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ルヴァン杯決勝に見る”セットプレー守備”の重要性

河治良幸スポーツジャーナリスト
(写真:アフロスポーツ)

ガンバ大阪と浦和レッズに寄るルヴァン杯の決勝は1−1のまま延長戦も決着がつかず、PK戦を5−4で制した浦和レッズが優勝した。カップ戦の決勝らしい緊張感のある戦いの中で、G大阪はカウンターからアデミウソンが豪快なドリブル突破で先制ゴールを決め、1点を追う展開となった浦和は76分に途中出場した李忠成がいきなりのCKからヘディングシュートで殊勲の同点ゴールを決めた。

FWや長身選手が投入されてすぐのセットプレーは得点が入りやすい。それは守る側がマークの確認をしにくく、また選手の特徴が異なるため対応が難しいという要因がある。李のゴールは素晴らしいものだが、やはりG大阪の守備がずれてしまった。そもそも176cmの米倉恒貴が182cmの李忠成をマークするという状況を考えると、改めて選手交代に伴うセットプレーの守備の難しさが浮き彫りになる。

このシーンを詳細に振り返る前に、前半におけるCKの守備を確認しておきたい。浦和はキッカーを左利きの柏木陽介がつとめ、ゴール前では5人の選手がターゲットとなる。序盤のチャンスでは興梠慎三(175cm)、武藤雄樹(170cm)、槙野智章(182cm)、森脇良太(177cm)、阿部勇樹(178cm)がペナルティエリア内に入り、その手前で関根貴大(167cm)と高木俊幸(170cm)が主にセカンドボールを拾うサポートとして構えていた。

対するG大阪は丹羽大輝(181cm)、金正也(183cm)、井手口陽介(171cm)、藤春廣輝(175cm)、今野泰幸(178cm)という5人のマーカーに加え、エリア内のニアサイドで米倉恒貴(176cm)と遠藤保仁(178cm)がストーンの役割を担う。ストーンというのは人のマークではなくゾーンで危険なエリアをケアし、来たボールを跳ね返す選手のこと。この試合のG大阪はファーに人を置かずニアに2人を割く形を取っていた。なおサポートの関根と高木に対しては倉田秋(172cm)と大森晃太郎(167cm)が監視していた。

ターゲットとマーカーの平均身長は浦和が176.4cmでG大阪は177.6cmと守備側が勝っている。21分には槙野に危険なヘディングを許したが、後半の選手交代が入るまで相手のターゲットを抑える体勢は整っていた。それでは76分のシーンを見るとキッカーは同じ柏木だが、ターゲットは様変わりしている。入ったばかりの李忠成(182cm)をはじめ同じく途中出場のズラタン(186cm)、槙野、森脇、さらに遠藤航(178cm)がゴール前に上がり、阿部はエリア内にこそ入らないものの、ファーサイドの手前からプレッシャーを与える役割を担った。

浦和はターゲットの平均身長が181cmとなり、前半より約5cmも高くなったわけだ。対するG大阪はアデミウソンに代わって入った長沢駿(192cm)がニアのストーンに加わり、米倉が李のマークに付く代わりに藤春が阿部を監視する構図となったが、マッチアップは明らかに不利になっている。もちろん勝負はサイズだけで決まるものではないが、長身選手が入っていきなりの対応は難しいものだ。

李のゴールは柏木のキックがちょうどニアの長沢をギリギリで越え、ズラタンと金が競った裏に李が入り込む形で決まっている。G大阪から見ると、マーカーの米倉がボールに対して先に動いた結果、金の体にあおられる状態で飛べず、ボールの落下点を冷静に見極めた李がフリー同然になった。

キッカーとターゲットのイメージ、それぞれの選手の役割が合ってこそゴールは決まるものだが、選手交代によるマッチアップの優位性は軽視できない。Jリーグにおいてもセットプレーの守備は重要な勝負のポイントだが、ACLになると対戦相手の平均身長が上がり、マッチアップの関係は不利になりやすい。Jリーグ王者が開催国枠で挑むクラブW杯でもそれは同様だ。

その観点から先日の日本代表を振り返ると、サイズに勝るオーストラリアに対してハリルホジッチ監督はやはり細心の注意をはらって対応している。特に槙野智章、本田圭佑、小林悠が大きな役割を担い、最初に丸山祐市を投入したのも相手の最後のパワープレー的なセットプレーをにらんでのものだった。選手交代が遅かったことに関して”消極的”という見方があるのは理解できるが、セットプレーの守備から考えれば妥当性の高い判断であったことも確かだ。

こうした選手起用とセットプレーの守備の関係は監督やコーチングスタッフであれば常に考えておかなければならないこと。それでも選手交代の間際には対応のズレや”ミスマッチ”が起きやすく、しばしば勝負を分けるポイントになりうる。試合には色々な要素があるが、観る側としては1つ意識して注目していってほしいところだ。

通常、試合前に練習の取材からセットプレーの内容などを具体的な記事にしないのが暗黙の了解となっており、クラブ側から通達されることもある。それだけに普段はあまり記事になりにくいのだが、試合後にはメディアもファンもサポーターも、もっと話題にしていいものだ。Jリーグの楽しみ方を増やすだけでなく、クラブでも代表でも、日本サッカーが世界と戦う上で外せない要素であることは間違いなく、さらに意識が高まっていくことを期待している。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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