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社員の才能を生かせ!~タレントマネンジメント入門~【石山恒貴×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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近年「タレントマネンジメント」という概念が、人事部門の担当者の中で注目されています。

しかしその定義はあいまいで、多様な捉えられ方をされているようです。そこで今回は、法政大学教授でタレントマネジメント研究の第一人者、『日本企業のタレントマネンジメント』の著者でもある、石山恒貴さんをゲストにお招きし、タレントマネンジメントの特徴についてご教授いただきました。もともと優秀な人材だけでなく、普通の社員の才能を開花させるタレントマネンジメントとはどんなものでしょうか?

<ポイント>

・タレントとは何か?

・スター社員とタレントは定義が異なる

・人事が経営者の相談者になることが重要

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■人事の答えを探すために転職

倉重:今回は、法政大学教授の石山先生にお越しいただいています。石山先生、よろしくお願いします。石山先生は、『日本企業のタレントマネジメント』という本を書かれているので、それを参考に「日本企業はタレントをどう生かすべきか」という話を伺いたいと思います。まずは石山先生のご経歴を簡単にご紹介いただけますか。

石山:ありがとうございます。私は日本の電機メーカーに入社し、18年ほど人事をしました。その後2社ほど外資系に転職して、4社目が法政大学という形です。

倉重:18年間サラリーマンとは実務経験かなり長いですね。

石山:そうですね。3社でずっと人事をしていました。

倉重:そこからアカデミックに行くのは結構なキャリア転換ですね。

石山:そうですね。最初に日本企業から転職した時、42歳ぐらいでした。自分の中では、「転職をするにしては、1社にいる期間が長かった」と思っていたので、その時のほうが大きな決断でした。アカデミックへの転身は、社会人大学院で博士課程に通っていたので、そのまま仕事になるという意味では、自然に変われたところがあります。

倉重:なぜ大学院へ行こうと思ったのですか。

石山:自分の信頼していた友人から「社会人大学院ではいろいろな経験や新しい考えが分かるから、行っておいたほうがいい」と言われていたのがずっと耳に残っていて。当時の上司も変わった人で、「自分も社会人大学院に行っていたし、いまどき行かなければダメなんじゃないか」と背中を押してくれたのです。40歳ぐらいの時に産能の社会人大学院修士に行き、今で言う「越境学習」をしていました。行ったら大変だったけれども楽しかったですね。

倉重:上司の勧めで行ってみたという感じですね。

石山:自分も「チャンスがあったら」と思っていた時に、上司が後押しをしてくれたという感じです。

倉重:なるほど。そうしたら面白くて、そちらのフィールドに専念しようと思ったのですか。

石山:そうですね。産能の社会人大学院にはいろいろな経歴の人がいて、中には独立や転職をする人もいました。そこで刺激を受けているうちに、「転職もありかな?」と考えるようになったのです。日本企業にいましたが、「人事は本当にこれだけなのかな」という疑問があって、2社目はゼネラル・エレクトリック(GE)という会社に行きました。「日本企業の人事とは違うリーダーシップ開発をしているらしい」と聞いて、一度見ておきたいと思ったのです。人事の答えを探すために転職したところもあります。

倉重:実際に日本企業とは違いましたか。

石山:行った瞬間はリーダーシップ開発などがすごいし、一瞬「これが究極の正解かな」と思いました。でもしばらくしたら、「これもいいところがあるけれども、日本企業のやり方にもいいところもあったな。これだけが正解ではないな」と思って、ますますモヤモヤしてしまったのです。

倉重:なるほど。

石山:GEはグローバル企業のタレントマネジメントのひな型を始めたこともあって、転職したときは、一瞬スカッとして「これが正解なのかな」と思いました。ですが、「人事のあり方の正解などはなかった」ということがだんだん分かってきたのです。

倉重:なるほど。いろいろな研究テーマはあると思いますが、タレントマネジメントに着目したのは、どういうきっかけがあったのですか?

石山:本の中にもエピソードで書きましたが、GEの時にすごく尊敬している上司がいて、タレントマネジメントの勉強会に招いて講演をしてもらったことがあるのです。

倉重:タレントとは何かと?

石山:「タレントとは何か」という話をしてもらったのですが、その言葉は意外なものでした。「自分はタレントという言葉は好きではない。企業にとってタレントは大事だが、タレントは管理されるものじゃない」とおっしゃっていたのです。

倉重:言葉自体矛盾しているということですか?

石山:そうです。「それではタレントとは、マネンジメントとはどういう意味なのか」という疑問が深まり、研究するようになりました。僕は個人がそれぞれ独自の才能を活かし、創造性を遺憾なく発揮するという意味での「タレント」を、組織や会社で実現できたらいいなと思っています。もともと人に関する理論は、学問的にはHuman Resource Management(HRM)、人的資源管理と言うわけです。そのHRMにおいて、個人の才能や創造性などは重要なわけで、ですからマネジメントという用語でもいいではないかと思います。その一方で「タレントはマネジメントされるものではない」というのも一理あるような気がします。

倉重:HRMは、集団を管理するような意味合いがあります。そうではなくて、ひとり一人の個性やタレントに着目するというイメージですか。

石山:それは必ずしもそうではなくて、HRM 自体も、「資源」や「管理」というニュアンスから誤解があるのかもしれませんが実はHRM 自体にも、「個人は個人としてきちんと見よう」という考え方があります。タレントマネジメントは、さらに人事の施策の中でも個人の才能に着目しているという面があります。

■タレントとは何か?

倉重:なるほど。では、そもそも「タレント」とは何なのでしょうか? 本も読ませていただきましたが、タレントにもいろいろな定義がありますね。

石山:そうです。僕もいろいろ調べてみて「そうなんだ」と思いましたが、タレントはもともと重量の単位から来ているのです。タレントマネジメントは欧米ではアカデミックな分野で、論文もたくさんあります。

その中で有名な逸話があって、タレントという用語ははもともと貨幣の意味でした。聖書の中にもタラントという貨幣が使われています。ある主人が3人の従僕に、それぞれに5タラントと2タラントと1タラントを預けて、旅に出ました。5タラントと2タラントを預けられた従僕はリスクを取って商売をし、それを増やしたので、旅から帰った主人に褒められたのです。ですが1タラントを預けられた人は、「これはご主人から預かった大事なものだ」と思って、土の中に隠しておきました。旅から帰って来た主人がそれを見て、「私が預けた大事な1タラントを増やさずにそのままにしておくとは何事だ」と激怒しました。

倉重:従僕からしたら「聞いてないよ」という話ですよね。

石山:怒ったのは理不尽だと思います。結局、従僕は怒られただけではなく、家から追い出されるという罰まで受けることになってしまいました。この話は何を意味しているかというと、タラントは天から与えられた大事な才能なので、埋もれたままにするのではなく、努力して磨く必要があるということです。

倉重:才能を生かさないのは損失だと?

石山:そうなのです。タレントは、個別の才能、固有の才能がある人で、なおかつそれを努力して開発する人という意味でも使われています。

倉重:なるほど。そういう歴史的な、ずいぶん昔の考え方もあると。

石山:そうですね。それが学問的にいろいろ研究されてきました。例えば今の議論で言うと、タレントは固有の才能という観点が強いのか、努力する観点が強いのか。あとは、どこかの環境や組織にフィットする存在なのか、どこでも活躍できるのかという見方もあります。

倉重:「この組織ならフィットして、高いパフォーマンスを出す人」のような話ですね。

石山:これもよく考えると両方言えていると思うのです。「あの人はどこでも活躍できるよね」という話はあるかもしれません。同時に「あんなに活躍していたすごい人が、あそこに行くと全然活躍できないね」ということも、両面の真実だと思うのです。

倉重:どちらもあると。

石山:どちらもあります。もう一つは、組織という観点から見ると、一部の傑出した人がタレントという考え方もあれば、組織の人全員がタレントという考えもあります。これもまた両面あります。

倉重:これはまさに超大事なポイントで、タレントと聞くと、「ごく一部の天才の話であって、自分たちには関係ないのではないか」と思う方がいらっしゃると思います。ここで言うタレントマネジメントは、ごく一部の人だけの話ではないということですね。

石山:そうですね。ごく一部のすごい人というのも、もっと細かく見ると、今成果を出しているハイパフォーマーなのか、能力がさらに伸びる可能性があるハイポテンシャルの人なのかで分けられます。どちらもすごい人という見方もできます。「すごい人」という意味では、神戸大の服部先生が日本で研究している「スター」という概念がありますね。

倉重:スター社員ですね。確かに「タレント」と似ている概念のように思います。

石山:スター社員とタレントを同じに見る観点もあるけれども、定義としては違います。どちらかというと、スターは選抜された一部の幹部というよりも、組織の中の出現率では、正規分布に出て来ないような傑出した人々のことです。任天堂の宮本さんやアップルのスティーブ・ジョブスのような……。

倉重:なるほど。超絶外れ値のような方ですね。

石山:良い意味での外れ値のような人をスターと言ったりします。僕の本の中では「タレントとスター社員は区分し、タレントマネジメントのタレントとしては取り扱いません」ということにしました。

倉重:なるほど。定義が違うのですね。現在環境がフィットしてハイパフォーマンスが顕在化している人をタレントという場合もあるし、これから20年かけて才能を開花させる人もタレントということですね。

石山:そうですね。「誰でもタレント」というのは、金太郎飴的に同じタレントということではなく、一人ひとり違う才能があるということなのです。

倉重:企業としてはそこにどう気付いて、才能を開花させていくかという話ですね。

石山:そうですね。だから今までの企業は、極端に悪い例で言うと、誰でも同じ扱いで階層別研修や能力開発をしていました。全員を金太郎飴のように同じ人だと見るのは、タレントマネジメントではありません。

倉重:タレントマネジメントは、一人ひとりの個性や才能、スキルに着目するということですね。日本型人事管理の悪い例というか、一律の教育、研修、仕事だけでは才能は開花できないという話ですね。

石山:そうですね。日本型人事管理の「遅い選抜」は一般的には15年ぐらいかけて、3回~5回ローテーションさせます。自分がローテーションしている間に上司も替わってきますよね。極端に言うと上司が10人ぐらいいるかもしれません。10人に全員「良い」と言われた人が「良い」とされ、生き残る可能性があります。

倉重:なるほど。

石山:結局10人が皆「良い」と言うような、ミスをしなくて皆に気に入られる人をタレントとみなせるのか、という問題です。

倉重:当たり障りのない人かもしれませんね。そうすると、「タレントとは何だ」という話になってきます。最初の話に戻りますが、そもそも人事部門は業績にどれだけ貢献しているのでしょうか。ご著書には、「人事という文字は、人に事と書くから、『ヒトゴト』と読めますよね。人事部門の人たちにとって、会社の事業というのは、所詮、ヒトゴトなんじゃないですか」と言われたことが研究を始めたきっかけになったとありました。

石山:そうなのです。人事はいろいろなことをしなければいけないのでとても大変です。もし給料計算を間違えたら怒られてしまうし、個別労務問題のような、守秘性の高い業務でストレスを受けることもあります。それで褒められるかというと、非難されることもあるのです。

本当に大変ですが、人の才能を伸ばし、その企業に貢献する人を作るという意味では、一番戦略や業績に直結している大事な部署だと僕は思っています。なかなかそういうふうに認められない部分があるので、「ヒトゴト」と言われた時にすごく悔しかったという覚えがあります。

倉重:なるほど。経営は「人・もの・金」が3大要素なので、そこを伸ばしていけば、会社の業績に直結します。当然会社としても、パフォーマンスやイノベーションを起こすような人材を発掘したり、開発したりすることは本業に直結する重要な課題ですよね。

石山:そうですね。だから経営トップに近付けば近付くほど、人に関する仕事が多くなります。人事は経営に直結しているはずですが、なぜか経営者の相談相手になれないというジレンマがあったりします。

倉重:なるほど。それは人事が経営から信頼されていないということですか。

石山:信頼されていないというよりも、そういう機能や役割だと思われていないのです。

倉重:重要性を認識されていないということですね。

石山:そうですね。例えば構造改革で400人の人員を減らさなければいけないときに、そもそも本当に人を減らす必要があるのか、残った人をどうするのかという経営側の問題を一緒に考える人というよりは、400人減らすと決まったら、それを労働組合に交渉する人と思われている場合があるようです。

倉重:なるほど。経理も「伝票を処理する人」と見るのか、CFOという形で財務のバランスを取って、戦略を立てる人なのかで全くイメージが違います。人事も単に社会保険の手続きをする人ではなく、そもそもの事業戦略があって、合致するような人材を発掘し、開発し、留め置くのかという受容性にまず気付いてほしいですね。

石山:おっしゃるとおり、人事だけの問題ではなく、経理・財務、もっと言うと企業法務も同じで、どうしたらビジネスパートナー化ができるのかという課題があります。

(つづく)

対談協力:石山恒貴(いしやまのぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授 研究科長

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会常任理事、日本労務学会理事、人事実践科学会議共同代表、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学・大学総合研究センター招聘研究員、一般社団法人トライセクター顧問、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員、有限会社アイグラム共同研究パートナー、専門社会調査士

 主な著書:『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社、『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社(編著)、『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総研と共著)ダイヤモンド社、2018年、Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting, (共著)Cambridge Scholars Publishing, 2019年

 主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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