慣れないだろうが、これは「権力者が権益を好きなようにすること」。「清算」とは、言葉通り、これらに処分を与えるということだ。

つまり、文在寅支持率低下の最大の原因「過去の出来事の暴露/報復政治 21%」と同じ意味だ。

繰り返しになるが、文在寅は大統領として「まずやることと」して自ら挙げた点について、「やりすぎ」とも見られているのだ。

「積弊(チョクペ)清算」。その矛先は現在、李明博元大統領にも向けられている。

李明博 ”恩師の死による、文在寅の政治的報復”と言い切る

ソウル中央検察は6日、李元大統領を収賄疑惑の容疑者として事情聴取することを発表した。

容疑は、大統領の在任期間中、大統領府の総務企画官らが国家情報院に計17億5000万ウォン(約1億7500円)を上納させたこと。ほか、過去に設立や経営に介入したとされる自動車部品メーカーが投資諮問会社に投資した140億ウォン(約14億円)についても疑いをかけられている。これを回収する際の不正行為があったのではないかと。不正を疑われる総額は100億ウォン(約10億円)以上に達する。

捜査の後、逮捕状が請求されれば、韓国の歴代大統領としては盧泰愚(ノ・テウ)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)、朴槿恵(パク・クネ)に続き4人目ということになる。

今から遡ること約2ヶ月、朴元大統領は自身の元側近に捜査が及んでいた1月17日に、自らカメラの前に立ち声明を発表した。

「大統領時代の私の部下に聞くのならば、私に話を聞け」という趣旨だった。つまり潔白を主張する内容。冒頭部分を抜粋すると、今の韓国国内の情勢が伝わってくる。

国民の皆様、私は大変恐縮な思いでいます。惨憺たる心情でこの場に立っています。

大韓民国は短い期間で産業化と民主化をすべて成功に導いた国であります。

短い期間、とは暗に「初代大統領以来97年まで続いた保守系政権の力が大きかったとの主張」と取れる。言葉はこう続いた。

大統領退任後、この5年間、「4大河川再生事業」「資源外交」「第2ロッテワールド建設問題」など、多くの件で捜査を受けました。これにより多くの苦痛を受けましたが私と共に働いた高位公職者の権力型の不正はありませんでした。

「4大河川再生事業」とは国内の4大河川を再生させるとして約2兆円の予算を投じたが、結局河川の自浄作用が失われるなど失敗したこと。工事の発注過程も不透明とされてきた。また「資源外交」とは韓国政府としてカナダなどで海外資源開発を積極的に進めた際、財源を借金に依存した問題だ。

しかし、最近は歴史の蒸し返しや報復政治により大韓民国の根幹を揺るがす事柄に対し、惨憺たる思いを抱いています。積弊清算という名前の下進む検察捜査に対して、多くの国民が保守系を潰滅させるものだと見ています。このための政治工作であり、盧武鉉大統領の死に対する政治報復だと見ているということです。

盧武鉉大統領の死、とは09年5月、大統領退任後の盧武鉉氏が山歩きの際に岩場から落下し、自殺したことを指す。李明博大統領時代の出来事だ。当時、盧氏は後援者である製造業の社長から妻や親戚への資金許与が疑われ、検察から事情聴取を受けていた。逮捕も検討されていたとされ、”クリーン”を最大の売りにしていた盧氏は強く心を痛めていたとされる。

文在寅現大統領は、盧武鉉元大統領の愛弟子として知られる。弁護士から政治家に転じた点が共通している。02年の大統領選記事の釜山地区選挙対策本部長を皮切りに、大統領就任後の弁護団幹事、秘書室長を務めるなど強い関係があった。

李明博元大統領は、こういった背景から、自分の側近への捜査が及んだ段階で「はっきりと自分を狙っている」とも言い切った。

政権が変わると、敵方を徹底的に駆逐しあう。韓国の左右対立の凄惨さが伝わる言葉でもある。

朴槿恵 懲役30年にも「ぎこちない笑顔を見せるだけ」

では”左右の対立”に敗れ、ちょうど1年前に”解任”を告げられた朴槿恵は今どうしているのか。拘束された身の彼女の様子が「東亜日報」10日の記事で報じられた。

「朴前大統領は、罷免直後の昨年3月末、検察に拘束されてから1年近く、京畿道の義王市にあるソウル拘置所に収監中だ。朴前大統領は驚くほどに入所初日から同じ行動パターンを維持しているという。彼女は毎日午前4時ごろに起床し、英韓辞典を読んで一日を始め、午後10時には寝床につく」

「毎日3度の食事は欠かさないが、配食された食事の半分以上は残す点も収監初期と同じだという。一日30分ほど与えられる運動の時間には、歩くなど軽い運動を行う」

2012年12月、大統領選当選翌日に朝鮮戦争戦没者の墓地を訪れる朴槿恵前大統領
2012年12月、大統領選当選翌日に朝鮮戦争戦没者の墓地を訪れる朴槿恵前大統領

「検察の一審公判で懲役30年を求刑されたのが先月27日だった。朴前大統領はこの日、夕方に情報を伝えられたという。担当看守から『求刑期間が少し長くなった』と伝えられるや、朴前大統領はぎこちない笑顔を見せるだけで、特に動揺する様子は見せなかったという」

「朴前大統領は最近1~2週間に一度ずつ順番にユ・ヨンハ、ド・テウ弁護士と接見している。朴前大統領は控訴審の際には法廷に再び出席する方案を議論中だという。依然として兄弟など家族とは接見を行っていない」

“3人の大統領”の姿を比べると、この社会を紐解くキーワード「左右対立の厳しさ」が浮かび上がる。10日を機に、韓国の与野党はコメントを発表した。革新系与党は「よくなった」といい、保守系野党は「より葛藤が深くなった」という。反対の内容を口にするあたり、1年経っても厳しい左右対立の問題は依然として存在していることの証だ。

日本にも大いに影響のある北朝鮮を巡る国際情勢で、新たな動きを見せる韓国。その一方、国内状況では左右の政治対立が続き、さらに新たな局面を迎えようとしている。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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