「特許を取れれば他人の特許権を侵害することはない」ということはありません
任天堂対コロプラの訴訟について書いた前回の記事で付記的に書いた「自分で特許を持っていても、それを理由として他人の特許権を侵害しなくなるということはありません」という部分に結構な反応がありました。この機会に、自分が特許権を持っていることと、他人の特許権を侵害しないことの関係について説明します。私が金沢工業大学虎ノ門校(社会人向け大学院)の授業で使っているたとえです。
新規性・進歩性がある発明を例に使うのは難しいので(ちょっと無理がありますが)椅子がない世界というものを想定します。人々は不便だなと思いながら床に座ったり、切り株に座ったりしていました。
ここで、Aさんが板に4本の脚を付けて、その上に座ると楽で、持ち運びも便利であることを発見しました。Aさんは、「座板+4本の脚」というクレーム(特許請求の範囲)で特許を取得しました。これにより、Aさんは「座板+4本の脚」という構成要素を持つ椅子の製造販売を独占できます。他の人がこの椅子を製造販売するためには、Aさんとのライセンス契約を結ぶ必要が生じます。
後に、Bさんは、この椅子に背もたれをつけるとさらに楽であることを発見し「座板+4本の脚+背もたれ」というクレームで特許出願しました。背もたれなし型の椅子は既に世の中で公知になっていますが、背もたれをつけるというアイデアが公知でなく、かつ、誰でも思いつく当たり前のアイデアではないと特許庁に認めてもらえば(つまり、進歩性のハードルをクリアーできれば)Bさんは「座板+4本の脚+背もたれ」の椅子の特許を取得できます。
では、Bさんは自分が特許を取った「座板+4本の脚+背もたれ」の椅子の製造販売を自由にできるでしょうか?答えはノーです(この点、多くの人が誤解しています)。どうしてかというと、「座板+4本の脚+背もたれ」の椅子も「座板+4本の脚」という構成要素を持つ椅子であることに変わりはないからです。Bさんが自分の特許発明である椅子を製造販売するためにはAさんのライセンスが必要です(これを特許発明が利用関係にあると言います)。特許を取ればその技術については独占使用できる(法文上は「実施する権利を専有する」と書いてあります)のですが、その意味するところは他人の実施を禁止できることであって、自分の実施が保証されるということではありません。
一方、Aさんは背もたれなしの「座板+4本の脚」の椅子を製造販売できますが、「座板+4本の脚+背もたれ」の椅子はBさんのライセンスなしには製造販売できません。また、第三者が「座板+4本の脚+背もたれ」の椅子を製造販売しようと思った時には、Bさんのライセンスを受けるだけでは足りず、Aさんのライセンスも必要となります。
通常はこのようなすくみ合いの状況はAさんとBさんが自分の特許を相互にライセンス(クロスライセンス)することで解決されます。特許制度の本来目的はこのようなスキームで改良発明を奨励しつつ、発明者にインセンティブを与えることにあります。
任天堂対コロプラに話を戻してみると、任天堂はコロプラのぷにコンの特許が任天堂の特許と利用関係にある(と任天堂が考えている)にもかかわらず、単独で他社にライセンスを行なっていることに態度を硬化させた可能性があるかと思われます。もちろん、上記の椅子のたとえ話では利用関係はクリアーなわけですが、ぷにコンが任天堂の特許権を侵害しているかどうかはクリアーではない(任天堂はしていると思っていますし、コロプラはしていないと思っています)ので、裁判で争うということになるわけです。