リビアの洪水を日本の地形に当てはめると、この災害を理解できる
9月10日からの豪雨により、リビア東部デルナ市を中心に洪水による被害が発生した。リビア赤新月社などの地元機関から発信された情報によれば、死者が1万1千人を超えた。行方不明者は約2万人にのぼり、約88万人が災害の影響を受けている。
中東衛星放送局アルジャジーラ(Al Jazeera)のウェブサイトは、洪水が発生したデルナ市周辺の地形について、比較的理解しやすい地図を用いて説明している。図1にそれを筆者翻訳とともに示す。
地中海に面した港湾都市デルナ。ここには約10万人の人々が暮らしている。この一帯を豪雨が襲い、深い渓谷を形成しているワディデルナ川にその雨水が集中し、河口にあたる港湾都市が洪水に見舞われた。
アルジャジーラの記事に掲載されていたデルナ市の副市長アーメド マドルウド(Ahmed Madroud)氏の発言を要約すると次の通りだ。
●"There were two major dams upstream from Derna"(デルナの上流には2つの大きなダムがある)
●"the dams were not very large, with the first dam only 70 metres (230 feet) tall."(ダムはさほど大きくなく、ダム1は高さ70メートル(230フィート)程度)
●"The multiplied force of the water was only strengthened due to the elevation difference between the first and second dams, and the stream took the second dam down on its way to Derna and ultimately, the sea."(ダム1とダム2の標高差により、倍増した水の力はさらに強まり、川はデルナ市に向かう途中でダム2を破壊し、最終的には海に達した)
●"the water travelled approximately 12km (seven miles) from the top of the first dam before it reached the sea."(ダム1の先端から海に到達するまでに距離は約12キロメートル(7マイル))
アメリカCNNによると、港湾都市デルナは過去に幾度も洪水に見舞われていたことがわかる。
また同記事はダムの規模について言及している。"The Derna dam is 75 meters (246 feet) high with a storage capacity of 18 million cubic meters (4.76 billion gallons). The second dam, Mansour, is 45 meters (148 feet) high with a capacity of 1.5 million cubic meters (396 million gallons)."それによると図1の「ダム1」はデルナダム、高さ75メートル(246フィート)で貯水容量は1,800万立方メートル(47.6億ガロン)。 「ダム2」はマンスールダム、高さ45メートル(148フィート)で貯水容量は150万立方メートル(3.96億ガロン)。双方をあわせると総貯水容量は1,950 万立方メートルに達する。
先に示したアルジャジーラの記事の中で専門家はその1.5倍に及ぶ"30 million cubic metres of water were released when the dams broke"(3,000万立方メートルの水がダム破壊に伴ってデルナ市を襲った)という。オリンピック競技用50メートルプールの容積を一つ2,000立方メートルとして計算すれば、実にプール1万5千個分に及ぶ水が都市を襲ったことになる。今回の洪水がダムの決壊によるものだとすれば、フラッシュ(瞬間)的に水が高さをもって都市を襲ったと想像できる。
イギリスBBCによると"The storm brought more than 400mm of rain to parts of the north-east coast within a 24-hour period."(嵐により、この地域に24時間で400 mm以上の雨が降った)という。400 mmという降水量はどれくらいに匹敵するかというと、平成16年7月13日に発生した新潟・福島梅雨前線による豪雨(7.13水害)での三条市笠堀ダム観測所における24時間雨量474 mmがおよその例だろう。この雨量は同所にて昭和40年の観測開始以降最大であった。7.13水害は、その下流域にある三条市や見附市を中心に洪水被害をもたらし、新潟県の発表によると、死者15人、被災家屋数は1万4千棟に迫る勢いだった。
図2をご覧いただきたい。これは、新潟県三条市付近の地図(上)とリビア・デルナ市付近の地図(下)を同じ縮尺で比較した図である。
まず、デルナ市の人口は約10万人であるのに対し、三条市の人口は2023年8月末現在で92,718人。見附市の人口は同9月1日現在で38,755人である。人口規模としては、図2の上下の地区同士はほぼ同じとみることができるだろう。
次に、地勢的な特徴を比較してみよう。上の図では笠掘ダムから三条市の平野まで山間を駆け下りる五十嵐川の距離はおよそ15キロメートル。一方、下の図ではデルナダムからデルナ市までのワディデルナ川の距離は渓谷を下ることおよそ12キロメートル。上流のダムから平野に駆け下りる川の長さはおよそ似ているといえる。
これまでの歴史を振り返れば、三条市や見附市は古くから水害に見舞われている。上流の笠堀ダム周辺で豪雨が降り(今で言うところの線状降水帯)、それによって一度洪水が起これば、三条市や見附市などはしばらくは水がひかなかった。そのため、今から100年前に信濃川を日本海と直接つなぐ大河津分水路が建設されて、このあたりの水はけがよくなった。一方、CNNによればデルナ市も幾度となく過去に洪水の被害を受けているという点で、水害リスクの高い地域であることには変わらない。
大きな人的被害をもたらすことになったデルナ市の洪水災害。図2の上下の地図を比較することによって、被害が甚大になった理由を探るための観点がわかってくるだろう。まず、デルナ市では三条市に比べてその人口が密集していること。次に山から駆け下りる河川の本数がデルナ市で乏しかったのに対し、三条市では五十嵐川の他に見附市では刈谷田川に分散していたこと。そのため人口はほぼ同じ規模であったのにもかかわらず、三条市や見附市では比較的広範囲に洪水が広がった。加えて、やはりダムの決壊があったことは大きい。鉄砲水の巨大版が下流の都市を襲ったということになり、これが人的被害を大きくする最大の要因であったとうすうす感じることができる。
さいごに
洪水による人的被害を最小限に抑えるためには、ハード対策として避難の時間を如何に稼ぐか、ソフト対策として避難開始を如何に早くするかの両輪を同時並行で進めなければならない。リビアの洪水を「遠い国の災害」と聞き流すのではなく、観点をもってニュースを読み、水災害をより深く理解したいものである。