三井住友銀行で一番売れている投資信託
三井住友銀行のウェブサイトを見ると、投資信託の案内をしているところに、ファンドランキングというのがあって、同行での販売額の順位を知ることができます。では、この原稿を書いている時点で、一番売れている投資信託は、どういうものなのか。
豪ドル建ての「欧州ハイ・イールド・ボンド・ファンド」
これは、どなたでも、三井住友銀行のウェブサイトにいけばわかることですが、「欧州ハイ・イールド・ボンド・ファンド(豪ドルコース)」というものです。過去の1月間、3月間、6月間のどれをとっても、このファンドが一番売れているのです。
このファンドは、「欧州ハイ・イールド・ボンド・ファンド」というわけですから、主として欧州の低格付の(従って、高利回りの)社債等に投資するもので、もともとの通貨は、ユーロと英ポンドが主体のはずです。それを、わざわざ、豪ドル建てにしたところが、奇怪というか、何というのか、とにかく、不思議なわけです。
なお、「円コース」というのもあって、こちらも、売れ筋の上位にあります。これは、欧州通貨を円にヘッジしたもので、為替変動のリスクを避けたい投資家にとっては、便利な設計です。
また、「欧州通貨コース」というのもありますが、これは、もとの欧州通貨のままで提供されるものですから、本来は、一番普通の商品設計だと思われます。ところが、なぜか、この「欧州通貨コース」は、売れ筋の上位には、顔を出していません。
要は、「円コース」と「欧州通貨コース」は、常識的なもの(もちろん、「欧州ハイ・イールド・ボンド」なるものが、常識的なものかどうかは、別問題ですが)ですが、なぜ、それを、欧州とも、ハイ・イールドとも、日本とも、直接に関係のない「豪ドルコース」にしなければならないのか、そこが問題であるわけです。
なぜ、欧州ハイ・イールドなのか
そもそも、「欧州ハイ・イールド」自体が、特殊すぎないか、少なくとも、銀行の店頭に置かれて、個人投資家に提供されるものとしては、変わっていないか。
この問題、まずは、ハイ・イールド債券というものが適当なのか、そのハイ・イールド債券のうちでも、欧州市場に特化することが適当なのか、二段階に分けて考える必要があるでしょう。
ところで、日本では、1兆円を超える規模の投資信託は、数が少ないのですが、その一つに、「フィデリティ・USハイ・イールド・ファンド」というのがあります。これは、その名の通り、米国のハイ・イールド債券に投資するもので、これも、三井住友銀行の売れ筋の上位にあります。
どうやら、日本では、あるいは、日本でも、というべきかもしれませんが、まずは、ハイ・イールド債券に人気があって、その延長として、欧州への拡大が図られているということのようです。少なくとも、三井住友銀行の商品政策としては、そのような理屈になっているのでしょう。
なぜ、ハイ・イールドなのか
ところで、ハイ・イールド債券というのは、要は、信用格付が低いからこそ利回りが高くなっている社債等ですが、その辺のことについて、米国の個人投資家の事情はいざ知らず、日本の個人の投資家に、十分な理解があるのでしょうか。
「欧州ハイ・イールド・ボンド・ファンド」の目論見書を見ると、冒頭の「ファンドの目的」として、「高水準のインカムゲインの確保と中長期的な信託財産の成長を図ることを目的として運用を行ないます」とあり、次の「ファンドの特色」として、「欧州通貨建ての高利回り事業債(ハイ・イールド・ボンド)を実質的な主要投資対象とします」とあります。ここには、どこにも、信用格付の低い社債等であることの説明はありません。
目論見書を、ずっと先まで読んでいくと、やっと、「投資リスク」の説明が出てきて、そこに、「特にファンドが実質的に投資を行なうハイ・イールド・ボンド等の格付けの低い債券については、格付けの高い債券に比べ、価格が大きく変動する可能性や組入債券の元利金の支払遅延および支払不履行などが生じるリスクが高いと想定されます」と書かれてあります。
さて、このような商品説明の仕方で、ハイ・イールド債券固有のリスクについて、日本の個人の投資家が理解できているかどうかは、少し疑問です。少なくとも、私の印象としては、圧倒的に、「高水準のインカムゲイン」や「高利回り事業債」という言葉が目立っているように思われます。
ハイ・イールドに魅力はあるのか
では、資産運用のプロの立場から見て、個人向けの投資信託で、ハイ・イールド債券が大量に販売されている実態を、どう考えるのか。
私は、実は、ハイ・イールド債券が大好きです。投資の世界では、市場に内在する構造的非効率こそが投資収益の追加的源泉となるのですが、ハイ・イールド債券は、常に、そのような非効率を提供してきたからです。
金融の常識として、債券の場合は、信用リスクの大きなものほど、つまり、先ほどの目論見書の記述にあるように、「元利金の支払遅延および支払不履行などが生じるリスクが高い」ものほど、そのリスクを補償するように、金利が高くなるわけです。
理論的には、信用リスクが数量化できれば、リスク一単位当たりの金利は同じになる、それが、市場の効率性ですが、現実には、そうはならない。つまり、ハイ・イールド債券の市場には、非効率があって、信用リスクが求める金利以上に、金利が高くなりやすい、そこに、ハイ・イールド債券の魅力があるのです。
また、米国では、ハイ・イールド債券は、歴史が長く、極めて大きな市場をもち、プロの投資家のなかで、重要な投資対象としての確立した地位を築いています。ハイ・イールド債券専門の運用会社も多数あるほどで、運用する専門家人材にも、厚みがあるのです。そういうなかに、投資信託を通じて、個人投資家のお金も流れ込んでいるのです。
日本は、全く事情が違います。日本国内には、ハイ・イールド債券の市場はありません。日本の株式投資に慣れた投資家が、米国の株式に投資することには、何らの違和感もありませんが、ハイ・イールド債券の何たるかについての理解もないままに、いきなり、米国や欧州のハイ・イールド債券というのは、さて、いかがなものか。なにしろ、日本では、資産運用に携わるプロの人のなかにも、米国や欧州のハイ・イールド債券に通じた人は、ごく小数しかいない実態だというのに。
今、ハイ・イールドか
では、タイミングといいますか、相場観といいますか、そもそも、今、ハイ・イールド債券に投資するというのは、どうなのでしょうか。
残念ながら、私は、相場観やタイミングを語らない主義です。しかし、現在、積極的に魅力的な投資対象として位置付けているかというと、必ずしも、そのようなことはありません。少なくとも、日本の個人の投資信託の世界でハイ・イールド債券が有する人気ほどには、魅力を感じません。
今、欧州のハイ・イールドか
ならば、欧州のハイ・イールド債券については、どうか。
私は、欧州のハイ・イールド債券には、多大の関心を抱いています。そこには、米国の市場以上に、大きな非効率があるはずだからです。米国は、むしろ、市場が高度に発達した結果、収益機会は、縮小してきているのです。故に、欧州です。しかし、現段階では、綿密な調査の結果として、欧州のハイ・イールド債券は、市場が小さすぎ、厚みもないので、投資には、消極的です。
そのところへ、「欧州ハイ・イールド・ボンド・ファンド」なるものが、いきなり、三井住友銀行の個人のお客様に対して、販売額一位で登場してくるとは。小さな欧州のハイ・イールド債券市場に、日本の個人投資家のお金が、数千億円も流れ込んだとは。大いなる驚きです。驚き以上に、本当に、このようなことでいいのか、大いなる疑問です。
ましてや、それを、豪ドル建てにするに至っては。
なぜ、豪ドル建てなのか
なぜ、豪ドル建てなのでしょうか。それは、明らかに、そのほうが、為替予約の仕組み上、表面的な利回りが高くなるからです。
本来は欧州通貨建てのものを、表面的に豪ドル建てにするには、欧州通貨と豪ドルとの間に、欧州通貨を売り、豪ドルを買う為替予約を組むのですが、その際、売り通貨と買い通貨の金利差が、為替予約のコストになるのです。ところが、例えば、ユーロと豪ドルとでは、買う側の豪ドルのほうが高金利なので、コストが逆にプレミアム、即ち、上乗せ金利になります。現在の相場では、ユーロと豪ドルとの為替予約では、3%近いプレミアムが付くのです。
しかし、その上乗せ金利の裏には、大きな為替変動リスクがあります。しかも、欧州通貨(主として、ユーロと英ポンド)と豪ドルとの間の為替変動リスク、それが、欧州のハイ・イールドのリスクの上にのっている。ほとんど、奇怪といってもいいようなものです。このようなものが、プロの投資家も呆れるような奇怪なものが、個人投資家向けの投資信託になってしまう。本当に、これでいいのか。
屋上に屋を重ねる構造
このファンドは、ピムコという海外の運用会社が運用しています。この会社、日本にも大きな拠点があります。債券の運用では、確かに、著名な会社です。でも、運用会社は、野村アセットマネジメントになっています。
「欧州ハイ・イールド・ボンド・ファンド」は、野村アセットマネジメントが運用している。しかし、野村アセットマネジメントが投資する対象は、ピムコが運用する「PIMCOケイマン・ヨーロピアン・ハイ・イールド・ファンド」という外国籍投資信託です。
野村アセットマネジメントの仕事は、何でしょうか。よくわかりませんが、少なくとも、欧州ハイ・イールド債券の運用でないことだけは、確かです。しかし、野村アセットマネジメントが運用報酬をとるのです。
ファンドの大きさにもよるのですが、このファンドは大きいので、例えば、1000億円以上の部分については、ファンドの純資産の年率0.83%(税抜き)を、運用会社、即ち、野村アセットマネジメントがとります。そして、ピムコは、野村アセットマネジメントが受け取った報酬から、実際の投資対象である「PIMCOケイマン・ヨーロピアン・ハイ・イールド・ファンド」の残高の年率0.5%に相当する金額を貰うわけです。
実際に運用をしているピムコが報酬をもらうのは当然で、0.5%は妥当なものでしょうが、野村アセットマネジメントは、0.3%以上をとっていて、何の貢献をしているのか、よくわかりません。事務的な仕事なのでしょうが、果たして、報酬を正当化できるようなものなのか、私には、わかりません。
三井住友銀行の法外な報酬
三井住友銀行も、報酬をとります。とるなんてものではありません。法外な金額をとるのです。
まず販売時の手数料ですが、これが、すごい。とにかく、すごい。なんと、販売額の3.5%です。しかも、三井住友銀行は、販売手数料に加えて、残高に対しても、販売会社の報酬として、年率0.75%(税抜き、1000億円以上の部分について)をとるのです。
販売会社の仕事というのは、投資家から、これほど莫大な報酬を貰わないとできないほど、大変なものなのでしょうか。報酬を正当化する、どのような仕事をしているのでしょうか。少なくとも、それは、資産運用に直接に関連した仕事でないことだけは、確かでしょう。
それにしても、すべての手数料と報酬を足してみてください。これでは、投資収益の多くは消え去って、投資家には、リスクだけが残ることになりかねない。それでいいのか。いいわけはないでしょう。
金融庁のお叱り
もはや、言葉がありません。では、金融庁は、どう考えているのでしょうか。
金融庁が、新しい金融モニタリング基本方針に、重点施策として、「顧客ニーズに応える経営」と「資産運用の高度化」を掲げた背景には、まさに、こうした投資信託業界のあさましい現状、顧客ニーズに応えることが求められるほどに顧客不在の現状、高度化を求められるほどに程度の低い現状、があるのです。
さても、金融庁のお叱りを受けなくては、自己変革もできない業界では、困るのです。本当に困るのです。ましてや、金融庁のお叱りを受けてすら、変われないようでは、もう、無くなってしまったほうがいいくらいなのです。さても、さても、どうなることやら。