裁量労働制の「偽装」や「強制」が横行? 新調査から見えてきた実態
裁量労働制の方が、労働時間は長かった
6月25日、厚生労働省が新たに実施した裁量労働制の実態に関する調査結果が、厚労省のホームページで公表された。この調査に至る経緯は、2018年に労基法改正による裁量労働制の拡大が国会で議論されたときにさかのぼる。
当時の安倍首相が、裁量労働制の労働者の方が労働時間が短いという厚労省のデータを挙げて答弁したものの、調査方法がずさんであると問題になり、答弁及び拡大案自体が撤回された。その後、2019年に裁量労働制の調査が新たに行われ、今回ようやく公開されたものだ。
今回の調査では、労働者の回答で、1日の平均労働時間が、裁量労働制の労働者は9時間、適用されていない労働者の8時間39分より約20分長かったことが、特に注目されている。やはり、裁量労働制の労働時間は、短くなかったというわけだ。
さらに、今回の調査を読み込んでみると、より深刻な裁量労働制の実態が浮かび上がってきた。
約1割が過労死ライン超え、裁量労働制で1.7倍に
裁量労働制は、労働者が自分の裁量で自由に働ける制度であると喧伝されている。一方で、裁量労働制は「定額働かせ放題」をもたらすと批判されてきた。筆者も実例をもとに警鐘を鳴らしてきた。下記の記事はその一部だ。
では今回の調査から、過労死ラインの月80時間残業を超えている労働者はどれほどいるのだろうか。
まず、一般的な長時間労働の指標である週の労働時間が60時間の労働者に注目すると、裁量労働制の適用されている労働者で9.3%、裁量労働制の適用されていない労働者だと5.4%となり、1.7倍となっている。
さらに、今年5月に世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)が、週55時間以上の労働によって、脳・心疾患のリスクが高まると発表したことが話題を集めた。そこで今回の調査で週55時間以上の裁量労働制の労働者を調べると、15.7%に上ぼり、通常労働者の9.8%を大きく上回った。裁量労働制の労働者は過労死のリスクが高いと断言してよいだろう。
実際、裁量労働制による長時間労働の事例は後を絶たない。2021年6月に厚労省が公開した「過労死等の労災補償状況」によれば、2020年の裁量労働制による過労死・精神障害は、労基署によって約30件の調査が行われている。そのうち7件が労災として認定され、死者(自死未遂も含む)は3名となっている。
深夜労働は3割、休日労働は45%
深夜労働についてはどうか。深夜労働は身体への影響が大きいことが、近年の生理学の発達によって明らかにされており、過労死との関連が注目されている。
「深夜の時間帯(午後10時~午前5時)に仕事をすること」については、裁量労働制の労働者のうち、「よくある」(9.4%)、「ときどきある」(24.9%)で合わせて34.3%にのぼる。
また、「週休日や祝日などに仕事をすること」については、「よくある」(13.7%)、「ときどきある」(32.2%)と、合わせて45.9%にのぼる。
もちろん、裁量があるのであれば、深夜や休日にも働くことも「自由」だが、あえて自分から積極的にこうした時間帯に働きたいと考えている労働者がどれほどいるのかは疑わしい。これらの数字は、実際の裁量のなさを反映しているとみることができる。
「業務内容・業務量を上司が決めている」は約3割
そもそも、裁量労働制が適用されている労働者たちには、どれほどの「裁量」があるのだろうか。今回の調査では、裁量労働制が適用されている労働者に、裁量の程度についても調査している。
「業務の遂行方法、時間配分等」については、「上司に相談せず、自分が決めている」「上司に相談の上、自分が決めている」が、専門業務型はそれぞれ50.8%、37.9%で、合わせて88.7%、企画業務型はそれぞれ42.0%、48.6%で、合わせて90.6%と、いずれも約9割で自分が決めていることになる。この数字をみると、裁量がかなり認められているようにも見える。
一方で、「具体的な仕事の内容・量」についての数字に着目したい。こちらのほうが長時間労働に関して決定的な意味をもつからだ。「自分に相談なく、上司(又は社内の決まり)が決めている」、「自分に相談の上、上司が決めている」の割合は、専門業務型は、それぞれ7.1%、20.4%で合わせて27.5%、企画業務型は、それぞれ6.8%、25.3%で合わせて32.1%と、約3割で上司が決めている。
「業務の遂行方法、時間配分等」の裁量を「自分が決めている」と意識していても、上司から与えられた業務内容・業務量の範囲での「裁量」にとどまってしまうのなら、もとより裁量の幅は大きく制限されている。「絶対に終わらないノルマ」を課しておいて、「自由に終わらせていいよ」といわれても何の意味もない。これでは、本来の「裁量労働」とはいえず、「名ばかり」や「偽装」だといわれても仕方ないだろう。
「業務量が膨大」23.8%、「労働時間が長い」18.3%
続いて、裁量労働制の労働者の「働き方の認識状況」について見てみよう。「時間にとらわれず柔軟に働くことで、ワークライフバランスが確保できる」(50.4)を筆頭に、ポジティブな意見が多数を占めている。
一方で、裁量の程度を疑う回答も無視できない。「業務量が膨大である」(23.8%)、「賃金などの処遇が悪い」(20.1%)、「休暇が取りにくい」(19.0%)、「当初決まっていた業務でない業務が命じられる」(18.9%)、「労働時間が長い」(18.3%)などがある。「仕事に裁量がない」は10.7%だ。
「具体的な仕事の内容・量」についての裁量をおよそ3割の労働者が持っていないことを考えれば、その多くが、実際には裁量がないことによる不満を抱いていることがここに反映されているとみることができる。
みなし労働時間を知らない裁量労働制の労働者が4割
ここまででも、裁量労働制の問題は十分に現れてる。だが、さらに重大な問題は、裁量労働制が適用されるプロセスや、運用がかなりの割合で不適切だということだ。
専門業務型裁量労働制の労働者のうち、自身の1日のみなし労働時間を知らない割合が、40.1%、企画業務型と合わせても38.1%もいる。約4割が自分のみなし労働時間を知らないのである。この数値には、多くの企業で制度の導入の法的プロセスを、適切に踏んでいないことが如実に示されている。
自身のみなし労働時間を知らないということは、実際の労働時間とみなし労働時間がどれくらいかけ離れているかがわからないということだ。また、みなし労働時間によって自分の賃金は算定されるため、自分の待遇が適切なのかどうかもわかりようがない。
さらに、裁量労働制で義務付けられている苦情処理措置について知っているのは46.9%。ほぼ5割が知らないのだ。なお、その中で、実際に苦情を申し出たことがあるのは2.0%。全体のうち0.94%、つまり裁量労働制の労働者全体の1%以下である。
いずれも、裁量労働制を導入する際の労使協定や労使委員会で決定されているはずの項目である。当然、その内容は適用者に周知されなければならない。
専門業務型の半分以上が裁量労働制適用の「同意なし」
さらに、裁量労働制について労働者がよく知らされていないことを直接裏付ける調査結果もある。
裁量労働制を適用している事業所の回答で、裁量労働制を労働者に適用する際の要件として「労働者本人の同意」を挙げているのが、企画業務型の97.2%に比較して、専門業務型は46.3%しかないのだ。事業所の半分以上が、労働者に「同意」を得ることなく、専門業務型の裁量労働制を導入しているということだ。
確かに、労働基準法の規定では、企画業務型と異なり、専門業務型の適用には、「同意」をさせることを明確に定めていない。とはいえ、労働契約の原則では、労働者の同意なしに労働条件を変更することはできない。本人に十分確認せず、断る選択肢を説明することなく、裁量労働制を適用しているとすれば、労働契約法違反である。
みなし労働時間や苦情処理措置について、半分の労働者が知らないのも当然だ。実際、労働相談においては、口頭で「裁量労働制だから」と説明されただけで、自分が本当に裁量労働制なのかどうかもわかってない労働者もいる。実際に、残業代不払いの労働相談を受ける中で、調べていくと本人が知らないうちに裁量労働が適用されていた、というケースはまったく珍しくはない。これではもはや、「裁量労働の強制」である。
労働者の同意を半数の事業所が不要だと考えることで、現実には「裁量労働制の強制」が横行することに直結してしまうのだ。
さらにいえば、ろくに説明を受けていないため、裁量労働制の「裁量」の意味を理解していない労働者も多いのではないか。とすれば、前半で見た「業務の遂行方法、時間配分等」の数値も、法律の趣旨からずれたものである可能性が疑われてくる。
手続きのない「裁量労働制」、コロナ禍の実態は今回の調査の対象外
今回の厚労省調査の対象外となっている「裁量労働制」の実態もあることにも注意が必要だ。
労働相談の中で、社内で「うちは裁量労働制だから」と言われているとか、契約書に「裁量労働制を適用する」と記載されているのだが、相談を受けて調べてみると、職場に裁量労働制の労使協定がない、あるいは労使委員会が設置されていないというケースは非常に多い。
労使協定の締結(専門業務型の場合)と労使委員会の設置(企画業務型の場合)は、裁量労働制を適用する場合の前提条件だ。これがなければ、契約書に書かれていようが、経営者が口頭で約束しようが、裁量労働制は適用されない。だが、裁量労働制を適用していると言い張って、労働者を騙す会社は後を絶たない。
今回の調査は、これらの届出や報告が労基署に出されている事業所の労働者に対して、調査が行われたものだ。このため、こうした「口だけ」の裁量労働制の実態が広がっている実態は、全く明らかになっていない。
コロナ禍以降、テレワーク中の裁量労働制の適用によって、かえって労働時間が長時間化しているという労働相談が増えている。今回の調査は2019年に実施されているため、こうした実態も反映されていない。
今回の調査から、現実に裁量が少ない労働者が一定程度いることがわかった。さらに、裁量労働制についてよく知らされておらず、裁量について理解できているか疑問符がつく労働者が多いこともわかった。
裁量労働制の実態については、調査だけではわからない。現場の労働者が声をあげていく必要がある。裁量労働制の労働者のために、専門のユニオンや弁護士の窓口もある。困っている人はぜひ相談してみてほしい。
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