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オランダ発の新興メディア「コレスポンデント」が英語版サイトの活動停止へ コロナ禍で購読者減少

小林恭子ジャーナリスト
英語版サイトの活動の年内終了を伝える画面(「コレスポンデント」のサイトから)

 2013年秋、オランダ・アムステルダムで新たなメディアが産声を上げた。その名は「コレスポンデント(De Correspondent)」。

 広告を掲載せず、読者からの年間購読料や寄付金で運営を賄うメディアだ。「日々のニュースを追うのではなく、社会の中で起きている新しい事象について書く」のがモットーで、書き手をジャーナリズムの中心に置いた。読者も「会員」として内容を深めるために自分たちの知識を提供するという新たなやり方を導入した。

 創設当時は「ニュースは無料」という意識が圧倒的で、「お金を払ってニュース記事を読む人などいない。特に若い人はことさらだろう」という悲観的見方があった。

 しかし、コレスポンデントはそんな見方を見事に裏切っていく。

 サイトの創設前、オランダ内外で大きな注目を集めたのは、クラウド・ファンディングの額の大きさだった。ロブ・ワインバーグ編集長がテレビ番組に出演して創業のための資金を募ったところ、8日間で総額100万ユーロ(現在の金額では約1億2600万円)が集まったのである。いかに新しいメディアへの強い渇望があったかを示す例だった。

 執筆陣リストに著名なジャーナリストや作家をそろえたことも追い風となった。

 7年後の現在、有料購読者は7万人に上る。年間購読料は70ユーロ(約8800円)、月極めでは7ユーロだ。

 その急伸ぶりは米国メディア界の注目の的となり、英語版が作られることになった。オランダ版の編集チームが中心となり、新サイト立ち上げのためにクラウド・ファンディングが開始されたのは、2018年だ。この時は260万ドル(約2億円)が集まった。

 著名なジャーナリズム支援のための米慈善組織「クレイグ・ニューマン・フィランソロピーズ」やオミダイア・グループのルミネ―トなどもこぞって出資した。

 しかし、昨年秋に英語サイトが稼働となってから1年余りの今月末で活動停止になることが発表された。

 コレスポンデントの最高経営責任者エルンストヤン・ファウス氏とサイトの創設編集長ワインバーグ氏がウェブサイトで会員向けに書いた説明(12月10日)によると、運営が「財政上維持できなくなった」という。

 「残念だが、コレスポンデントのジャーナリズムの価値を十分な数の会員に示すことができなかった」

 「新型コロナウイルス感染症が1年を通じて途切れることなく報道される中、140カ国にいる会員たちに『速報ではないニュース』を提供することが難しくなった。人々がメディアを見て知りたいと思うのは、『子供が通う学校が明日、閉鎖されるかどうか、いつワクチンを受けられるのか』といったことだ」

 「こういう情報は欠かせないものだが、私たちがコレスポンデントを立ち上げたのは、このような情報を提供するジャーナリズムのためではない。私たちは、ジャーナリズムの焦点を国境を越えた問題に置いていた」。

 英語版の購読者数は立ち上げ時は5万人だったが、最近では2万人に減っていた。

 過去3か月、購読料を払えなくなったという会員たちが購読を続々とキャンセルしていったという。

英語版開始時には問題も

 コレスポンデントの英語版開始時には問題も指摘されていた。

 クラウド・ファンディングが行われていた頃、英語版サイトの本部は米国・ニューヨークに置かれるという印象を与えていたが、最終的にはオランダが本部のままだった。

 「裏切られた気分だ」と英語版サイトに雇用されたジャーナリストがウェブサイト「ニーマンラボ(Nieman Lab)」のローラ・ハーデン・オーウェン氏に語っている(2019年4月16日付記事)。

 また、クラウド・ファンディングの開始前にすでに180万ドルの資金を集めていたことも後で分かった。

 昨年9月の英語版スタート時、コレスポンデントは最初の年間購読料として12万4000ユーロ(約1547万円)を集めたと発表。会員費の金額には会員自身の裁量が認められていたため、平均して年間購読費として39ユーロ(約4900円)、月極めでは4.20ユーロ(532円)を払っていることになった。

 コレスポンデントによると、この金額では損益分岐点に達しなかったという。

 もともとのオランダ語版はこれからも続くが、英語版だけで雇われていたジャーナリストなどの編集スタッフは職を失うことになる。

コロナ禍のジャーナリズムを考えると・・・

 筆者はオランダ語版立ち上げ直後から、英語メディアや日本語メディアで報道されていたコレスポンデントの動きに注目してきた。若者たちによる新しいメディアの勃興の波の1つとして、大いに期待し、創設当時はなじみが薄かった「電子版に年間購読料を払う」という大胆な要求をするメディア、それにこたえる会員たちというビジネスモデルも斬新に思えた。ウェブサイトのデザインも格好良いと思った。

 アムステルダムのオフィスを訪ね、ワインバーグ氏やファウス氏にインタビューしたこともあった。会員を集めてのイベントも盛況だったと聞いている(以下、記事中に引用したほかの記事の中で、現在は消えているものもありますので、ご注意ください)。

記者と読者の関係を変える、オランダの「コレスポンデント」

オランダ語版のコレスポンデント(ウェブサイトより)
オランダ語版のコレスポンデント(ウェブサイトより)

オランダ語版のコレスポンデント(ウェブサイトより)
オランダ語版のコレスポンデント(ウェブサイトより)

 コレスポンデントはオランダ語版の記事を一部英訳して発信するようになり、筆者はこれを時々読んでいた。また、欧州のテロ事件を取材した時には、オランダ社会の「寛容さ」について、コレスポンデントの政治記者マルク・シャバン氏にインタビューする機会があった。

オランダの「寛容さ」はどうなった? ジャーナリストにきれいごとではない本音を聞いた

 こうした経緯もあってコレスポンデントのニュースを時折気に留めていたが、今回、英語版サイトの閉鎖という結末には残念な思いがした。

 ただ、筆者はオランダ語を読解できないため、オランダ語によるコレスポンデントのジャーナリズムを十分に評価することは難しかった。

 そこで、もっぱら英語になった記事(オランダ語版からの英訳分。英語サイトでの記事ではなく)に触れるしかなかった。また、会員にはならなかったので、書き手と会員とのやり取りを直接体験することができなかった。

 このため、あくまで「英語になったコレスポンデントの記事を読んだ」ことをベースにしての印象論になるが、記事自体は興味深く、ワインバーグ編集長のエッセーも物事を深く考えるヒントを与えてくれたものの、どことなく線が細いというか、切実感が少々少ないような思いがした(個人的な感想である)。

 そして、「この(一連の)記事は誰を想定して書いているのだろう」、という疑問も抱いていた。

 ワインバーグ氏やファイス氏と話していると(数年前のことだが)、「米国」、「シリコンバレー」、あるいは「米国文化やシリコンバレーになじみを持つ・憧れを持つ(今や私たちのほとんどすべてがこの部類に入るともいえるわけだが)層」が住む空間の中で会話をしているように感じた。

 米国メディア界の重鎮らがコレスポンデントに興味を持つのも無理はないと思ったものだ。高い親和性を見ていたのだろう。

 コロナ禍以前、「グローバル社会の素晴らしさ」について多くの人が納得していたころには、英語を使って、価値観を共有すると想定する「みんな(不特定多数の人)」に様々なトピックについて語ることは自然だったし、オランダ発の英語メディアも十分に「アリ」だった。

 でも、今や、なんだかこうした考えがどうにもしっくりこない感じになったのかもしれない(となると、英語メディアのニューヨーク・タイムズが世界的に躍進している理由は何かを考えなければならなくなるが。オランダ語ジャーナリズムにはできて、英語ジャーナリズムにしたら、「何か」が抜け落ちてしまったのか。その答えの一つとして、次の次の段落以下を参照のこと)。

 コレスポンデントの英語版閉鎖の発表文章には、コロナ禍の日々の中で必須な情報よりも、自分たちは「ジャーナリズムの焦点を国境を越えた問題に置いていた」という箇所があった。「国境を越えた問題」(グローバル)よりも、「自分の国・周囲に関連する問題」(ローカル)に読者の関心が移っていることが分かった、ということだろう。

 英ニュースサイト「プレス・ガゼット」の記事(12月14日付)の中に、学術的記事を掲載する英新興サイト「ザ・カンバセーション」の最高経営責任者クリス・ウェイティング氏の分析コメントが掲載されている。

 同氏は会員になるという形での有料購読制をいち早く導入して成功したコレスポンデントの功績をほめると同時に、「得意な分野に集中するべき」ともいう。

 「オリジナルのオランダ語版コレスポンデントが維持できているのは、オランダ国内のメディア市場に集中し、ほかのメディアが満たすことができなかった溝を埋めているからだと思う」。

 英語版は「時として、その定義が不明確だった。誰のために書いているのか、何を達成しようとしているのか」。

 ウェイティング氏の分析は、厳しい見方だろう。ただ、筆者がオリジナルのオランダ語記事の英語版(英語版サイトの記事ではなく)を読んで感じた印象に似ている。

 オランダ語版では7万人の会員読者を持つコレスポンデント。ぜひ続いていってほしいものだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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