伝説の調教師からエールをおくられGⅠで激突する新リーディングトレーナーの話
伯楽からおくられた言葉
秋のGⅠ戦線も真っ盛り。今週末は阪神競馬場でマイルチャンピオンシップ(GⅠ)が行われる。
「調教師も馬も優秀な若手がいますが、馬も自分にとっても今回が最後のマイルチャンピオンシップになるので、今回は勝たせてもらいたいですね」
笑いながらそう語ったのは日本のナンバー1トレーナー・藤沢和雄。伯楽が送り込むのはディフェンディングチャンピオンのグランアレグリア。5歳牝馬の彼女はこれが現役最後の1戦。そして過去に5度もマイルチャンピオンシップの勝ち馬を出している藤沢も、来年の2月をもって定年となるためこれが最後の同競走挑戦となる。
そんな天才調教師に「優秀な若手」と言われたのはおそらくシュネルマイスターであり手塚貴久調教師だろう。
権利を捨てて挑んだGⅠ
「小ぶりだけどバランスが良い」
1歳の時に初めてシュネルマイスターを見た際の印象を手塚はそう述懐する。
約1年半後、2歳の9月に札幌競馬場でデビューした。
「飼い食いが細くて460キロでのデビューでした。それでも勝ったけど、正直もっと楽に勝てるかと思っていました」
そのくらい高い素質を感じていた。
しかし、この後、疲れが出て熱発すると、指揮官はきっぱりと秋を諦めひと息入れた。
競馬場に戻って来たのは12月。中山競馬場、芝1600メートルのひいらぎ賞は3ケ月半ぶりの競馬となったが、ここが良い意味で分岐点になったと調教師は語る。
「手前の変え方など立ち回りが上手で最後は楽に後続を放しました。新馬勝ちの後、無理をさせない事で体が増えた(プラス14キロの474キロ)のも良かったし、内容的にも上を期待出来る馬だと確信出来ました」
そこでまずはクラシックに矛先を向けた。そのため3歳初戦は更に距離を伸ばし、2000メートルの皐月賞トライアルの弥生賞ディープインパクト記念(GⅡ)を走らせた。結果、後の菊花賞馬タイトルホルダーにこそ敗れたものの2歳王者のダノンザキッドの末脚を封じ、2着を確保。皐月賞(GⅠ)の出走権を掌中に収めた。しかし、手塚はその権利を行使しなかった。
「折り合っていたように見えたけど、最後に弾けませんでした。だからより力を発揮出来るのは短い距離かと思い、オーナーサイドと相談した結果、マイル戦に戻して照準を合わせました」
こうしてクラシックをきっぱりと諦めて進路を修正。NHKマイルC(GⅠ)に挑ませた。
「皐月賞の出走権利を放棄してまでマイル路線を選んだわけですからね。ここは何としても勝たなくてはいけないと考えました」
「少し外過ぎるかと思った」18頭立ての15番枠や、「鞍上の手が動いているのに前との差があった」という直線半ばの攻防を見た時は「正直、厳しいか?」と思ったと言う。しかし、先に抜け出したソングラインにゴール直前で襲いかかると、きっちりかわしたところがゴール。シュネルマイスターをGⅠ馬へと昇華させた。
「ゴールの瞬間は分が悪いように見えたけど、スローで見直したら差しているのが分かりました」
日本一の調教師に対する想い
レース後も「とくに疲れがない」という事で、中3週で安田記念(GⅠ)に挑んだ。ここは初めての古馬の壁に阻まれたがそれでもダノンキングリー、グランアレグリアといった古豪に続く3着に好走した。
「3歳の春に古馬相手のGⅠでこれだけ走れれば立派なモノです。今後、トモの緩さを解消してくればもっと走れるようになると思います」
当時、そう語っていた。
こうして迎えた秋初戦が前走の毎日王冠(GⅡ)。1800メートル戦で先に抜け出したダノンキングリーが勝つ態勢かと見えたが、末脚を伸ばし、アタマ差かわしてゴールした。
「想像以上の切れる脚を発揮してくれました。こちらが考えている以上に成長してくれているかもしれません」
1800メートルで勝利したが初志貫徹で2000メートルの天皇賞(秋)へはわき目もふらず、またしても1600メートルのGⅠに照準器をあわせた。それが今回のマイルチャンピオンシップである。
「グランアレグリアには実際に安田記念で先着されているわけですし、簡単な競馬にはならないでしょう」
更に冒頭の日本一の調教師の言葉を受けて、続ける。
「藤沢先生には馬主さんを紹介していただいた事もあり、心の広い人だという印象があります。成績的にはとても追いつけない尊敬すべき人だし、こうして同じ土俵で戦えるだけでも光栄な事です。少しでも藤沢先生に気にしてもらえるような競馬が出来るよう、頑張ります」
ちなみに先週11月14日の競馬を終えた時点で手塚貴久厩舎は43勝。リーディングトレーナー争いで全国3位、関東では1位を走っている。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)