楽天koboに行政指導。しかし問題の本質は別にある
楽天は10月26日、消費者庁から景品表示法上、不適切な表示があったとして注意を受けたことを発表した。同社がカナダKobo.Incを通じて提供する電子書籍端末「kobo touch」を販売する際、同端末に対応した電子書籍数を「3万冊以上」と表記したが、実際に用意できたのは1万9265冊だったためだ。
消費者庁は18日、楽天に対して注意を与えたというが、サービス開始時の冊数に問題があったことを指摘したのみで、それ以外の表示については問題としていない。しかし、楽天koboの電子書籍数表示問題の本質は、発売時に実際の配信数よりも多い冊数を表示したことではない。
本当の問題は、同社が一貫して配信数が多く見えるよう、他社とは異なる基準で電子書籍数を増やしてきた経緯にある。そこには、消費者に良質のコンテンツを届けるという、本来あるべき電子書籍流通の姿は見ることができない。
現在、Kobo.Incが扱う電子書籍は合計約274万2000冊に上るが、このうち日本語の書籍は約6万5000冊。この数字は日本語の電子書籍配信サービスとして最大級と言えるもので、先日、サービスインして話題を呼んだアマゾンのKindleが対応する日本語書籍の約5万冊よりも多い。しかし、楽天が示す電子書籍の中には一般的な社会通念上の”書籍”からはかけ離れたものもある。無料書籍数を蔵書数に含めているなど、他社とは表示基準が異なる面が少なからず見られる。
消費者庁の指導は、あくまでも製品発売時にコンテンツを揃えることができず、景品表示法上の優良誤認を誘導したとして”注意”を受けたに過ぎないが、問題の本質はそこにはない。様々な手法で電子書籍数を誤認させようとしている、と受け取られてもしかたがない手法を繰り返してきたことにこそ本質的な問題が隠れている。
今後、日本で電子書籍市場を拡大させ、消費者が安心して製品を選べるようにするためにも、業界全体で何らかの基準が必要だ。
優良誤認は氷山の一角
話をkobo発売当時まで巻き戻そう。
楽天はkoboの発売に際し、日本語書籍の数を3万冊以上と評価した。しかし、7月19日のサービス開始当初、2万冊に到達しなかったのは前述した通りだ。
この時点で表示上の数字と配信されているコンテンツの数が合わないとの指摘が相次いでいたものの、koboには別の問題も発生していた。同サービスに対応する電子書籍端末「kobo touch」の販売初期に起きた不具合による悪評が掲載された自社販売サイトのレビューを参照できなくするといった行動に出たためだ。
このとき、楽天は一部ユーザーがパソコン上でkobo touchを初期設定できない、というだけで、正しい初期設定用プログラムを使えば問題ないとしていた。実際にはkobo touchには、正常に表示できないPDFの頻発や画像中心のコンテンツ表示速度が遅い、日本語ePubの表示がそのままでは読めない、あるいは一部コンテンツの文字化けなど、いくつかの不具合も指摘されていたのだが、それらも含めすべて一括で参照不能になったことで、まずは端末としてのkobo touchと、その顧客サポートの姿勢に批判が集まった。これが7月23〜25日周辺の時間軸で起きた主な動きである。このときも冊数表示の問題を指摘する声もあったものの、端末不具合とその後の対応の拙さに対する批判に衆目が集まった事で、冊数表示への批判はかき消されていた面があった。
その後、取材メモを振り返ると7月25日、28日に確認した時点では、日本語書籍数3万冊以上の表示は変わらず、31日に確認した際に「2万点以上」に書き換えられていたことを確認していた。ただし、数字を書き換えた時点でも、同サイトで購入可能だった書籍数は1万9639冊に過ぎなかった。
しかも、約1万冊は有志によって長年著作権の切れた文学作品を電子化してきたプロジェクト、青空文庫を用いたもの。初期配信された電子書籍のうち、独自に用意できた本が半分しかなかったことも、koboへの批判を強めた原因のひとつだったように思う。現在、無料書籍の数は約1万4000冊にもなる。
本の電子化は言葉で言うほど楽なものではない。楽天は7月末に6万冊を揃えると明言していたが、実際に7月末を迎えると期限を8月末に延期。さらに8月末の達成が不可能になると、9月末へと目標を変更した。
8月末の配信電子書籍数は3万9028冊だったものの、9月25日には6万冊以上を達成し、2012年末には20万冊を達成するとの目標を同サイトで掲示するようになった。しかし、こうした配信電子書籍数急増と前後して、楽天は電子書籍とは言いがたいコンテンツの大量取り込みを始めていたことは、業界関係者の間では周知の事実となっている。
ブックカバー画像、譜面1曲分、著者紹介なども”1冊”に
最初に配信電子書籍数の”水増し”問題が指摘されたのは、電子書籍配信サービス「パブー」との提携時である。パブーで配信されていたブックカバー用画像までも、”1冊”としてカウントしていたためだ。電子書籍と言うには無理があり、冊数の水増しと捉えられてもしかたがない。現在、1〜5枚程度の画像だけで構成される電子書籍は2000冊にのぼっている。
もっとも、問題がこれだけで終わっていたならば、さらなる批判にはつながらなかったはずだ。パブーからのコンテンツ融通を受ける際、意図せずブックカバーも電子書籍として取り込んだだけで、優良誤認を意図したわけではない、とも言えるからだ。ところが楽天は、書籍数水増しとの指摘に対して表示を改めることなく、他電子書籍配信サービスでは”1冊”として数えられていないコンテンツを、次々に”電子書籍の1冊”として取り込んでいった。
たとえば、ギターコード譜は約1万4000冊にのぼっている。ギターコード譜は1曲ごとに1冊と表示されているが、同社がkoboイーブックストアの開始時に発売したkobo touchで読みたいコンテンツなのかと言えば大きな疑問符がつく。6インチ電子ペーパーを用いた端末に期待するコンテンツが、文字中心のいわゆる”本”であることは言うまでもない。また、著作権が切れた誰もが無償で入手できる書籍ではなく、書店で活発に流通している有償の書籍を楽天が用意してくれる、とも期待しているはずだ。
これらの指摘は、数ヶ月前からネット上で繰り返し話題になってきた。一般論として1枚の写真や1曲分のコード譜を「1冊」と数えない。だが楽天は、広告などでも特に説明していない。
楽天はこれらの指摘について、コンテンツの電子化が引き起こす、”1冊”の概念の違いと説明している。すなわち、いくつものページをまとめて編纂した”冊”ではないが、電子化されたコンテンツであることは間違いないという主張だ。今後、コンテンツの電子流通が一般化していけば、”冊”に対する意識の違いも埋められると考えているのだろう。
しかし、上記のように楽天は何度も”水増し”と受け取られる行為を繰り返してきた。著者の紹介文をWikipediaから引用し、電子書籍として配信しているものも500冊含まれている。さらに無料書籍、画像ファイル、ギターコード譜などを差し引くと、記事執筆時点での有料書籍数は4万冊に満たないと推定される。同社が自主出版コンテンツを多く配信しているパブーと提携していることを考慮すれば、有料書籍の内訳に関しても疑念を持たざるを得ない。
現在、いくつかの日本語に対応した電子書籍配信サービスが展開されているが、有料書籍数は約4万〜4万5000冊、有料コミック数が2万5000〜2万8000冊程度。合計で7万5000〜8万冊ぐらいが、日本語電子書籍の蔵書数として目安の数字になっている。
先日、サービスが開始されたKindle Storeは、有料配信される日本語電子書籍数が約5万冊と発表されている。これらの数字を見ると、楽天が掲げる年内20万冊という数字が、いかに現実感の乏しい数字かがわかるだろう。
消費者の利益を優先した競争を
あるいは楽天が、残り約2ヶ月となった”年内”に13万冊以上の日本語電子書籍を調達し、公約として掲げる20万冊という数字を達成することもあるかもしれない。未来のことだけに、筆者も”疑わしい”としか表現できないが、たとえ数字の上で20万冊を達成できたとしても、その内容が”電子書籍を読みたい”と考えてkobo touchを購入した消費者に有益なものでなければ、まったく意味がない。
今回の消費者庁による注意は、あくまでサービス開始時の表示数に対するものだが、問題の本質は配信書籍数の”数”を大きく見せようと、何度も消費者の利益になるとは思えないコンテンツの取り込みを繰り返していることにある。
こうした状態が今後も続けば、kobo touchユーザーにとって不利益なだけでなく、電子書籍サービスそのものへの不信にもつながりかねない。何も知らずに表示されている冊数を信じて購入し、実際に電子書籍を購入しようとしたら、配信されている書籍はあまり多くなかった……といった体験をした消費者が、何度も我慢強くサービスを乗り換えてくれるだろうか。
電子書籍配信のインフラサービスを提供しているある事業者は、koboイーブックストアについて「日本語書籍の数を増やそうと努力してきたが、同時に質を高めるために、人気書籍の電子化について説得を続けてきた。楽天の動向には胸を痛めているが、我々は地道にコンテンツ充実の努力を続けていくしかない」と感想を漏らしたが、そろそろ業界内で配信コンテンツ数表示について、一定の基準を決めるべきだ。これまでのように、不文律として紳士協定的に蔵書数について表示するだけでは、すでに消費者が正しくサービスの規模を想像できなくなっている。
”電子書籍”は、単純に端末ハードウェアを指し示すのではなく、電子データでもなく、電子的に書籍が流通する仕組み全体を指すものだと考えられる。配信電子書籍数だけが電子書籍の価値ではない、とはいえ、システムおよび端末を選ぶ際に解りやすい指標になっていることは間違いない。消費者の利益を優先した競争を促すためにも、業界を挙げて優良誤認を誘発しない仕組み作りへの取り組みが求められる。