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STAP細胞の特許と論文 見比べて初めてわかる図版の不自然さ

詫摩雅子科学ライター&科学編集者

ハーバード大学ブリガム・アンド・ウィメンズ病院がSTAP細胞の特許に関して、4月下旬に日本での出願審査請求をしていた。この特許はもともとは2012年4月に米国に仮出願されていたもので、本出願、日本への国内移行などの手続きを経て、今回の審査請求となった。手続きが進むうちに、新たな図版の追加はあったものの、基本的に仮出願のときの書類をベースにしているようだ。

このため、理化学研究所の調査委員会が捏造と認定した図版も、特許の書類にそのまま載っている。それだけでなく、STAP特許とNature誌に掲載・撤回されたSTAP論文を付き合わせてみると、図版に奇妙な不自然さがあることがわかった

論文の拒絶、華々しい掲載、そして撤回

STAP特許のこれまでの経緯については、特許に詳しい栗原潔氏がたびたびブログ記事にしている。弁理士の栗原氏に私がかなうはずもないので、特許の手続きや経緯、今後の見通しなどに関しては、ぜひ栗原氏の記事をお読みいただきたい。STAP特許に関する最新の記事は5月10日の「STAP出願は特許化されてしまうのか?」だ。

今回、紹介したいのは、特許の書類についている図版に関してだ。最初の仮出願は冒頭にも書いたように2012年4月で、この仮出願と相前後して、最初のSTAP論文がNature誌に投稿されている。最初の仮出願に使われた図版の多くは、この時のNature誌にも使われた図版であろう。

このときの論文は掲載を拒否され、この後、Cell誌、Science誌にも投稿するがいずれも拒否される。特許の本出願を1年後の2013年4月までに行わなければならず、研究チームには焦りもあっただろうと推測できる。このあたりの時系列は、理研の「CDB自己点検の検証について」に詳しい。

2013年3月に、のちに華々しく掲載されることになるNature論文が投稿され、同年4月には特許の本出願(米国)が行われている。論文は翌2014年1月に掲載されるが、疑義が噴出。理研の2つの調査委員会による調査を経て、4つの項目について不正(改ざん1件、捏造3件)と認定された。

そしてその4つの不正な図版のうち、3つが特許の書類にそのまま残っている

解析を請け負ったチームの記録と付き合わせた結果、捏造とされたメチル化の図版

上段:特許の図13B、下段:論文のFig2c
上段:特許の図13B、下段:論文のFig2c

出勤簿の記録から出張などでデータが取れないはずであるため、捏造とされた細胞増殖曲線のグラフ

左:特許の図24B、右:論文のFig5c
左:特許の図24B、右:論文のFig5c

さらに、ここには示さないが、切り貼りがあったため改ざんとされたTCR再構成を示した電気泳動のゲル写真(特許の図12E、論文のFig1i)も載っている。

特許と論文の両方を見てわかる奇妙な図版

だが、特許と論文の両方を見比べて初めて気がついた奇妙な図版がある。まずは、下の2つのグラフを見ていただきたい。左の白黒グラフは日本の特許庁に出願された特許書類に、右のカラーのグラフは撤回されたNature論文に掲載されていた。グラフの高さがそろうよう、ここでは論文グラフの縦横比を変えてある。ある実験の解析データだが、どういう実験であったのかはここでは重要ではないので、その説明は文末にゆずる。

STAP特許の図版とSTAP論文の図版
STAP特許の図版とSTAP論文の図版

両者の棒グラフにはそれぞれ9つの項目があり、左からCD45+細胞、骨髄(単球)、脳、肺……と並ぶ。一見、似ているが、縦軸の数値を確認していただきたい。9つのうち左から2〜4、7、9番目の棒(順に骨髄、脳、肺、繊維芽細胞、軟骨細胞)の5つでは、両者とも順に約30%、約15%、約10%……と同じ数値だ。わかりやすいように線を引いたのが下の図だ。両者のグラフで棒の高さが同じであることは一目瞭然だ。特許と論文とで、同じ実験のデータを使ったのだろう。これ自体は、不正でも何でもない。

右は特許、左は論文のグラフ。9つのうち5つは高さが同じ
右は特許、左は論文のグラフ。9つのうち5つは高さが同じ

注目していただきたいのは、特許と論文とで棒グラフの高さが違っている4つだ(左から1、5、6、8番目のCD45+細胞、筋肉、脂肪(間葉)、肝臓)。CD45+細胞は特許グラフでは約45%、論文のグラフでは約35%の値が読み取れる。筋肉は38%と28%くらいだろう。その差は10と一致している。この2つの高さがそろうように、つまり値にして10ほど論文グラフを上にずらしたのが次の図だ。

一番左の棒の高さがそろうように論文グラフを上に移動させた図
一番左の棒の高さがそろうように論文グラフを上に移動させた図

いかがだろうか。特許グラフと論文グラフで異なる値になっていた4つの項目が、論文グラフを上に移動させるとすべてそろう。つまり、特許グラフのデータから決まった数(ここではおそらく10)を引けば、STAP論文に出てくるグラフの数値と重なるのだ。さらには、この作業をして初めて気がついたのだが、青線で示した特許グラフでの肺のデータが論文グラフのゼロの位置とぴたりと重なる。

これは偶然と言えるだろうか?

同じようなデータがもう1組ある。こちらは特許グラフと論文グラフで共通する7つの項目のうち、BM(骨髄)と脳、肺、繊維芽細胞の4つでは高さがそろうが、残り3つでは数値が異なる。

特許グラフの7つのうち、4つは高さが論文グラフに一致する
特許グラフの7つのうち、4つは高さが論文グラフに一致する

特許グラフの真ん中で、一番高い脂肪の高さが論文グラフの脂肪にそろうように論文グラフを上に移動させると、高さの違っていた残り3つ(筋肉、脂肪、肝臓)の高さはぴたりとそろう(赤線)。さらに特許グラフの繊維芽細胞は論文グラフの脳と、特許グラフの筋肉は論文グラフのゼロと高さが同じになる(青線)。これはどう考えても不自然だ。

論文グラフを上に移動させると……
論文グラフを上に移動させると……

特許と論文では提出時期に1年の差がある。そのあいだに追加の実験をすることは、もちろんあるだろう。その場合、あとから得られたデータを加えれば、数値が変わるのは当然だ。だが、この実験の場合、特許のデータだけで、実験としては十分に思える(実験動物を使う実験では、犠牲となる動物の数を減らすため、不必要な実験の繰り返しは避けるよう求められている)。追加データを加えたとしたら、すべての項目で数値が多少は変わるはずだし、一部の項目(たとえば脳と肺など)だけで追加実験をしたのだとしても、前のデータと差がぴたりとそろうのは不自然だ。

奇妙な点が多かったSTAP論文の図版

2014年12月に国立遺伝学研究所の桂勲所長を委員長とする調査委員会が、STAP細胞論文に関する調査結果をまとめている。同年春の別メンバーでの調査委員会では調査対象としなかった図版などについても、桂調査委では調査をし、得られた記録をもとに新たに2つの図版を「ねつ造」と判定した(上で紹介したメチル化の図版と細胞増殖曲線)。しかし、このときの調査では、図版に不適切な点や奇妙な点があっても、小保方氏から実験ノートやデータなどの提出が得られなかったため、「不正は行われなかった」とも「不正が行われた」とも判断できず、不正とは認められないという判断に至った項目が多数ある

今回、この記事で示した奇妙で不自然な点は、STAP論文だけを見ていては気づかない点であり、二度にわたる調査委員会でも対象にされてはいなかった(エラーバーの不自然さは指摘された)。

STAP論文の図版は「おえかき」か

特許と論文とを付き合わせることで初めてわかった図版の不自然さは、筆者が自分で気づいたわけではない。都内のある大学に勤める研究者からの教示を受けたものだ。

筆者も確認のために、ネット上に公開されている特許や論文からグラフを切り出して並べ、線を引いたり、上にずらす作業をしてみた。複数の棒グラフの高さがぴたっとそろうのは、教えてもらっていたので「やはり」という思いだったが、ずらす前に引いて残したままにしておいた線が、論文グラフのゼロに重なることに気がついたときには、ぞわっとする思いがした。

その研究者からもらった説明のファイル名は「おえかき」となっていた。論文グラフを上にずらしたり、横線を引くといった検証作業を「おえかき」としたのだろうと最初は思ったが、論文著者がデータとして添えた棒グラフそのものを「おえかき」と言いたかったのかも知れないと今は思っている。

図の出典

STAP細胞の特許「多能性細胞のデノボ生成」の出願書類から、図14Aと図18Aの一部。

特許情報プラットフォームにアクセスし、上のバーから「経過情報」「番号検索」を選ぶ。出てきた画面にSTAP特許の出願番号である2015-509109を入力。

画面が該当論文になったら、画面右上のグレーの「審査書類情報」ボタンをクリック。

別ウィンドウが開くので、左段の目次から「図版」を選ぶ。

Nature誌に掲載され、のちに撤回されたSTAP細胞のArticle論文から、Fig3aとExt. Fig9a

http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/full/nature12968.html

このグラフでの実験は

STAP論文で多能性があることを確認したのは、マウスの「脾臓細胞」を「弱酸につける」ことで得られるSTAP細胞だけだが、論文ではそれ以外の条件も試している。脾臓ではなく、心臓や神経、皮膚の細胞などを使ったり、弱酸ではなく、毒物や高カルシウム濃度などでの刺激を加えた実験だ。テラトーマやキメラマウスをつくっての多能性の確認はしていないので、厳密にはSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得細胞)とは呼べないが、こうした実験で得られた細胞で、どんな遺伝子が発現したかは調べている。

特許グラフ14Aはと論文グラフ3aは、さまざまな種類の細胞を弱酸につけたあと、多能性の目印となる遺伝子の発現を見たもの。

特許グラフ18Aと論文グラフExt.Fig9aは、細胞に加える刺激をさまざまに変えた実験。弱酸の部分だけを抜粋してある。

科学ライター&科学編集者

日本経済新聞の科学技術部記者を経て、日経サイエンス編集部へ。編集者& 記者として20年近く同誌に。2011年春より東京お台場にある科学館へ。2014年に古巣の日経サイエンスに寄稿した一連のSTAP細胞に関する記事で、共著の古田彩氏とともに日本医学ジャーナリスト協会の2015年の大賞(新聞・雑誌部門)を受賞。「のんびり過ごしたい」と思いつつも、ワーカーホリックを自認。アマミノクロウサギが好きです。

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