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『全力!脱力タイムズ』を手がけるくりぃむしちゅー有田が「第二の松本人志」と呼ばれる理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家

2022年5月9日放送の『しゃべくり007』(日本テレビ)で、出川哲朗がくりぃむしちゅーの有田哲平を「第二の松本人志」と呼んで称賛したことがあった。演者としての能力があるだけでなく、企画力にも優れているからだという。現在の有田は「第二の○○」と呼ぶには地位が高すぎる気もするが、出川の言いたいことはわからないでもない。

世間では、テレビに出ている芸人を評価する際に、レギュラー番組の本数や視聴率などの数字に換算できる部分ばかりに目が行きがちだが、本当に重要なのは芸人として「本質的な仕事」をどれだけやっているか、というところにある。

ほかの芸人でも務まるような「置き換え可能の仕事」ではなく、その芸人でないとできない仕事がどれだけあるか。そういう基準で見た場合、現在の有田は唯一無二の地位を確立した芸人であると言える。

『脱力タイムズ』は有田の代表作

そんな有田の代表作とも言えるテレビ番組が、2015年4月に始まった『全力!脱力タイムズ』である。報道番組のようなセットで、有田哲平演じる「アリタ哲平」がキャスターとして進行役を務めている。

向かって右手には元経済産業省官僚の岸博幸、犯罪心理学者の出口保行、フリーアナウンサーの吉川美代子など、報道番組でも解説役を務めるような各分野の専門家が「全力解説員」として並んでいる。向かって左手にはゲストの俳優と芸人がいる。スタジオの雰囲気だけはお硬い報道番組そのものだ。

世界や日本のさまざまな社会問題を取り上げて論じる、というのがこの番組の表向きのテーマだ。しかし、それが真正面から論じられることはまずない。全力解説員はテーマとは関係ない専門分野の話を始めたり、ツッコミどころの多いふざけたVTRが流されたりする。最近では悪ふざけのバリエーションもどんどん広がっている。

予測不能の展開で芸人を振り回す

ゲストの芸人はこのような展開に戸惑い、あきれながら、ツッコミをいれていく。普段バラエティ番組に出ていないようなゲストの俳優も、突然ふざけた言動をしたりする。それが芸人をさらに困惑させる。

実は、この番組ではゲストの芸人以外すべての出演者が仕掛け人となって、決められたシナリオを演じている。芸人だけには偽の台本が渡されているため、予想外の展開にうろたえることになる。いわば、大がかりなコントのようなことが行われているのだ。ゲストの芸人は、視聴者の代弁者としてその場にいて、異常な状況にツッコミをいれる役目を果たしている。

この番組がどういう番組なのか知られていない初期には、戸惑う芸人のリアクションが新鮮だった。番組全体で一丸となってここまで大がかりなドッキリを仕掛けてくるような番組はほとんどないため、百戦錬磨の芸人もどう振る舞えばいいのか分からず、混乱したりしていた。

番組の存在が徐々に知れ渡ってくると、ゲストとして出る芸人もそれなりの心構えをしてくるようになった。そこからは、その予想を裏切ってさらに意外な展開が起こるように、何重にも手の込んだ企画が行われるようになってきた。この番組でアンタッチャブルの柴田英嗣に対するサプライズ企画として行われた「アンタッチャブル復活劇」はその1つである。

目の当たりにした有田の驚異的なアドリブ力

かくいう私自身も「全力解説員」の一員としてこの番組に出演したことがある。収録現場で実感したのは、有田氏の芸人としての能力の高さだ。この番組の性質上、仕掛けたことに対してゲストの芸人がどういう反応を返すのかは事前に予想できない。有田氏は場の空気を読んで臨機応変に対応して、笑いを生み出していた。その頭の回転の速さと瞬発力は驚異的なものだった。

有田氏がアドリブで力強く台本にない方向に舵を切った瞬間、私は出演者の1人として表面上は平静を保ちつつも、心の中では興奮を抑え切れなかった。サッカー少年が目の前でメッシのシュートを見たときのような感動があった。

『脱力タイムズ』はテレビの笑いの理想形

フジテレビへの入社を希望する学生の中では、制作してみたい番組として『脱力タイムズ』を挙げる人が多いのだという。たしかに、今の時代、ここまで情報性も社会的な意義も一切ない純粋なお笑い番組は珍しい。テレビの笑いに愛着がある人にとってはこの上なく魅力的な番組である。

『脱力タイムズ』という番組の偉大なところは「ぶれない」ということだ。番組が始まった当初から、コンセプトが一切ぶれていない。細かい企画や演出の面ではブラッシュアップが行われているが、根本にある精神は全く変わっていない。だからこそ、視聴者の根強い支持を得ているのだろう。

『脱力タイムズ』は、芸人としての有田の研ぎ澄まされた笑いのセンスが隅々まで行き渡った上質のお笑い番組である。こういう番組を複数抱えている彼の地位は当分揺らぐことはないだろう。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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