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「ファーウェイ以外の選択肢があるなら教えて」英首相 5G部分参入に米国反発 EU離脱後に早くも暗雲

木村正人在英国際ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

英米「特別関係」の再構築が最大の課題

[ロンドン発]ボリス・ジョンソン英首相と欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長、シャルル・ミシェル大統領(首脳会議の常任議長)が24日、それぞれ離脱協定書に署名し、イギリスは1月31日にEUから離脱することになりました。

2020年末まで移行期間が続きますが、ジョンソン首相は「祖国の歴史に新しい章を開く」と宣言、離脱後に向け本格始動しました。EUとは距離を置く一方で、第二次大戦以来続くアメリカとの「特別関係」を再構築できるかが最大の課題です。

最初の関門は中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入問題です。EU離脱交渉が迷走していたイギリスはこの問題を先送りにしてきましたが、今月中にもコアを除く周辺への参入を認める結論を出すとみられています。

アメリカの反発は必至ですが、離脱後の英経済を下支えする必要に迫られているイギリスにとって中国マネーは必要不可欠。「コアを除く周辺への参入を求める」という灰色決着で中国にも、アメリカをはじめとするスパイ同盟「ファイブアイズ」にも良い顔をする思惑があります。

英下院委員会「ファーウェイを5Gから除外する根拠ない」

ファーウェイの5G参入問題を巡る動きを見ておきましょう。

2018年10月、マイク・ペンス米副大統領が「トランプ政権の対中政策」と題して講演。中国は陸・海・空・宇宙でアメリカの軍事的な優位を崩す能力を身につけることを最優先にしていると警鐘を鳴らす

2018年12月、カナダ政府がファーウェイの孟晩舟最高財務責任者(CFO)兼副会長を逮捕

2019年4月、保守系の英紙デーリー・テレグラフが「テリーザ・メイ首相(当時)がセキュリティー上の閣僚の警告を無視してファーウェイの5Gネットワーク構築への参入を認める」とスクープ。翌5月、メイ首相がギャビン・ウィリアムソン国防相(当時)を漏洩した疑いで更迭

2019年5月、アメリカ政府がファーウェイと関連68社を国家安全保障上のエンティティリストに追加

2019年7月、英下院科学技術委員会が「ファーウェイを5Gネットワークから完全に除外する技術的な根拠はない」と結論付ける

・ジェレミー・ライト・デジタル・文化・メディア・スポーツ相が英下院で「通信のサプライチェーンが多様性を欠くため、単一のサプライヤーに国が依存する恐れがある。イギリスの通信ネットワークのセキュリティーと回復力にさまざまなリスクが生じる」とサプライヤーの多様化にすぐに取り組むべきだと指摘

2020年1月、アンドリュー・パーカー情報局保安部(MI5)が「イギリスがファーウェイの5G 参入を認めたとしてもアメリカとイギリスの情報共有が危険にさらされることはない」との見方を示す

「国民と組織は国の情報活動に協力しなければならない」中国

中国の習近平国家主席は2017年6月、国の情報活動に関する国家情報法を制定。問題視されている7条には「国民と組織は、法に基づいて国の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らなければならず、国は、そのような国民及び組織を保護する」と規定されています。

ファイブアイズのアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドに加えて、日本も「ファーウェイの5G 参入を認めるとトロイの木馬になる恐れがある」と全面排除を決定。これに対し、ファイブアイズ同盟国のカナダもイギリスと同様に全面排除には慎重な姿勢を見せています。

イギリスは5Gネットワークの「コア」と「周辺」を分ける方便を使っていますが、5Gに詳しい日本メーカーの技術者は筆者に「コアと周辺は一体として納入されるのが普通で分けるのは現実には考えられない」と指摘しました。

高速・大容量、低遅延、多接続の5Gは4Gに比べて通信速度は20倍、遅延は10分の1、同時接続数は10倍と言われています。バーチャル・リアリティー(VR)やスポーツ観戦、IoT(モノのインターネット)、セキュリティー、自動運転、自動制御、医療、スマートシティーなどさまざまな応用が可能になります。

英IHSマークイットは5Gが2035年までにもたらす主な経済効果は12兆3000億ドル(約1344兆円)と予測しています

5Gはいずれ6G、7Gに発展していきます。アメリカとの対決姿勢を鮮明に打ち出す中国が民主主義、自由、法の支配といった西側の価値を受け入れないなら、ファーウェイの5G 参入を認めることは将来に非常に大きな禍根を残すことになります。

中国勢のシェアは42%

3G時代は欧州勢が世界の売り上げの7割前後を占めていましたが、4G時代になった2018年時点で2G、3G、4Gのインフラの世界シェアは(1)ファーウェイ31%(2)エリクソン27%(3)ノキア22%(4)ZTE11%。中国勢は40%超のシェアを占めています。

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ジョンソン首相は英BBC放送に対し「われわれの国家安全保障や同盟国との情報共有を損なう5Gネットワークの構築を望んでいない」とする一方で「ファーウェイを批判している人たちは他に選択肢があるなら教えてほしい」と話しました。

英紙ガーディアンによると、米政府高官はイギリスを訪れ、「ファーウェイの5G参入を認めることは狂気以外の何物でもない 」と部分参入を認める方針を撤回するよう圧力をかけています。

EU離脱後の通商交渉を有利に運ぶためにはイギリスはアメリカとの自由貿易協定(FTA)交渉を早期にまとめてEUとの交渉のテコにする必要があります。

取り残された英イングランド北部に産業を再び興していくには中国の直接投資が欠かせません。ファーウェイを排除すればイギリスは21世紀の産業には欠かせない5Gネットワーク構築で致命的な遅れを取ってしまう恐れがあります。

EU離脱の最大の理解者であるドナルド・トランプ米大統領を敵に回すわけにはいかないジョンソン首相はこうした矛盾を上手に処理していく手腕が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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