人を育て、ビジネスをドライブする戦略人事【安田雅彦×倉重公太朗】第3回
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ラッシュジャパンは、キャリア育成においても、個人の意思やオーナーシップを大切にしています。多くの日本企業のように、会社が一方的に部署や部門異動を決定することは原則としてありません。自らのチャレンジで役職や業務内容が決まり、まったく経験のない職種でも応募することができます。「学ぶ姿勢さえあれば素人だって挑戦できる」というのがラッシュのポリシーであり、それが人事制度にも反映されているのです。
<ポイント>
・「労働=苦痛」なのか?
・嫌われる仕事を作るのは、経営の怠慢
・社員のエンゲージメントの高い職場ほど、ビジネスが伸びる
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■信頼関係をどう築くのか
倉重:会社では信頼関係は大事だと思いますが、安田さんはどのようなことに気を付けていますか。
安田:人事リーダーとしてどうあるべきかの話だと思うのですが、仕事のスタイルとしてはどうしてもステークホルダーが多い職種だと思っています。
倉重:利益相反もしますね。
安田:基本的には全ての人を気に掛けるようにしています。最近リモートになってしまいましたが、その前はよく「パトロール」と言って、用もないのにオフィスの中をブラブラしていたのです。そうすると、誰がすごく忙しいとか、誰がそうでもないということが大体分かります。あとは呼ばれる会議には可能な限り全て出席していました。人事のある程度のポジションにいると、やたらと会議に呼ばれます。最近はそうでもありませんが。今のポジションになる前は、基本的に全部の会議に好んで出るようにしていました。会議に出ていると、大体どのような力関係で、誰が何を考えているかすごくよく分かります。
倉重:人事の会議ではなく現場の会議ですか。
安田:現場や、事業部の会議にも出るようにしていました。常に全方位に気を払っていたのです。
倉重:現場をよく知ると。
安田:現場をよく知るのは僕の人事スタイルのキーワードの1つです。単純に意図したことが、本当に「現場」で起きているかを見に行きます。
倉重:私もそれは大事だと思います。弁護士として対応するときにも、必ず会社を見に行きますし、会社ごとに雰囲気が全然違うので。行くとある程度わかります。
安田:僕がしたいのは人事部長ヒアリングなどと言った大げさなものではありません。シンプルにふらっと支店や店舗を尋ねて、雑談のように「そういえば先日新しい制度が入ったけど、どう思う?」と聞きます。「あれはおかしくないですか」と言われると、うまく機能していないんだなということがわかります。反対に「すごく分かりやすいです」という答えが返ってくると自信が持てますよね。
倉重:率直な意見をもらいに行くのですね。
安田:そこでサーベイとは別のところをきちんと見ます。僕はよくセンスチェックと言うのです。
倉重:センスチェックですか。
安田:センスチェックです。例えばお給料の仕組みを変えるときにも、店長のところに行って、「ごめん、今度給料体系がこうなるかもしれない」と話すのです。そうすると反応が見えるから、本当に実行したときにうまくいくかいかないかが予想できます。
先生もよくご存じだと思いますが、合法でもしてはいけないこともあれば、違法すれすれでも100パーセントうまくいくこともあります。
倉重:本当にそうです。
安田:そこでのポイントは何かと言うと「社員感情」だと思います。社員感情を無視して「合法です」「去年からこの制度でいっています」とごり押しするところは、やはり駄目です。
倉重:合法だからといって押し切ってしまって、それで社員の気持ちが離れてしまったら、意味がありませんよね。
安田:そのような話は最近多くあります。社員感情にどう配慮するかは、経営者も含めて人事のリーダーとしては大事なことです。
倉重:今のコロナの状況だと、やりづらくないですか。
安田:やりづらいです。
倉重:テレワークでどのようにしたらいいのかと、日々悩んでいるのです。
安田:本当に、最近はよくそのことを考えています。単純にタッチポイントを増やすことも大切です。誤解を恐れず言いますが、僕は意外とSNSにも気を払っているのです。
倉重:どのようなことですか。
安田:最近、社員の投稿が少ないと(笑)。
倉重:段からよく見ているのですね。
安田:見ているというか、気にかけています。もちろん、それは査定をしたいわけではなく、単純にわれわれが「こうだろう」と思っていることと現実のギャップを見ているのです。「多分今現場は盛り上がっているだろうな」と思ったときに、本当にそうなのかを知りたいだけなのです。
倉重:「人事部長がSNSをチェックしている」と言われたら、普通の会社だと「怖い」「まともに投稿できないな」という話になってしまいます。
安田:そうなったらゲシュタポ扱いです。人事は警察になってはいけません。
倉重:そこがすごいなと思っています。もちろん悪いことをする社員には、懲戒することもあると思いますが、投稿している内容を不利に扱ったりするわけではありませんよね。そこで信頼されているなとすごく感じます。
安田:いかに一人ひとりのケアの密度、クオリティーを上げていくかは今の話にも通じています。僕が思うに、今までは会社と個人の利益、あるいは会社と個人の都合を比較した場合、絶対会社のほうが上にいきました。人事異動を断ったらクビになることもありますよね。
倉重:日本企業はそうですね。
安田:このようなことは、本来人道的に考えてあり得ない話です。その構造が今はだいぶ変わってきていると思います。
倉重:まさに価値観も今変わっています。
安田:先生もよくご存じだと思いますが、去年ある会社の社員さんが「育休明けで復帰したら転勤を命じられた」とTwitterでつぶやいて大炎上しました。転勤自体は、全然違法でもなんでもありません。労働協約も就業規則上も問題はなのです。
倉重:むしろよくあることだったりします。
安田:全然よくあります。ところが散々会社が悪者にされました。今はそのような世の中なのです。そういう社会のにおいを感じて、もう一回個人にフォーカスしていくことは、これからの人事の課題だと思います。
倉重:ラッシュだと、一方的な人事異動はないのですね。
安田:しません。「そもそもなぜそのようなことをするの?」という話です。
倉重:ジョブ型の働き方を、そのまま日本でも実践している感じですか。
安田:自分が働きたいと思うところで働くことこそが、高い成果を出すことに繋がる、という考えです。。
倉重:例えば新店を出すときに、人が足りなかったとしても、無理やり動かすことはないのですか。
安田:そもそも「人事異動」は社内の活性化やリソースの適正配分のために、会社の都合でする。これが一般論です。ラッシュでは7年ぐらい前から、社内異動も基本公募にしています。。人員が辞めてしまって空きができたときは、公募して、社員に手を挙げてもらいます。だいたい、それで1年間に2割ぐらいの人が動きます。講演会で「手挙げ式でも意外と動くのですよ」という話をしたら、ある日本企業の人事労務課長さんから「そのようなことをして、不人気部門の人がみんないなくなったらどうするのですか」と聞かれました。いや、そもそも「不人気部門」があること、誰も行きたがらない職場があること自体が問題ではないでしょうか。
倉重:やはり誰かがきつい仕事もやらねばならないので、2年間ぐらいで回していくというのは、昔から日本企業であることですね。
安田:僕からしてみたら「皆が嫌がる仕事」は本来ありません。「皆が嫌がる仕事」「皆に嫌われる仕事」という定義にしてしまったら、その部門の組織能力や、顧客満足度は永遠に上がらないからです。
「私たちは、社員に嫌われる仕事だから」と言う人がたまにいますが、かわいそうな話です。会社がその部署に業務のしわを寄せてしまっていて放置し、仕事のデザインを見直してあげていないのです。
倉重:そのような機能を持たせてしまっています。
安田:そうです。どのようにステークホルダーから不満が上がっても、「そのようなことを言っても仕方がない、私たちは嫌われる仕事だ」と諦めるしかなければ、モラルも組織力も上がりません。そのような仕事を作り、そのような状況を放置してることは完全に経営の怠慢だと思います。
ビジネスを通じて成長し、世の中に価値を提供することを目指しているのであれば、管理部門だろうと営業だろうと、全ての仕事は同等にそこに帰結するはず。。本来大事な仕事とそうではない仕事はありません。これは、精神論で言っているわけではなく、メカニズムとしてそうなのです。
倉重:私は安田さんの記事もいろいろと拝読して、「自分らしく働くということを伝えたい」とおっしゃっていて本当に共感をしました。その辺のお話をちょっとぜひお願いできますか。
安田:昔から「労働=苦痛」という概念がありますよね。これは、先ほどのしわ寄せや無理強いをアクセプトさせるために作られた話になっています。そして、苦痛の後に成長がある、と。しかしその「成長」は、現代では保証されていません。苦痛の後の成長が保証されている時代だったら、「いやいや、石の上にも3年で、若いころは仕事が大変ではきついものなのだ」と言っていました。その代わり年を取って偉くなったら報酬が上がることが約束されていたのです。
ちょっと脱線しますが、最近「働かない50代」と言われていますよね。僕は「働かない50代世代」なのです。若いころには、「お前らは安い給料で働いて大変かもしれないけれども、年をとってパフォーマンスが下がっても、将来は高い給料をもらえるのだから。日本はそのような雇用慣行の給与デザインだから」と言われていました。だから働かない50代の人は、過去の債務を取り返しているだけなのです。
倉重:このような私に誰がしたと。
安田:本当にそうです。あまりいじめないでというのは余談ですが(笑)
そのように労働イコール苦痛というのは、あってはいけません。僕は日本語の「エンゲージ」の適切な対訳は「やりがい」「やる気」なのだと思うのです。それがある職場ほどビジネスが伸びることがだんだん分かってきました。
倉重:どのような部署であっても、どのような仕事であっても働く意味、意義を自分で理解して感じて働いている人を、増やしたいのですね。
安田:結局そうなることで成長するし、自由になります。僕は先ほど言ったように出向していた会社が「青天のへきれき」で無くなってしまったのを見て、「会社に人生を絶対握らせたくない」と思いました。常に自分の意志でキャリアを生きたいと。
倉重:キャリア自立ですね。
安田:自分の足で生きていきたい、キャリア自立をしていきたいと思ったので、常に自分らしく働くにはどうしたらいいかを考えました。企業にとっても、自分の足で生きていく人たちを育てる、自分らしく働ける環境をつくるところが、これから肝要になってくるのではないかと思います。
倉重:自分の足で生きていく人を育てるためには、そのためにどうしたらいいですか。
安田:一つは日ごろの仕事の中で、成長機会をきちんと見つけてあげることだと思います。仕事をどう与えるか、日ごろからどのようなフィードバックをさせるかをどこで実感させるかだと思います。
倉重:それをきちんと設計するのですね。
安田:あと、飼い殺しにしないことです。
倉重:日本の最高裁判所ですら、この間、同一労働、同一賃金の問題で、「非正規は休暇を与えられておらず、それによって本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかった」という言い方をしていました。
もちろん休暇があったら休んだのかもしれませんが、「する必要がなかった勤務」と言われてしまうと、ちょっと違うのではないでしょうか。
安田:すごくよく分かります。
倉重:法律論ではなく、働く意味とは何でしょうか。365日休暇があったら、それは素晴らしいことなのかという話なのです。
安田:いや、全くそのとおりです。自分自身が仕事を通じて真人間になった、成長をしたと思っているので、そのような世の中にしていきたいです。抽象概念的に言うとそのような志があります。
(つづく)
安田 雅彦(やすだ まさひこ)
ラッシュジャパンのPeople(人事)部門の責任者。1989年に南山大学卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてHR Business Partnerを務め、組織人事やTalent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、2015年よりラッシュジャパンにて現職。