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泥酔した女性が性行為に同意していると誤信したら無罪か

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■はじめに

 先日(平成31年3月12日)、福岡地裁久留米支部が、準強姦罪で起訴された会社役員の男性に対して、無罪を言渡しました。準強姦罪とは、被害者に薬物やアルコールなどを飲ませて抵抗できないか、あるいは抵抗が著しく困難な状況(「抗拒不能(こうきょふのう)」)にさせて性交したり、被害者がそのような状況にあるのを利用して無理に性交を行う犯罪です。

判決で西崎裁判長は、「女性はテキーラなどを数回一気飲みさせられ、嘔吐(おうと)しても眠り込んでおり、抵抗できない状態だった」と認定。そのうえで、女性が目を開けたり、何度か声を出したりしたことなどから、「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と判断した。

出典:毎日新聞2019年3月12日 12時32分(最終更新 3月12日 16時01分)

 ちょっと分かりづらいかもしれませんが、裁判所の論理は、(1)被害女性は泥酔しており有効な同意ができるような状態にはなかったが、しかし、(2)女性が同意していると被告人が誤信するような状況にあったので、被告人には(強姦するとの)故意がなく、無罪である、というものです。

 抵抗できないほど泥酔している(初対面の!)女性が、目を開けたり、何度か声を出したような状況は、はたして性交について「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況」なのでしょうか。また、どうしてそのような考え方になるのでしょうか。

 なお、準強姦罪は今は「準強制性交等罪」(刑法第178条)といいますが、本件は改正前の事件ですので行為時の罪名を使います(条文の内容はほぼ同じです)。

■解説

*女性は抵抗できない状態だった

 まず、準強姦における「抗拒不能」とは、心理的・物理的に抵抗が著しく困難な状態のことです。本件の泥酔状態もその判断が問題になりますが、過去の判例では、抵抗がまったくできないような状況でなくてもよいとされています。これは、一般の強姦罪では、暴行や脅迫が被害者の抵抗を完全に封じてしまうほどの強いものでなくてもよいと解されており、準強姦罪でもこれと同じように解釈されています。裁判所が、泥酔していた女性について「抗拒不能」状態にあったと認めたということについては、違和感のない認定だったと思います。したがって、裁判所は、女性が客観的には性交について有効に同意できないような状態にあったということを前提にしています。

 問題は、女性が性交について積極的な拒否の意思を示さず、抵抗もしなかった(できなかった)ことを、「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と評価することの妥当性です。

*過失強姦罪は存在しない

 ところで、行為者の認識と客観的な事実に食い違いがある場合は、刑法学では〈錯誤〉の問題として議論されています。刑法は故意犯の処罰が原則ですが、故意とは〈犯罪事実の認識〉のことで、たとえば傷害罪でいえば、行為者が今から自分が実行しようとしている行為は〈人を傷つける行為だ〉と認識していれば、傷害の故意があったということになります。だから、マネキン人形を壊そうと思って石を投げたところ、それは〈マネキン人形(器物)〉ではなく〈人〉だったという場合は、傷害罪の故意はなく、過失傷害罪になります。この場合、行為者が軽率でほんの少しの注意を払っておれば〈人〉であると気づいたはずだったとしても、彼は現実には行為時に〈人〉とは認識していなかったわけですから、〈人を傷害するな〉という規範(ルール)を意識的に破った(←これが故意)といえず、なぜもっと注意しなかったのかという意味で過失責任が問われることになります。

 本判決の背後には、このような錯誤の考え方が見られます。

 つまり、同意のない性交が強姦(犯罪)であって、同意のある性交は犯罪ではないというように、従来から〈被害者の同意〉がつねに犯罪性を左右する決定的な要素だと解されてきました(専門的にいえば、〈同意〉は強姦行為においてその不存在が要求される消極的な要素です)。したがって、同意の存在を誤信した場合には、上のマネキン人形の例のように、強姦についての犯罪事実の認識が欠けることになって、故意が否定されてきたのでした。しかも、強姦罪には、「過失強姦罪」のような条文は存在しませんので、故意が否定されれば、即無罪となるわけです

*同意の要件は性犯罪の中心に位置づけられるべきではない

 2017年に刑法の性犯罪規定は、大きな改正を経験しました。その背景には、性犯罪を個人の性的自由を侵す犯罪ととらえるよりも、人の性的尊厳を傷つける犯罪と見るべきだという意見が影響を与えました。性的自由を問題にすると、性犯罪が、被害者がどれだけ意思決定の自由を奪われたのかという量的な問題として矮小化されるおそれがあるからです。

 このような見方は、性犯罪における同意の意味にも影響を与えることになります。同意の要件は、性犯罪の中心に位置づけられるべきではありません。個人の性的尊厳を否定するような行為がなされたのかどうかが問題の入り口であって、被害者の同意はその規範的なマイナスをプラスに埋め合わせる要件とされるべきです。

 その上で、被害者が同意の存在を否定するならば、同意があったとの行為者の主張が客観的に納得できるかどうか、つまりその誤信に合理的な根拠があるのかどうかが吟味されなければなりません。このような考え方は決して新しいものではなく、すでに最高裁(昭和44年6月25日判決)が名誉毀損罪で採用している考え方なのです(たとえば、ある政治家がワイロをもらっていると信じて報道し、それが結果的に誤報だったならば当然名誉毀損が問題になるのですが、最高裁は、確実な資料・根拠に照らして誤信したことに相当の理由があれば、名誉毀損の故意がなくなり無罪となるとしています)。

■まとめ

 女性は、飲酒酩酊し、嘔吐してもなお眠り込んでおり、抵抗できない状態でしたが、目を開けたり、何度か声を出したりしている状態でした。被告人は、女性の積極的で明確な同意がないにもかかわらず性交を行い、裁判所は、「女性が許容している、と被告が誤信してしまうような状況にあった」と評価しましたが、私はその評価は一般常識とずれているような気がします。裁判所が被告人の誤信に合理性があると考えるなら、もう少し説得的に納得できるように説明すべきであったのではないかと思います。

 なお、念のために付言しますと、現在の規定では男性も強制性交等罪(刑法第177条)の被害者となりますので、この判決の論理に従うと、本件の女性と同じ状態にある泥酔した男性に対して肛門性交や口腔性交をしたとしても無罪になる可能性があります。(了)

【次の拙稿も合わせてお読みください。】

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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