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将棋界を代表する愛猫家の加藤一二三九段(80)将棋史上最年長での勝利は「ネコ式縦歩取り」の作戦だった

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影:筆者)

 加藤一二三九段が猫を愛する棋士であることは、よく知られています。

 NHKでは2019年8月、「ひふみんのニャンぶらり」という番組が放映されました。

 2020年1月にテレビ朝日系で放映されたドラマ「警視庁・捜査一課長 正月スペシャル」では、元警視総監で、将棋を趣味とする愛猫家として出演しています。

 加藤九段の伝説には様々なものがあります。

 加藤伝説の一つとして、名人戦の現地で猫たちに「将棋に興味があるのかい?」と話しかけていた、というものがあります。これは真偽不明の都市伝説のように思っている方もおられるようです。

 しかしそれは本当です。

 なぜそう断言できるかというと、筆者はその現場を見ていたからです。2004年の名人戦七番勝負第2局・羽生善治名人-森内俊之挑戦者戦。NHK解説役の加藤九段は、確かに猫にやさしく話しかけていました。

 さて、そんな猫好きの加藤九段ですが、「ネコ式縦歩取り」という作戦を用いて勝利をあげたことがあります。それも77歳0か月、史上最年長での勝利というメモリアルな一局でした。

 ネコ式縦歩取りは、互いに飛車先の歩を伸ばし合う「相掛かり」という戦型の中で出てきます。どちらかといえば先手が試みることが多いようですが、加藤九段は後手番で採用しました。

 命名者は加藤治郎名誉九段(1910-96)です。その著書には次のように著されています。

ネコ式縦歩取り戦法

ネコ(飛)がネズミ(歩)の動きをねらう形を連想させ、この名がある(著者の命名)

出典:加藤治郎『将棋は歩から』(上)

 1図は部分図で後手が8四にいた飛車を一つ横に△7四飛と寄せたところです。

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 この飛車が「ネコ」に見立てられています。先手は角筋を通すために、どこかで▲7六歩と突きたいところです。この歩が「ネズミ」で、すかさず7四のネコが取ってきます。

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 縦歩取りといっても「歩を突いてきたら取りますよ」ということをにおわせるだけで、実際に歩を取ることはそれほど多くありません。ただしこの一局では少し進んだ後に、先手は▲7六歩と突いてきました。

「取るに取られぬ魚屋の猫」

 という言い回しがあります。「陣太鼓」(じんだいこ)のペンネームで知られる山本武雄九段が観戦記で多く用いた、将棋界では定番のフレーズです。この一局では取る手が成立して、△7六同飛という順が実現しました。

 加藤九段と対戦したのは飯島栄治七段でした(棋聖戦二次予選1回戦)。飯島七段は当時37歳で、順位戦ではA級に次ぐクラスであるB級1組に所属していました。その実力者を相手に、77歳の加藤九段は完勝を収めています。

 2016年12月、14歳の藤井聡太四段(現七段)が将棋公式戦史上最年少での勝利を挙げたのは、加藤一二三九段が相手でした。

 2002年生まれの藤井七段がもし77歳を超えて勝利をあげるとすれば、それは2079年のことになります。将棋界の数々の最年少記録を塗り替えつつある藤井七段ですが、こちらの最年長記録の方はどうでしょう。その更新は、相当に難しいものと思われます。改めて、加藤九段の偉大さを感じずにはいられません。

千駄ヶ谷・鳩森八幡神社の猫
千駄ヶ谷・鳩森八幡神社の猫
将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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