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電撃的なNZアーダーン首相の辞任発表で思うこと

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
NZアーダーン首相が辞任表明(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ニュージーランド(NZ)のジャシンダ・アーダーン首相が、1月19日、首相を続けていく余力がないとして、2月7日までに首相を辞任すると発表し、世界に衝撃が走った。

 アーダーン首相は、コロナ禍において、NZにおける厳格なゼロコロナ政策をとり、同国のその危機的状況の中において、国民に寄り添いながら、優れたリーダーシップを発揮し、世界の政治リーダーの中でもトップクラスの評価を得てきていた。またNZでの世論調査でも、現在も「望ましい首相」としてトップに名前が挙がっている(注1)。

 筆者もこのニュースを聞き、驚くと共に、非常に残念に感じた。

 アーダーン首相は、コロナ禍が全世界に拡大し、NZでも厳しい状況にあった際に、迅速かつ断固たる対応や政策をとった。

NZではコロナ禍反規制デモも起きた
NZではコロナ禍反規制デモも起きた写真:ロイター/アフロ

 またそれと並行して、卓越した巧みなコミュニケーション能力で、「プリペアード(準備は万全)」というワードを繰り返すと共に、「公衆衛生に携わる官僚や専門家は世界でもトップクラスで、医療施設も十分に準備できています」などと国民に直接に呼びかけ、対策の準備ができていることを示し、国民に安心感を与えた。

 そしてまた「カジュアルな服装ですみません。赤ちゃんを寝かしつけるのが大変で、今は仕事着じゃないです」(2020年3 月 25 日の国家非常事態宣言・外出制限方針発出後、FB でのライブ動画に、普段着で出演し、国民の質問に答えた)などという対応をとり、国民に寄り添う姿勢を提示し、自らの言葉で国民を直接に説得し、国民がコロナ禍克服をしていく「効力感(できると思う気持ちの状態)」の醸成に成功したのである(注2)。

 筆者は、アーダーン首相の動画やスピーチなどを何度も視聴したことがあるが、何度聞いても心が動かされる素晴らしいコミュニケーション力だと感じた。その一人一人に語り掛け、自分がいかに配慮され、自分がいかに素敵な国民からなる良い社会に生活しているかを感じさせる力と共に、この社会は、自分も貢献でき、コロナ禍の危機を乗り越えることができると感じさせてくれるものであった。

 このような結果、アーダーン首相は、絶大なる支持を得て、2020年の総選挙では最大与党・労働党が単独過半数を獲得して圧勝し、首相を続投してきたのである。

政治ではある意味で辞任こそ重要な意味をもつ
政治ではある意味で辞任こそ重要な意味をもつ写真:ロイター/アフロ

 しかしながら、政治とは実に残酷であり、国民・有権者はある意味身勝手なものだ。どんなにあのコロナ禍の危機的状況において優れた手腕を発揮し、国や社会を守ったリーダーであっても、コロナ禍の先が見え出し、物価高になり出したNZの現状のなか、アーダーン首相が党首を務める労働党の支持率は、最大野党である国民党を下回るようになってきたのである。

 そのことが、今回の辞任発表に繋がったのだろう。辞任の発表の動画(後掲)などを見ると、アーダーン首相は、笑顔を見せながらも、多くの思慮に基づく決断だったからか、また多くの思いが去来したのか時に声を詰まらせ、非常に疲れた表情を見せていた。またこれまでも女性であることで、ソーシャルメディアなどで忌まわしい扱いを受けてきたことの記憶や経験、厳しい状況のなかで家庭を守りながらも政権運営をしていたこともあり、自身は家庭を守りたいという強い思いなども背景にあっただろう。

 アーダーン首相は、首相ばかりか、来る総選挙にも出馬せず、議員も辞職するそうだ。いかにも潔い決断だ。

 他方、この辞任は、今年行われる総選挙を前にして、政権の顔を一新させて低下しつつある労働党の支持率の回復を考えてのことだろう。またここで潔く身を引くことは、アーダーン首相の年齢を考えれば、これまでの成果や同首相のイメージを守り、どのような形かはわからないが、同首相の今後の政治も含めたキャリアにおける可能性を広げ、期待を残すものであるといえるだろう。

 そのようなことを考えると、アーダーン首相の今後に期待すると共に、現在の日本にアーダーン首相ほどのコミュニケーション力や責任感のある政治家はいないと思うと共に、昨今の日本の政治や政治家の現状は非常に残念だといわざるをえないのである。

(注1)記事「NZ首相 辞任表明」(朝日新聞2023年1月20日号)など参照のこと。

(注2)アーダーン首相のコミニュケーション力に関しては、拙論文等を参照のこと。

「政府の情報発信は適切だったのか? : 今般のコロナ禍に対する各国の政府の対応」(嘉悦大学Discussion Paper Series、2022年5月)

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ジャシンダ・アーダーン首相のFACE BOOKの投稿(2023年1月19日掲載)

[参考訳](原文は、日本語の後に掲載)

 本日は、2つの重要なお知らせがあります。

 一つ目は、選挙日程についてです。

 前政権では、選挙年の初めに選挙日程を共有する慣行が始まりました。

 早期に発表することで、選挙管理委員会、各省庁、政党による計画や準備が可能になる、慣行であると私は考えています。そのため、2020年には選挙年の初めに発表し、今日もそうします。

 2023年の総選挙は、10月14日(土)に行われます。

 この日を決めるにあたり、私は選挙管理委員会の助言、祝日や学校の休日、事前投票期間、重要な行事や催し物を考慮しました。私は、この日付がこれらの要因のそれぞれに最も適したものであると考えています。

 夏休みの間に日程を検討し、間近に迫った選挙と新しい政治的任期もまた、私に熟考の時間を与えてくれました。

 私は今、就任6年目を迎えています。そして、そのどの年も、私は全力を尽くしてきました。

 国を率いるということは、誰にとっても最も恵まれた仕事であると同時に、最も困難な仕事の一つでもあると思います。それは、満タン(十分なキャパ)であり、それらが予期していなかった困難にも適応できる余地がなければできないし、またそれはしてはならないのです。

 この夏、私はもう1年だけでなく、もう1期首相を務めるための準備をする方法を見つけたかったのです。しかし、それは叶いませんでした。

 そこで本日、私は再選を目指さず、遅くとも2月7日をもって首相としての任期を終えることを発表します。

 この5年半は、私の人生の中で最も充実したものでした。しかし、困難もありました。

 住宅、子どもの貧困、気候変動に焦点を当てたアジェンダの中で、私たちは大規模なバイオセキュリティへの侵入、国内テロ事件、大規模な自然災害、世界的な疫病の大流行、そして経済危機に遭遇したのです。決断の連続であり、その重さは計り知れません。

 しかし、私は辛いから辞めるのではありません。もし、そうであれば、就任2カ月で辞めていたかもしれません。

 なぜなら、このような特権的な役割には、責任が伴うからです。自分がリーダーとしてふさわしいかどうか、また、そうでないかを見極める責任があるのです。

この仕事に必要なものはわかっているし、それに正当に対応するには、もう十分なキャパがないこともわかっている。とても明快なことなのです。

 しかし、私は絶対にそう信じていますし、そう信じている人たちが私の周りにいることも知っています。

 この5年間で、私たちは膨大なことを成し遂げました。 そして、それをとても誇りに思っています。

 気候変動問題では、野心的な目標とそれを達成するための計画を持ち、以前とは根本的に異なる場所にいます。

 私たちは、子どもの貧困の統計を改善し、福祉と国営住宅をここ何十年かで最も大幅に増やしました。

 教育やトレーニングを受けるためのアクセスを容易にし、労働者の賃金と条件を改善し、高賃金、高技能の経済を実現するための環境にしてきました。

 国民のアイデンティティに関わる課題を改善するために、懸命に対応してきました。そして学校で歴史を教えることや、先住民の祝日を祝うことは、今後何年にもわたって変化をもたらすと信じています。

 そして、第二次世界大戦以来、ずっと議論になってきていた、我が国の健康と経済にとって最大の脅威に対応しながら、それを成し遂げてきたのです。

 そして、一緒にやってくれたチームは、そのすべてを成し遂げてきましたし、それらの方々は、私が一緒に仕事に取り組むことのできるという特権をもてた最高の人材のうちの方々なのです。そしてその方々は、世界で最も強力な経済の1つである我が国の経済回復に引き続き注力するために、我々を前進させるのに十分な立場にあります。

 また、次の選挙に臨むにあたっても、非常に有利な立場にあるチームです。実際、私は選挙に勝てないから辞めるのではなく、勝てるし、勝つと信じているからであり、そのためには新しい人材が必要なのです。

 この決断の後、いわゆる「本当の」理由は何だったのか、多くの議論が交わされることでしょう。しかし、私が今日お話しするのは、まさにその理由です。

 ただひとつ興味深いのは、6年間にわたる大きな挑戦の末に、私も人間であることを知ったことでしょう。政治家も人間です。私たちはできる限りのことをし、そしてその時が来ます。

 そして、私にとっては、その時が来たのです。

 私は4月までマウント・アルバート選挙区の国会議員を務めるつもりです。そうすることで、私が去る前に選挙区で少し時間が取れるし、選挙区と国内での補欠選挙を避けることができる。

 それ以上の計画はない、次のステップもない。知っているのは、何をするにしても、ニュージーランドのために働き続ける方法を見つけること、そして、また家族と過ごす時間を楽しみにしていることだ。

 そしてニーブ、ママはあなたが今年から学校に行くときにそばにいられるのを楽しみにしています。

 そして、クラークとは、いよいよ(事実婚ではなく)結婚しましょう。

 次の労働党党首については 党の議員総会(コーカサス)は、これからの7日間で、だれがその議員総会の2/3以上の支持を得られるかで決めていくことになります。

 党の議員総会は、本日、3日後の1月22日(日)に投票を行うことで合意した。もしリーダーが選出されれば、私はすぐにニュージーランド総督に辞表を提出し、新しい首相が就任することになります。

 もし、だれも議員総会でその十分な支持を集めることができなければ、より広い範囲の党員によって行われる選挙を通じて選出されることになります。

 私が多くの人に感謝を伝える機会は、議員に就任から15年経ったことになる4月の時に国会を去るときでしょう。

 それまでは、家族同然の労働党が次の局面を迎えるのを手助けするのが私の役割だと考えています。そして、次にこの役割を担う仲間に、彼らが活躍するために必要なすべての場所を残してあげることです。

 私からは、私にこのような機会を与え、私の人生において最も偉大な役割を担ってくれたニュージーランドの人々に感謝の意を表し、結びとしたいと思います。

 そのお返しに、私は「人は優しく、しかし強くなれる」という信念を残していけることを願っています。思いやりがあって、でも断固とした態度で。楽観的でありながら、精神を研ぎ澄まされてください。

 そして、あなたは自分自身のリーダーであることができるのです。

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[原文]

 Today I have two important announcements to make.

 The first is the election date.

 Under the last government, the practice began of sharing the election date at the beginning of election year.

 Early announcements allow for planning and preparation by the Electoral Commission, agencies, and political parties, and is, I believe, best practice.   

That’s why in 2020 we announced at the beginning of election year, and I do so again today.

 The General Election for 2023 will be held on Saturday the 14th of October.

 In setting this date, I have considered the advice of the Electoral Commission, Public Holidays and school holidays, the advance voting periods, and important events and fixtures. I believe this date best accommodates each of these factors.

 Consideration of the date over the summer, and the impending election and new political term has also given me time for reflection.

 I am entering now my sixth year in office. And for each of those years, I have given my absolute all.

 I believe that leading a country is the most privileged job anyone could ever have, but also one of the more challenging. You cannot, and should not do it unless you have a full tank, plus, a bit in reserve for those unexpected challenges.

 This summer, I had hoped to find a way to prepare for not just another year, but another term - because that is what this year requires. I have not been able to do that.

 And so today, I am announcing that I will not be seeking re-election and that my term as Prime Minister will conclude no later than the 7th of February.

 This has been the most fulfilling five and a half years of my life. But it has also had its challenges.

 Amongst an agenda focused on housing, child poverty and climate change, we encountered a major biosecurity incursion, a domestic terror event, a major natural disaster, a global pandemic and an economic crisis. The decisions that had to be made have been continual, and they have been weighty.

 But I am not leaving because it was hard. Had that been the case I probably would have departed two months into the job!

 I am leaving because with such a privileged role, comes responsibility. The responsibility to know when you are the right person to lead, and also, when you are not.

 I know what this job takes, and I know that I no longer have enough in the tank to do it justice. It is that simple.

 But I absolutely believe and know, there are others around me who do.

We achieved a huge amount in the last five years. And I am so proud of that.

 We are in a fundamentally different place on climate change than where we were, with ambitious targets and a plan to achieve them.

 We have turned around child poverty statistics and made the most significant increases in welfare and the state housing stock we’ve seen in many decades.

 We’ve made it easier to access education and training, improved the pay and conditions of workers, and shifted our settings towards a high wage, high skilled economy.

 And we’ve worked hard to make progress on issues around our national identity, and I believe that teaching history in schools and celebrating our own indigenous national holiday will all make a difference for years to come.

And we’ve done that while responding to some of the biggest threats to the health and economic wellbeing of our nation arguably since World War Two.

The team that has done all that, they have been some of the best people I have ever had the privilege of working with, and they are well placed to take us forward as we continue to focus on our economic recovery with one of the strongest economies in the world.

 They are also a team who are incredibly well placed to contest the next election. In fact, I am not leaving because I believe we can’t win the election, but because I believe we can and will, and we need a fresh set of shoulders for that challenge.

 I know there will be much discussion in the aftermath of this decision as to what the so called “real” reason was. I can tell you, that what I am sharing today is it.

 The only interesting angle you will find is that after going on six years of some big challenges, that I am human. Politicians are human. We give all that we can, for as long as we can, and then it’s time.

 And for me, it’s time.

 I intend to remain the Member for Mt Albert through till April. This will give me a bit of time in the electorate before I depart, and also spare them and the country a by-election.

 Beyond that, I have no plan. No next steps. All I know is that whatever I do, I will try and find ways to keep working for New Zealand and that I am looking forward to spending time with my family again - arguably, they are the ones that have sacrificed the most out of all of us.

 And so to Neve, mum is looking forward to being there when you start school this year.

 And to Clarke, let’s finally get married.

 As for the next Labour Leader. The caucus has seven days to ascertain whether one individual holds more than 2/3rds of the caucus support.

Caucus has today agreed that a vote will occur in three days’ time on Sunday the 22nd of January. If a leader is successfully elected, I will issue my resignation soon after to the Governor General, and a new Prime Minister will be sworn in.

 If no one is able to garner this level of support within caucus, the leadership contest will go to the wider membership.

 My opportunity to thank the many people I need to, will likely come in April when I depart Parliament, 15 years after having been sworn in.

Till then, I see my role to help the Labour Party, who I consider my family, navigate this next phase. And then, to leave the next colleague who takes on this role, all the space they need to make their mark.

 For my part, I want to finish with a simple thank you to New Zealanders for giving me this opportunity to serve, and to take on what has and will always be the greatest role in my life.

 I hope in return I leave behind a belief that you can be kind, but strong. Empathetic, but decisive. Optimistic, but focused.

 That you can be your own kind of leader - one that knows when it’s time to go.

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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